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第5章 『露流れ、大河となりて江湖に還る』6

 コーレイセンの治療と言える修行は最後の段階に移る。

 元より長く修行を修めてきたシャモンにとって、それらの全ては修練してきた型を思い出すためのものでしかない。

 外功と内功が幼い頃のシャモンと違い、また、長い年月を経て変遷すべき中で修めきれなかった部分を指摘しただけにすぎない。

 シャモンはこれまでの治療から次に行われるのは治療を終え、修行に移ると確信した。

 ――これまでのものは、修行とすら呼べないのだ。


 「さて」


 コーレイセンの口がどこか重くなる。

 生活である鉱石や薬草の採取を終え、粗末な庵に戻れば、コーレイセンは陽が落ちてから蝋燭に火を灯す。

 ぼんやりとした光を挟み、二人は対峙して腰を下ろす。


 「今までは人を打つ業を修めた。これからの修行は人を殺める業を修めるよ」


 シャモンは深く、頷く。


 「シャモン、覚えているね?人は死ねば、決して、そう、決して蘇らない。命を奪うことで絶たれる繋がりは深い、悲しみを産む」


 あらためるように尋ねるコーレイセンの言葉を真正面から受け止め、シャモンは覚悟を決める。


 「これが、どういうことか。お前は、これから力を持つ。力はただの、力だ。人の命を自由に奪い、自らが思うがままに振る舞える力。それは誰しもが求める。だけど、持ってしまえば、それは選べるということ」


 コーレイセンの言葉は深く、多くを生きてきた者の含みがあった。


 「人は誰だって、過ちを犯す。それは人であるが故に、必ずあること。それは命さえあれば何度でもやり直すことができる。だけど、命がなくなればそれすら叶わなくなる。それを、お前が奪う」


 幾度も聞いた。

 そして、幾度も迷い、それらが血肉となり、覚悟として覚えた。


 「――だからこそ、間違ってはならない。誰だって間違える。そんな言い訳はできない。それほど重いのが命。そして、その命を奪う善悪の判断には拠り所が無い。難しいんじゃない。答えなんか、無いんだ」


 コーレイセンはそう呟き、揺らめく炎を見つめた。


 「だけども、人は人を殺める。大義のため、親しい人を守るため、大切な何かを守るため、そして、みずからの欲望のため」


 シャモンは振り返って、大きく息を吐いた。


 「どれだけ、綺麗事を並べても命を絶つ重みにはならない。仕方が無かった、というのは無いんだ。どんな理由も、理屈も無い」


 それは、当たり前の道理。

 コーレイセンはそれらを肯定して、言葉を続けた。


 「それを、選べるんだ。痛めつけて、結果、死んでしまったではなくて、自らが人の命を絶つんだ。可能性を閉ざし、深い悲しみを作り、人も、自分もやり直せない過ちを負うことになるんだ」


 幾度も聞き、幾度も悩み、覚えた覚悟すら否定した人の道理。


 「たくさんの後悔をするくらいなら、自分が死んだ方がいいって思うこともあるんだ。どう足掻いても失った命は、取り戻せない」


 コーレイセンは静かに自分を見つめるシャモンに告げた。

 かつてのどこか怯えた様子も無く、ただ、先にあるものを静かに、どこか悲しげに見つめるシャモンの眼差しに深い悲しみを覚えた。


 「……多くの、命を奪ってきたね?」

 「はい」

 「命の重みを忘れず、それでも、ただひたすらに奪ってきたね?」

 「……はい」


 シャモンは静かに、そして、重く応えた。

 道理の先をシャモンは継ぐ。


 「人は矛盾する。それでも人は命を奪う。理解が無いからではなく、理解していても。正しく命を奪う道理などなくそれを非道とする。なれば何故非道と呼ぶ。無きし物には名はなく、非道と呼ぶならば非道は厳然とそこに在る。在ることを覚え、なれば非道に在るのも人也。活人に生きるが陽業ならば、殺人に走るは陰業、それらをもって太極とし天と地の狭間に人は立つ」


 コーレイセンは静かに、そう静かに頷いた。


 「非道と誹られようと、殺めるなれば俺が、やる」


 最後の最後に、柔らかい笑みを浮かべ、目の端に涙を浮かべコーレイセンは声を震わせる。


 「……お前は、優しい子だよ。人殺しの業なんか、教えるんじゃなかった。でもね、婆が弱いせいで、あんたが一人で生きていくのに必要だと思って教えてしまった。だって、そうだろう?あんな時代さね。生きていくのに辛くて、どこで殺されるかわかったもんじゃない。相手を殺さなくちゃいけない場合もあろうさ。だのに、この子はどうして。おっかながりのままでいられたらよかったのに。よかったのに」


