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第5章 『露流れ、大河となりて江湖に還る』

 鉱山都市アブルハイマン。

 ヨッドヴァフの最北、峻険なアブルハイマン山脈のふもとにできた鉱山都市である。

 ニヴァリスタとの国境を警護する城塞都市として機能し、アブルハイマンに点在する鉱山から採れる良質の鉱石を集積、加工する経済の要点としても栄えたアブルハイマンはまた、冒険者が多く集まる街でもあった。

 アブルハイマンが有するのは何も鉱山だけではない。

 ニヴァリスタとの境界を作るアブルハイマンには古い史跡も多い。

 また、人の立ち入れない峻険なアブルハイマンの奥は秘境でもある。

 人が立ち入らず、多くの魔物達が闊歩する危険な地域でもある。

 一攫千金の夢を見る冒険者達の有象無象が集まる街でもあった。


 「それだけの冒険者が集まるってことは、訳ありも多く流れてくるんだよなぁ」


 久方ぶりにアブルハイマンを歩くシャモンは道行く人々を眺めながら呟く。

 冒険者達の中には明らかに一線を画す者達が居る。

 グロウリィドーンで活動ができなくなった冒険者や、ニヴァリスタから流れてきた犯罪者。

 それらが冒険者の有象無象に紛れて行き交う。

 だが、人の街はそれらの悪徳を抱いて活気とする。

 古びた石材で作られた建物の間を沢山の人々が行き交い、シャモンもそれらの人に紛れ通りをゆく。

 活気は嫌いではなかった。

 生きていける活力のある他人をそばに置き、自分もまた生きていける気力を得られる。

 建物の間に吊された洗濯物が生きていく臭気を放つ中、シャモンは露店が並ぶ通りに出ると大きな篭を買い、適当に食料品を買い込んだ。


 「兄さん、一山当てにいくのかい?」


 景気よく買ってゆくシャモンに気を良くしたのか露店の親父がシャモンに笑いかける。


 「そうさぬ。当てにいくのも悪かぁないね」

 「いい鉱山を当てれば権利をギルドが買ってくれるからな。だけど、当てにいくツモリじゃあないんだろう?史跡荒らしか?」

 「めぼしいところはもう荒らされてんだろう?ヨッドヴァフじゃあ安く買いたたかれるし、ニヴァリスタに売りに行くっつってもツテがなけりゃ難しい」

 「じゃあ、大物でも狩りに行くのか?最近じゃあ、このあたりも物騒になってきたからな」


 シャモンは苦笑すると売り物の酒に手を伸ばし、口をつける。


 「大物ねえ。魔物も金になるっちゃ金になるが、一人で行くにゃあ少々難しいもんじゃねえか」

 「お前さん、だったらこんな山に何しに来たんだ?」


 商人はシャモンが何をしにこんなところにいるかわからず苦笑する。

 シャモンは苦笑で返しながら腰を叩く。


 「療養さね。ちと、身体を悪くしちまってぬ。いい温泉が沸いてるだろう?冬だし湯治をするにゃあ季節だろうに」

 「若ぇのに、苦労してんなぁ。気をつけね。山道にゃ最近、滅法腕の立つ山賊が居るって話だ」


 シャモンは訝しげに眉をひそめる。


 「山賊っつったって魔物も多い中じゃゆるくないだろうに。魔物ともやりあわにゃならんし、この辺りだったら騎士も冒険者も腕っこきだろうさ」

 「だから山賊として腕っこきなんだよ。ニヴァリスタからの商人も少なくなったし商売あがったりさ。冒険者ギルドで対応しちゃいるが、向こうの頭の方が何枚も上手さ。女の頭目らしいが面妖な術を使いやがる」

 「魔法って奴か?」


 ニヴァリスタとの国境であるアブルハイマン付近で魔術を扱うニヴァリスタ出身の山賊が出てもおかしくはない。

 シャモンはそう読んだが商人は首を左右に振る。


 「いいや、そんなチャチなもんじゃねえよ。俺も商売柄魔術モンは知ってる。環石やマンフが無いと使えないだろ?聞いた話じゃコウコみたいな術を使うらしい」


 シャモンは商人の理解ぶりから、この男がただ者でないことを知った。


 「……おめえさん、ただの物売りじゃねえな?」

 「あんただって相当だろう?下手な勘ぐりされても嫌だから教えるよ。ヴァフレジアンでもあるし、コウコだった。年は取りたくねえもんだ。大兄達みたいにゃいかなくて腕っぷしはからっきしだったから口先だけで、なんとかコウコの連中にいいもん食わしてやりてえと思って商売人になったんだよ。今じゃヴァフレジアンの下っ端やりながら適当にのらりくらり稼がせてもらってるがね?」


 商人は屈託なく笑うとシャモンの荷物に、水筒をサービスした。


 「じゃあ親父さんはこの辺りにセンニンが居ることも知ってるんだろう?」

 「コーレイセンの婆さんだろ?センニンと名乗るコーレイセンの婆さんは初代コウコ宗主としてコウコの中の伝説だが知ってるとも。センニンが出たって話もこの辺りじゃ良く聞く。だが、山賊の頭は別だね。腕っぷしはからっきしってったってレンケ・ナイコは知ってる。ここのコウコはいわゆるクンロンだがあれは邪教だな」


 「崑崙じゃない?邪教?五岳派じゃないのか?」

 「あんた詳しいな?ゴガクは確かにこの辺りに流れて来ちゃいるが、ゴガクケンパの連中じゃない。かといってショーリンみたいな大家でもない」


 シャモンは訝しげに眉をひそめるがふむ、と小さく頷くと小さく頭を下げた。


 「ありがとうよ。コウコの英雄好漢の心遣いに感謝する」

 「なに、小兄の気持ちが嬉しかったからだよ。バカの振りしてこっちの言い値でズパズパ買い物してくれやがって。これで兄弟達の冬のべべに綿を詰めてやれる」


 シャモンはもう一度小さく頭を下げると食料品をぎっしりと詰めた篭を背負うと立ち去った。


 「――小兄、余計なことかもしれんが、無茶はするんじゃないぜ?あんたのナイコは相当狂ってる。どんな無茶なことをやらかしたかは知らんが、尋常じゃない。あんたは無茶をする人だ」

 「ありがとう大兄。だけど、俺もコウコの英雄好漢だ。正しきを見て、無情にはなれんのさ」

 「名は?」

 「シャモン」


 商人はその場に膝を折り、抱拳を返す。

 シャモンはのたくたのたくたと重そうに篭を背負って人混みの中を歩き去っていた。


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