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第4章 『汝、隣人を』3

 ヨッドヴァフ首都グロウリィドーン。

 オーロードから多くの移民が集まり形成されたこの街は百年と国の歴史から見れば、浅いのであろう。

 多くの国が建ち、歴史を刻む頃には他の国に呑まれて滅びていく中、長く歴史を刻める国の方が珍しい。

 だが、人は国が作るのではなく、国を土地が作り、土地が人を作るのである。

 気候、風土といった周囲を取り巻く環境の中、人は生きる。

 そうして集まった人が作る一つの集団が国だからだ。

 百年という短い歴史の中、これだけ多くの人が集まったヨッドヴァフはなるべくしてそうなったのであろう。

 パーヴァリア・キルは街壁の周囲に広がる貧民街の一角にある下水のすぐ傍らにある家の窓から入る。

 簡素な作りの家の中で、迫る冬の寒さに身を寄せ合う子供達に姿を見せると、子供達は恭しく頭を垂れた。


 「パーヴァリア・キル様」

 「面を上げろ。把握している」


 彼等はどこか怯えたようにパーヴァを見上げ、静かに一礼した。

 パーヴァはテーブルの上に置かれた燭台に腰掛けると怯える彼等を厭わしく見る。

 青白い肌、そして、長い耳。


 「レレ・メレイラのフィッダ・エレ達が斬られた。お前達もこの街を去れ」

 「我々、フィッダ・エレには生きる場所が、ありません」

 「なれば破棄された盟約の上で青き血を流すか?隣人は良き隣人では無い。未だ暴力を覚えたばかりのお前達と同じ、幼子である」


 パーヴァはうつむく幼い子らに厳しく告げると、小さく溜息をついた。

 彼等はヨッドヴァフに住むフィッダ・エレである。

 人と魔物の混血、という定義にはなるのだろう。

 だが、彼等はもとよりこの姿で生まれ、育ってきた。

 変遷する魔物の社会の中、生きてゆく場所を失い淘汰され、その身をフィダーイーに拾われた。

 フィダーイーとして生きていくため、ヨッドヴァフで人に見つからないという矛盾の中、人と交わりながら生きていかなければならなかった。


 「エレメラはどうしている?オーロードから戻っているはずだが」

 「エレメラはアルヴィーテと話して、そのままいずこかへ。オーロードも最早、ヴァフレジアンにより人の作りしクリムゾントゥース、レゾンメメスタがフィダーイーの匙を投げたと」


 クリムゾントゥース、レゾンメメスタはともにフィダーイーの大きな名前の元に力を持ったオーロードのアサシンの集団である。


 「レゾンメメスタが?渡りをつけていた者らも皆か?」

 「はい……しかし、鐘が船を用意してくれたそうです。二巡りの後、オーロードを発つそうです」


 少年からの言葉を聞き、パーヴァは苦々しい顔をする。

 鐘、とはリバティベルの隠語である。


 「あの男、私の前では何一つ言わぬくせに小癪な真似を」

 「友人、なのですか?」

 「褐色の幽霊だよ。ふらりと現れては消える。我らと違う刹那の時に生きる者だ。余計な感傷をしてくれる」


 少年が僅かに微笑み、それをパーヴァに見られたことにまた顔を険しくする。


 「エレメラが戻り次第、ネダはジュジュとレガリを連れて街を離れろ。いいな?」

 「しかし、パーヴァリアは」

 「……多くのニザが動く、私は羽を開かねばならない」

 「なれば、我々も」

 「ならん」


 パーヴァは厳しくそう告げると、少年を諫めた。

 「力なき魔物は他の命を繋ぐ礎。怯え、恐れ、そして、振るえる力を振るえ。生き難いを生き、力を蓄え、その力を持って己を成せ。それがフィッダだ」


 少年達はパーヴァの言葉を受け、静かに項垂れた。

 力ない自分たちを恥じているのだろう。

 パーヴァはその姿が遠く昔の自分に重なり、いらだちを覚える。

 テーブルの上に金貨が数枚転がり、澄んだ音を立てる。


 「パーヴァリア、これは……」

 「エレメラが戻るまでに支度を整えておけ。足りない分は後で送る」

 「船代を取っても多すぎます!」


 そう言って、パーヴァは小さく微笑んだ。


 「離れてしまえば、私の羽は最早お前達に届かない。大切に使え。しばらくは甘い物など買ってはやれん。離れる前に、食べていくがいいさ」


 子供達は最強のフィダーイーに深々と頭を下げた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 アルヴィーテ・レラハムは屋敷の雑務の一環として買い出しに出る。

 その最中、商店で商品を物色する仕草を崩さぬまま、ローブの女と言葉を交わす。


 「……ヨッドメントは本格的にフィダーイーを排斥するツモリです」

 「パーヴァリアが警告しているはずだ」

 「聞き入れはしないでしょう。得られる権益が大きすぎるのですから」


 ローブの女は商品を勧める素振りを崩さぬまま、往来に目を向ける。

 道行く行商の中に、幾人かの冒険者の風采をした不自然な挙動の人間を見つける。


 「付けられているな」

 「元フィダーイーだからです。私はイーとしてセトメントを果たしておりましたが、エレメラは……」

 「幼いフィッダを連れて離れる。明日は西か?」

 「……予定では。明け方には戻ります」


 アルヴィーテはそれだけ告げると幾ばくかの銅貨を支払い、その場を離れた。

 しばし往来を歩き、人通りの少ない路地に入ると彼女の前に一人の少女が立ちふさがった。

 豊かな金の髪をなびかせ、怜悧な瞳でアルヴィーテを見据えるのはシルヴィアだった。


 「……シルヴィア?」

 「買い物、ですか」


 シルヴィアはアルヴィーテの抱える篭に入った果物を不躾に物色しながら鼻を鳴らす。


 「フィダーイーにここ数日の襲撃が漏れている。あなたが伝える拠点の在処は果たして正しいが、疑念の目を向ける者も少なくはない」

 「……フィダーイーは広く、深くヨッドヴァフに根付いている。それらを駆逐するならば容易ではありません」


 アルヴィーテは淡々と答える。


 「私は剣を振るえる場所があれば、満足ですから」


 シルヴィアは篭からリンゴを一つ手に取ると、宙に放る。

 宙を回るリンゴが弾け、いくつにも割れる。

 いつの間にかシルヴィアの手には剣が握られていた。

 アルヴィーテはこれを警告と捉えた。

 最早、自分がフィダーイーに対して情報を流している事は露見している。

 フィダーイーからヨッドメントに徴用されたのはその実情に詳しいからだ。

 だが、その真意は逆に彼女がヨッドメントの情報をフィダーイーへと流すためだ。

 身の置き場の無い境遇には、慣れていた。

 選ぶ間もなくフィダーイーに拾われ、生きていくために術を修め、業を覚えた。

 アルヴィーテとて人として長くは生きてはいないが、正体の無い自分の実情に考える余裕は、あった。


 「ああ、そういえば……」


 シルヴィアはどこか底冷えする声でアルヴィーテに告げた。


 「ヨッドメントのディスケス・ダリドがニヴァリスタから戻ってきました」

 「……ディスケスが?」

 「なんでも、向こうでの協力者を得たのだとか」


 シルヴィアはつまらなさそうにつぶやき、地面に落ちたリンゴの破片を踏みつぶした。

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