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第三章「不徳の業、愛惜の行方」12

 ダッツ・ストレイルは一通り書類を作り終えると黒湯を啜った。

 疲れた頭を休めるのに無性に甘菓子が欲しくなった。それも、とびきりに甘ったるいものがだ。

 アーリッシュがリバティベルの甘菓子を求める気持ちを理解したが、それでもスタイアがこさえた物を食べるのは何故か負けた気がして自分の性分が許さない。

 だが、とうとう負けて夕暮れ時にリバティベルに赴いた。

 まだ混み出す前に滑り込め、人が少ない時間帯に入れたことを幸運に思えた反面、終業の鐘も鳴らないのに早々に店に戻っているスタイアに苛立ちを覚える。


 「頑張りますねえ。明日にすればいいのに」


 甘菓子をこさえてカウンターに運び、そのままカウンターに居座るスタイアの物言いにさらに苛立ちを覚える。だが、それを出すことはしない。


 「ご苦労だったな」

 「人を殺すのが僕らの仕事でしょうに。苦労も何も無いですよ」


 あっけらかんとして応えるスタイアにダッツは再び大きな溜息を零した。

 若い騎士の中には躊躇う者も少なくない。人ではない魔物なれば平気で殺めるが、同じ人を殺めるとなれば躊躇する奴の方が多いのだ。

 いや、魔物より人を殺める方が楽だと進んで行う騎士も居る。

 だが、それらは総じて騎士としての振る舞いに問題がある。

 それらを纏めなければならない立場になって、スタイアという人間が問題は抱えていてももの凄く扱い易い人間であることを知った。 


「ありがてえんだよ」


 言葉にするのも気恥ずかしく、だからといって上手に振る舞えはしない。


 「仕事、ですからね」


 ダッツは理解している。

 もの凄く扱い易い人間ではなく、そう振る舞っているだけである。

 ダッツは数枚の銀貨を袋に入れ、ぞんざいにスタイアに放る。

 甘菓子の代金としてはいささか多すぎる。


 「なんです?」

 「穢れ払いだよ。処刑人を買って出た奴、穂先になった奴にゃ恩賞が出るんだ。知らねえ訳じゃねえだろうに」

 「べっつに気を使わなくてもいいのに。アッちゃんはくれなかったよ?」


 スタイアは手の中で袋を弄び、鼻を鳴らす。

 その態度が気に入らずダッツはスタイアの頭を小突く。


 「この間のように仕事にやる気出されて全部斬り殺されてもゆるくねえんだよ!今回はたまったま他から糸が繋がる幸運があったから良かったものの次やられてみろ!ダグザにてめえの首斬らせなきゃならねえんだよ!」

 「無理でしょうに、あの娘にゃ」

 「そうなりゃ俺がダグザとお前の首を斬るっきゃねえんだよ。それが嫌なら俺が首斬られなきゃいけねえんだよ」

 「アっちゃんみたく適当に言い訳つくればいいのに」

 「てめえ他人事だと思って簡単に言いうな。人にできねえことさせんじゃねえよ」


 どこまでも正直じゃ無いダッツにスタイアは苦笑する。


 「遊んで来いってことですか」

 「それっくらいの給金くらいは出してやれるからな」


 ダッツはそれだけ言うと精緻な甘菓子を乱暴に喰らうとラナが運んで来たエールを煽った。

 その横でスタイアがその袋をラナに渡すと、ラナは小さく一礼してそそくさと奥に戻って行った。

 ダッツは訝しげにスタイアを見る。


 「おいてめえ。今、何しやがった」

 「はい?」

 「はいじゃねえよ。てめ、せっかく人がてめえで自由になる銭渡してんのに」

 「いや、僕じゃあ銭勘定できないんでラナさんに預けないと」

 「預けないとじゃねえよ!人の心遣いなんだと思ってやがんだ?ああ?」


 酒の入ったダッツが凄むがスタイアはそれが理解できず首を傾げる。


 「僕は貰ったら貰っただけ使ってきちゃうからラナさんに一度預けて、遊んできていいだけ貰わないと、ねえ?」

 「それっくらいは俺だって勘定できるわ!だからその分くれてやったんだろうに。生きてく上でそれっくらいの銭勘定はお前でもできんだろ」

 「僕の生きてく上で必要な勘定って敵を何人斬ればいいかくらいですし。十とか百とか言われても結局最後は居なくなるまで斬ればいいだけなんで、あんまし、勘定ってしたことないんですよね」