 シャモンは静かに目を伏せる。


 「覚悟は、すませました」

 「なら、なにも言うまい、言うまい。ただ、己もまた非道の中で燃え尽きると覚えよ」

 「はい」


 コーレイセンは一枚の古びた人体図を広げる。

 そこには墨で描かれた人体の急所が描かれていた。


 「……打つことではなく、殺めるとなれば打法は変わる。人の死を覚えなさい。人はどのようにすれば、死するのか。打つのではなく、殺すのだ。相手に打撃を与えるのではない、命を絶つ。これらの急所を速やかに破壊し、死に至らしめる。これのみが肝要となる」


 コーレイセンはそう言ってシャモンの瞳を見つめる。


 「息ができない、火に炙られる、激しい痛みを覚える……それらの多くの死を見てきたお前は理解していようが、それらのものがもたらずのは外功の破壊による内功の乱れ、そして、最後にチャクラを破壊されるからだ」


 人体図にある急所を指し示し、説明する。


 「頭頂の大楽輪、喉の受用輪、胸の法輪、臍の変化輪、下丹田の守楽輪。これらのチャクラは多くの人に重要な外功と密接に関係し、内功に多くの影響を与える……その外功が人の内臓と重要な骨。臓器が位置する。大楽輪には脳、喉には頸椎、胸には心臓、臍には腎臓、そして、下丹田には脊椎」


 コーレイセンの眼差しは優しい老婆のものではなく、一人の暗殺者の者となっていた。


 「これらを速やかに破壊し、殺す」


 人体図の頭頂を指し示す。


 「脳は思考を司り、人の身体を操る。ここを破壊すれば、人は意識をなくし即座に命を絶たれる。故に硬い頭蓋に守られ、破壊は容易ではない。だが、頭蓋には穴がある。目、耳、鼻、口。そして頭蓋の継ぎ目である天輪穴。これらを用い脳を破壊する打擲を用いる」


 指が下がり、喉へと落ちる。


 「喉を潰せば、大楽輪への内功を絶つ。そして、その背後にある脊椎は大楽輪から四肢への気脈の集まる龍穴。これを一つ抜くだけで、人は死ぬ。顎や肩に阻まれ、打つのは容易ではないが、相手と接近すればこれを折り、抜き、裂くだけで人は死ぬ」


 そして、胸に移る。


 「胸は強固な肋骨に守られ、内功を巡らす心臓が位置する。気を取り入れる肺があり、これらを破壊すれば内功が巡らずやがて人は死ぬ。強固な肋骨には隙間があり、そこから手を刺す。心臓は左にあると言われるが、ほぼ中央にある。肋骨は腹の下には伸びておらず、腹から突き上げ法輪を崩す」


 僅かに指が下がり、腹をなぞる。


 「ここには人が生きる上で必要な内功を整えるものが多くある。強固な筋肉で守られた腹部は同時に骨がなく、容易に刺すことができる。狙うのは腎臓と呼ばれる左右にある臓器。これは内功を整えるのに重要な外功でこれに損傷を覚えれば内巡する気が毒気に犯される」


 そして最後に丹田の上を示した。


 「脊椎と呼ばれるこの骨は人を支える重要な龍穴。これを破壊することで人は身体の自由を失い、同時に激しい激痛を覚え、内功を通じ大楽輪を破壊する。背後から狙うならば容易に狙えるのはここだ。砕き、刺し、抜くことで人は容易に死ぬ」


 それらを示し、コーレイセンは静かに溜息をつくとシャモンに暗い瞳を向けた。


 「これが、五殺輪と呼ばれる人の急所。チャクラとは気の内巡を高める要所だが、それは転じて人を壊す場所でもある」


 シャモンは静かに頷いた。


 「……人は簡単に死ぬ。殺めてその血肉を喰らい明日を繋ぐ生物の原理。なれば人のみが容易に死なない道理があろうか。人倫のみがそれを禁忌とし、ただ、喰らう訳にもなく同じを殺めるのは人のみの悪業だ」


 人を殺す重みと容易さを説き、コーレイセンは告げた。


 「……二刻の時を与える。これより、活破五殺行に入る」


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