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第4章 『汝、隣人を』4

 ディスケス・ダリドを言うなれば冒険者であった。

 ミリシアで生まれ、元より粗暴であったことから剣を持ち、方々を転々として生きてきた。

 若い時分をニヴァリスタで史跡荒らしとして過ごし、やがて、ニヴァリスタの暴力に染まってゆく。

 ニヴァリスタ内での権力争いに破れた派閥に属していたことから国を追われ、ヨッドヴァフで冒険者として生計を立てることになった。

 だが、もって生まれた粗暴さは彼をまた暴力の渦中へと引き戻す。

 ニヴァリスタの事情に明るく、また、暴力を得意とする彼は新しい暴力を必要とするヨッドメントにはうってつけの人材であった。

 ニヴァリスタで教養を覚え、ヨッドメントとして徴用され一つの力を任される。


 「今度は魔物狩りか……もうぞろ、疲れたよ」


 四十という齢は人生に疲れを覚えるには早すぎる。

 だが、自らを立ち返るには十分な年齢である。

 王城に設けられた近衛騎士長の執務室の中、ディスケスは簡単にニヴァリスタの実情について報じると許しを得てソファーでくつろいでいた。

 レオ・フォン・フィリッシュはどこか疲れを見せるディスケスに苦笑する。


 「ヨッドヴァフには未だ、暗き隣人が深く根付いている」

 「フィダーイーの悪魔、話は良く聞いた。コウコウの鬼達よりやるのだろう?」


 ディスケスはどこか遠くを見るように、ヨッドヴァフの紋様の入ったタペストリーを眺める。


 「いずれにせよ」


 ディスケスは呟いて覚える。

 重ねてきた遍歴は彼に、白日の下に振るう暴力とはどのようなものかを深く、深く教えていた。


 「いずれにせよ、全てを駆逐せねばならんわな」


 暴力を振るう者は暴力を振るう者によって駆逐される。

 暴力として生き残るのであれば、もっとも強い暴力となれなければならない。

 全ての暴力が広がり渡った国に、もっとも小さな単位である個人という暴力が生き残る場所は無い。

 だからこそ、新しい暴力を必要とする国に流れてきた。

 四十という齢は新たな事を起こすには、難しい。

 だが、何かを成すにはその経験と精力は十分に力となる。


 「ヨッドメントといえど新しい暴力だ。未だ、まとまりは無い」


 釘を刺すようにレオは告げた。

 ディスケスは戦場の残酷さを知る、凄惨な笑みで答えた。


 「大きな力には、流れがある。その流れの先頭で、挽きつぶしていかなければ散らされてしまう」


 そう感慨深く語るディスケスにレオはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 本当に。

 そう、本当に疲れてしまった壮年の近衛騎士はかつての王が望んだものをせめてと思うだけだ。

 その中でディスケスが思う感慨がどの程度のものか。

 考えても面白くは、無い。


 「国というのは最後に勝てる流れだ」

 「うぬぼれるな」


 確信を持って応えたディスケスをレオは鼻で笑い飛ばした。


 「どこまでいっても国は人の集まりでしかない。それらの人が持つ暴力は時として大きな流れを断つこともある」

 「ありえるものか。その国で最も強く、数の多い暴力を国というんだ」


 ディスケスの言うことは一つの真理であった。


 「確かに。なれば不敗は必然と尋ねられれば、私は多くの敗北を覚えてきたよ」


 レオは既に突きつけられた結果に苦笑した。


 「鉄鎖解放戦役、そして、ヨッドヴァフⅢ世の乱心……それでもこの国には抗う者達が居る。いや、この国は抗いの歴史しか持たない」


 ディスケスはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


 「この国は長く、フィダーイーの影にその暴力を置いてきた。一人歩きしたフィダーイーに隠れるように多くの暴力が存在する。レレ・メレイラ然り、ニンブルフィア然り、そして……褐色の幽霊然り」