 普段、ダッツの書類の代作を依頼されているスタイアである。

 部隊員数に対しての糧秣の量やそれらの維持にかかる予算などの複雑な算術もできるのに、である。

 どこまでも正直じゃないスタイアにダッツは辟易とした。


 「死ね。お前が斬られてしまえ」


  ◇◆◇◆◇◆◇


 やかましく立ち去ったダッツを目の端に捕らえ、ラナは小さく溜息をついた。

 人のまばらな店内から喧しさが去れば、少し穏やかな空気となる。

 だが、間もなく生の臭気を携えた冒険者達で店が埋まりけたたましくなる。

 情に厚いあの騎士の脆さは、転じて彼を強くしている。

 いささかも翳ることのない強さを目の当たりにして、振り返って自分が恐ろしく小さくなったかのように思える。

 そんな思いを知ってか、知らずかスタイアは容赦が無い。


 「そろそろタマちゃんを呼んできて下さいな。いつまでも落ち込んでいたってどうしょうもないですから」


 だらしなくカウンターでエールを煽りながらも、気だるげで鋭い瞳でラナにそう告げた。

 はじめての仕切りに不手際を示したタマに対し、どこまでも容赦がない。

 生かす為には殺すより深い覚悟が要る。

 果たしてその通りであるが、この男は容赦をしない。

 それに対し自分は生かすことをしたことが無かった。

 だからこそ、こんなにも揺れるのであろう。


 「……すみませんでした」


 ちりん、と澄んだ音が鳴りドアが開く。

 言われるまでもなく現れたタマはどこか沈んだ顔のまま、スタイアに頭を下げた。

 その頭を小突きスタイアは告げる。


 「そんな顔で仕事をする気ですか。お客さんが困ります」

 「はい!」


 空元気ではある。

 だが、それでも元気を出し気持ちを切り替えようとするタマが痛々しかった。

 スタイアはどこまでも他人であろうとする。

 そして、自分も。

 だが、果たして覚えたばかりのこのクーリアはラナにとって心地よくも思う。

 店の奥に消えてゆくタマを見送り、スタイアは大きく溜息をつく。

 そして滅多に見せることの無い厳しい瞳に苦笑を載せて、どこか宙を見る仕草にこの男も歯がゆさを感じてはいるのだろうか。

 間もなくエプロンを着けて現れたタマはいつもの元気の良い看板娘であった。


 「ラぁナさん!」


 いつもより少し大きい声で呼ばれ、ラナは億劫にも振り向いた。 

拵えた食事の皿を手渡すとタマはいつものように配膳しに行く。

 その姿をちらりと見てスタイアはもう一度、エールを煽った。

 人が入り、賑わいが増してくる。

 やがていつものように喧噪が響き合い、忙しくなる。

 いつものようにだらしなくカウンターでエールを煽るスタイアが今日は鬱陶しく思う。


 「スタイア」


 呼ばれて、ようやく気がつくスタイアが不審だった。

 いつの間に、自分はこんなにも弱くなってしまったのだろう。

 酒にたるませた瞳がどこまでも鋭く、鋭利な刃のように厳しい。

 それを緩めて、苦笑するスタイアは既にこれから起こるであろうことを既に見ていた。

 ようやく、そう、ようやく気がついたラナは気まずくなって小さい息を零した。

 どこか、嬉しそうにスタイアは苦笑した。


 「……大丈夫、ですよ」


 スタイアはそう言ってエールを煽った。


 「……スタイア、ですが」

 「ヴァフレジアンがこれだけ躍起になっているんです。オーロードのサステナス・ミルドも事を起こすでしょうし、ニ・ヨルグもニヴァリスタも……そうすれば、ラナさん、フィダーイーすらも」


 スタイアはそれだけ呟くと、その先を口にしなかった。

 ラナもなんとはなしに、その理由について理解した。


 「女王ヨッドヴァフ・ザ・フォースの理解と、そして、勇者マチュアの存在。そしてそれらを束ねるヨッドメント。だからこそ、シャモン兄ぃはアブルハイマンへ赴いたのでしょうさ」


 暴力を淘汰するには、より、強大な暴力が必要になる。

 大きな暴力同士が集まれば。

 ラナはそれを想像するに、珍しく溜息をついた。


 「それは、そうとラナさん」


 どこか、言いづらそうにスタイアが言葉を濁していた。


 「あー、その、何ですか……」


 また、夜遊びに行く銭の無心だろうか。

 誰も知る由の無いあの一件以来、何故か冷たくしてしまう自分が居る。

 それが何故なのか彼女のクーリアには無い。


 「ちょいとお耳を」


 人に言えない話などは決してしない。

 訝しげに思いながらラナは耳を貸す。

 身を寄せたラナの耳にスタイアは顔を寄せ、囁くことなく離れた。

 怪訝な顔をするラナから素っ気なく顔を逸らすと、スタイアはカップに残ったエールを一気に煽る。

 まるで、逃げるように席を立ち言い捨てる。


 「……タレズの爺さんの遺した最後の品です」


 よく見れば、胸に意匠の懲らされた銀のブローチが留められていた。


 「いつか、タマちゃんへお願いします」


 あの老爺が遺した細工は精緻でありながら嫌味が無く、ただ、力強い。

 細工について知るものは少ないが、それでも人の魂が映るものであることは知れた。

 なれば、いつか、タマの手から。

 だが、その甘さを見せるのは自分であっては、いや、父親であってはならない。

 それが恥ずかしくて立ち去るスタイアは金も持たずぶらぶらと街をふらつくのだろう。

 ちりん、と澄んだ音が鳴り白鯨イシュメイルが店に顔を出す。


 「おや、おでかけかな?銭金も持たずに仕事にでもいくのかね」

 「いやあ、ここに居てもお店の仕事させられるだけですからね」


 皮肉られて苦笑するスタイアがどこか不憫に思えて。

 そんな不憫な思いをさせるのは自分の器量だと思えば、少し、恥ずかしく。

 ラナは溜息を零すと、ダッツの置いていった袋をスタイアの後頭部に投げつけた。


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