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第4章 『汝、隣人を』6

 パーヴァリア・キルが夕方に姿を見せるのは珍しい。

 言わずもがな、といった具合で暖めたミルクをカップに注ぎ風呂を用意する店主にはその小さな来客がいたく、疲れているように見えた。


 「最近は、よくいらっしゃいますね」

 「くだらん茶化しはいらんよ」


 いつもは自分から振る軽口を遮り、パーヴァは倒れ込むようにミルクの中に飛び込んだ。

 羽が濡れるのを嫌うパーヴァらしくなく、足首と羽の先だけを出してぷかぷかと揺れる。 しばらくしてラナが傍らに布巾を置き、そそくさとカウンターに戻っていく。

 夕方の忙しい時間帯なので、スタイアもパーヴァに構っている暇はなく厨房で包丁を振るう。

 ミルクの中でひっくり返り、顔を出したパーヴァはどこか大きな溜息をつき、エプロン姿で厨房に立つスタイアを眺めた。


 「長く生きているなら少し余裕を持ってゆっくりすればいいのに」

 「なに、忙しく生きるというのも悪いことではないさ。とかく、長く生きていられるとなればお前のようにだらしなくなりがちだ」

 「鐘の名で文を出しましたよ。グロメレジア、ハッハレーネ、マグニギータ、あと……そうそうブブルヘッグ・ズー」


 それらはフィダーイーの名でフィッダ・エレを抱える集団の俗称だ。

 夜を迎える前に行こうと思った場所である。

 そう、思ってこの男はかつてフィダーイーでもあったことを思い出した。

 パーヴァは思い出して、この男が船を手配していたことを尋ねる。


 「オーロードに船を手配したのか」

 「ニヴァリスタはヨッドメントの手が回ってます。ニ・ヨルグのヨシュ砂漠にはガルパトラインのような魔物が集まり出してます。海からミリシアに渡るのが良策でしょう?人の国とはいえ、首都より遠くは未だ多くの亜人が混在しています」


パーヴァはふむ、と頷く。


 「よく、ツテがあったものだ」

 「オーロードには正直、二度と行きたくはないのですがね。鉄鎖解放戦役の後にも幾度か足を運んでます。そのときの知り合いが快く引き受けてくださいましてね」

 「……信用、できるものなのか?」


 尋ねてみて、パーヴァはその質問が無意味であることを知る。

 信用ができなければ今からどうにかできるだけのものを自分が持たず、信用できずとも任せるしかない。

 自らの羽の届かぬ場所のことを尋ねて、どうなろうというのだろうか。


 「大丈夫、ですよ。いってしまえば海賊ですが、亜人には偏見が無い。それに、嫌でしょう?どこぞの風の噂を聞かれたりして、漆黒の仕手と褐色の幽霊を相手にするのは」


 パーヴァは疲れていると自覚した。

 この程度の疲労は既に覚えてきたが、どこか弱気になっている自分が居た。

 顔を半分、ミルクの中に沈め吐息でぶくぶくと泡を立てる。

 長く生き、多くを抱えては飛べぬことを覚え、そして、それでも抱えてしまう業を覚えた。


 「……ヨッドメントが大がかりな支度をしてますね」

 「明日の夜、か」

 「おそらくは。僕の方は明日の昼にはヨッドヴァフを発たねばならなくなりました」

 「オーロードへ、か?」

 「ですね。女王陛下はどうしても、僕を巻き込みたいらしい。セステナス・ミルドの現状を視察してくることと、ヨッドメントの邪魔をしないようにとの工作でしょうね」

 「くだらん。渦の中心を見れていないのであれば、些末としかいいようがない」

 「渦の中心たろうとしている気概は立派なのですがねえ」


 大きく溜息をついたスタイアにパーヴァは視線を走らせる。

 どこか、苦笑めいた表情を浮かべるスタイアにパーヴァはこの男が一つ先を見ていることを知った。


 「貴様、オーロードの何を知っている?」

 「ヨッドヴァフを語るにはオーロードを知らなければならない。かつての首都であり、東方奪還の最終地であり……そして、ヨッドヴァフ二世が襲名をした地」


 パーヴァリアは何かを含むように告げたスタイアを怪訝に思う。


 「かつて、この国は海を奪われ、偉大なる初代ヨッドヴァフに導かれこの地に落ち延びてきた。初代ヨッドヴァフは古の盟約を交わし、この地は人の住まう地としてフィッダに認められた」

 「その下りは知っている。私もその頃はにヴァリスタに居たからな」

 「ヨッドヴァフはその後、オーロードを取り戻すために遠征をしたんですよ。未だ幼いヨッドヴァフ二世を連れて」


 パーヴァはどこか奥歯に物が挟まったような言い方をするスタイアが気に入らなかった。


 「もったいぶるな?渦中を見るに、その事実が肝要なのだろう?」

 「事実とは言い切れないし、憶測の域も出ないですからね。口に出してしまっては、それこそ多くの血を見てしまいます」


 スタイアはそれだけ言って、肩をすくめた。

 パーヴァリアは理解する。

 この男もまた、自分を知らないのだ。


 「ヨッドヴァフ四世は幼く、全てを知る前に父を失い渦の中でもがく。荒れる波を納めるには流れを外に向けるか、穏やかになるまで撫でるしかない。そのいずれも見極められていないのが今のヨッドヴァフです」

 「上手に話を逸らすな?ヨッドヴァフ二世というのがどのような人物であったか、それが問題のように思えるが?」

 「パーヴァは鋭いですね。人と魔物の大きな違いというのは嘘をつくことです。人は大いに嘘をつく。いい意味でも、悪い意味でも」

 「下らんな」


 そう言い切ってパーヴァは話を終わりにしようとした。

 だが。


 「スタイア」


 妙な引っかかりを覚えたのだ。


 「……お前は真に恐れるはフィダーイーだと以前に言ったな?今、ここにニザが集まることと、その話には因果があるのではないか?」


 スタイアは肩をすくめて苦笑して返した。

 どこか疲れたように天井を眺めてはのろのろと店に戻っていくスタイアの背中を見つめ、パーヴァは鼻を鳴らす。


 「……私もまた、人の歴史にも、魔物の歴史にも馴染めずにいる、か」

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