 どこか挑戦するようにディスケスはレオを見上げた。


 「最後に勝つのは国さ。フィダーイーが国の暴力だった。だから、フィダーイーが勝った。だが、今はヨッドメントだ。時代だよ。正しく、国が暴力を振るう時代が来た」


 レオは知っている。

 この男の暴力の中には、王が望み、抗う者達が持つ輝ける意志がないことを。


  ◇◆◇◆◇◆◇


 グロウリィドーンの東に位置する貴族街には公園がある。

 原生の林をそのままに整備された公園はどこか落ち着いた様相をそのままに、朝の静かな空気に静謐さを称え、多くの貴族達が静けさを求めて憩いに来る。

 パーヴァリアは高く茂ったマツの幹に空いた穴に滑り込むと、中で小さく明かりを灯した。

 虚をくり抜かれ作られたその空間にミニチュアサイズの家具を置き、まるでお伽の世界のような様相をその虚は見せていた。

 ミニチュアサイズのベッドで横になっているのはパーヴァと同じフェアリアンの少女だった。


 「エメロッド」

 「ふぇ?」


 パーヴァに呼ばれ、寝ぼけ眼で起きるフェアリアンの少女は突如の来客に驚く。


 「わ、わ!わぁ!パーヴァ、どうしたの!っていうか、なんで?まだまだまだ朝まで遠い夜なのに!燃えるの?燃えちゃうの?この木が燃えちゃうの?わ、わー、わー!」

 「やかましい。最早、朝だ。いつまで寝ている」


 パーヴァは容赦なくエメロッドと呼んだフェアリアンの頭を殴りつける。


 「痛いよぉ~、痛いよぉ~、パーヴァリアが叩いた!パーヴァリアが叩いた!エメロッドは何もしていないのに叩かれた!何もしてないのに叩かれた!」

 「何もしてないから叩かれるのだ。ここはお前の居た森では無い。何もしなければフクロウに喰い散らかされる虫と同じ末路を辿るといい加減に覚えろ」

 「でもね!でもね?ニンゲンは何もしてない人を叩くのはよくないって言ってるよ?言ってて、本にも書いてて、叩くのはよくないってみんな言ってる」


 エメロッドはふらふらと左右に肩を揺らしながら首を傾げる。

 パーヴァリアはフェアリアン特有の思考回路に辟易する。

 長い年月を生き、ゆるやかな環境で生きるフェアリアンは物事の裏にある事象を推察する能力に著しく欠ける。


 「エレメラがヨッドヴァフを発つ。お前も一緒にゆけ」

 「ふぇ?もうすぐ世界が白くなるんだよ?冷たくて、風が強くて、飛ぶのも大変だよ!フユ!そう、ニンゲンはフユって言ってた!フユは寝て過ごすのが一番だって!だから、エメロッドはここで寝たい!」

 「大きな嵐が来る。太陽は空を昇るし、風に歪みも無い。だけど、ここはニンゲンの街だ。歪んだニンゲンが来れば大きく風が吹いて、嵐が来る。お前の薄い羽では嵐の中では吹き飛ばされる。だから、エレメラとともに、街を離れろ」


 エメロッドは首を左右に振る。


 「なら、私はパーヴァと居る。偉大なるハイ・フェアリアン、小さき星のクレアに学びアストラの階から零れたボクらに慈悲の手をさしのべる、強き羽。人の憎悪の中、漆黒の仕手と呼ばれても、そこにアストラの恵みを知り、静かなる風となるパーヴァリア・キルの傍らにエメロッドは居たい」


 純真無垢な笑顔を向けられ、パーヴァは胸を締め付けられる。


 「叶わぬ。我が羽でもっても嵐を裂いて飛ぶことは叶わぬ」

 「偉大なるパーヴァ。パーヴァでも飛べない嵐なら、パーヴァも一緒に行こう」


 パーヴァは首を左右に振り、告げた。


 「ならん」

 「おかしいよ!それは、おかしい。嵐が来るなら、風の吹かないところへ行く。そうしないと吹き飛ばされる。だったらパーヴァも一緒に行かないと。行けないというのは、それは、おかしい」


 エメロッドはパーヴァの回りを飛び回り、その服の裾を引っ張り回す。

 それを振り払い、パーヴァは自分がフェアリアンとして長く生きすぎたことを知る。


 「エメロッド、生きるということは戦うことだ。逃げてもやがて追いすがる嵐ならば、その風の中、飛ばねばならぬ時もある。お前は未だ、幼く三万の夜を数えない。だからこそ、エレメラ達とともにゆけ」

 「パーヴァと居たい」


 純真であるが故に、エメロッドは素直に思いをぶつけてくる。


 「それを、人はサビシイって言ってた。私はサビシイ。星が幾度巡ろうとアストラの階から零れた我々に、マテリの世界で生きる我々に羽を開くパーヴァ。パーヴァの近くに居れないことが、サビシイ」


 どこか、悲しそうな顔をするフェアリアンの少女に人の時折見せる深い揺らめきを覚え、パーヴァは笑ってみる。


 「幾度、星が巡ろうと我々の羽が羽ばたく限り、再び私はお前の前に立つだろう」


 自分でも不器用だと思う。

 だが、幾度の別れを経て告げて出会えぬことを思い出せば、最早、覚えたくも無い揺らめきだと思う。


 「そのときは、甘くほどける雪を頂いた山を食べよう。見たこともあるまい。驚くぞ?お前のために持ってこよう」


 エメロッドは飛び上がり、喜んだ。


 「パーヴァリア!パーヴァリア!偉大なる、パーヴァリアぁ!」



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