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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第2章 『鉄の理、英雄の果て』 2

 ダッツ・ストレイルはいわゆる典型的な冒険者あがりの騎士だった。

 商家の五男で家業を長男が継ぎ、次男、三男が支店を継ぐ。

 四男は学業を修め、父のツテでアカデミアに学士として在学し研究に勤しむ中、末弟であるダッツにはわけてやれる財産もなく、また学業で身を立てられる程、世間のゆとりもなかった。

 自由闊達、といえば聞こえはいいが放蕩を繰り返し勘当同然のまま首都で日払いの仕事を繰り返すうちに槍を持つことを覚えた。

 いくつかの戦乱に冒険者として参加し、その功績を認められ騎士団に取り立てられた経緯を持つ。


 「……平和なモンだよな」


 遠征を終えて帰隊してみれば、自分の預かり知らぬうちに聖堂騎士団が騎士団の詰め所を出入りしている状況である。

 スタイア、アーリッシュらと生粋の戦場を見てきたダッツにはそれが平和を覚えたヨッドヴァフの姿に見えた。


 「ダッツ正騎士殿、それは聖堂騎士団に対する侮蔑か?」


 ダグザが喰ってかかるように言った。


 「バカにされて当然だ。女子供に槍持たせて戦わせようって考え方が平和だっていってンだよ」

 血筋にたよらず、腕一本でのし上がった冒険者あがりの騎士はおしなべて容赦は無い。

 「無礼な」

 「遠征には遅参する。参上したとしてもろくすっぽ役には立たない。礼なんかで飯が食えると思うな」

 「三日の行軍は予定の範疇です。遅参とは……」

 「一日で走れ。一日休め。三日目で死ね。それが三日の行軍の意味だ。悔しければスタイアに槍をつけてみろ。そうしたら認めてやるよ」


 ダッツは鼻を鳴らすと、アーリッシュの待つ騎士団長執務室の扉をくぐった。


 「今帰ったぞ」


 礼を取らず、ソファにずっしりと身を沈める。

 偉丈夫、とまではいかないがそれでも鍛え込まれた体躯に乗られたソファが軋みをあげる。


 「やあ、おかえり。早速仕事だよ」

 「市街地での魔物出没事件。少し、聞いた。うちの部隊を自由に使ってくれ」

 「頼もしいね」

 「仕方があるめえよや。死なれても困るンだから」


 ダッツは大きく息をつくと、緑に逆立つ毛を撫で上げた。


 「……しかし、王都の中で魔物騒動とはね。一体何してんだか」

 「仕方あるまいさ。外敵からのとりあえずの侵略は無くなった。平和になれば剣や槍は必要がなくなるからね」

 「問題は誰が最後に槍を放すかだよ。俺はごめんこうむるね」

 「そういう人を人は英雄と呼ばなければならない」


 つかれた笑みで笑うダッツにアーリッシュは答えた。


 「アーリィお前はどう見る?」

 「王国内部の犯行だろう。魔物が単独で潜入ルートを持っていると見るのはいくら平和に浮かれる王国といえど、ありえん」

 「問題はどっから運ばれてくるか、だな。心当たりは?」

 「それはダツさんの方がたった今しがた終えたばかりだから詳しいだろう?」


 ダッツは苦笑する。


 「捕獲した魔物は生態調査のため、アカデミアに搬送される。あるいは処分の為に教会か……だがまあ、どちらにせよアカデミアの管理下になる。まっとうに見るならそこからだ」

 「騎士団とアカデミアは独立関係にあるからまさか、疑いをかけて調査に入るわけにはいくまい」

 「そういうところはスタさんに任せようぜ?スタさんだって放ってはおくまいさ」

 「そうだね……そうか、そういう……」


 アーリッシュはアカデミアへ赴いたスタイアの思惑にようやく思い当たる。


 「……だけど、問題は誰が何のためにだよな。趣味、にしちゃあいささか度が過ぎる。ビリハム・バファー邸の惨殺事件にしたってそうだ。あれだって結局のところ犯人の目的がわかっちゃいない」

 「そうだね……わからない」


 アーリッシュは筆を走らせる手を休めて大きく息を吐いた。


 「僕らは平和を手に入れたが、その代償を今、求められているのかもしれないな」

 「今、じゃない。近い将来だろう?」


 ダッツはそれだけいうとソファからのろのろと身を起こした。


 「休まないのか?」

 「オズワルド卿に挨拶してくるよ。討伐隊編成の時に大分苦心してもらった。俺のような小物にも目をかけてくれるいい人だよ」

 「そういえば、彼は……」

 「そう、冒険者上がりさ。冒険者上がりはどうしても肩身が狭い。だからこそ、色々と心を砕いてくれるのさ。そうでもしないと俺達みたいな奴らは生きていけない」


 アーリッシュは眉を潜める。


 「……魔物出没事件にかかる鎮圧数はオズワルド卿の率いる第三騎士団が頭一つ抜いてるね」

 「王宮近衛騎士の選抜も近いからな。力は、入るさ」

 「王宮近衛騎士の選抜?」

 「おいおい、騎士団長。てめえの出世のことぐらい気にかけとけよ。ロウ・ヴェルハスト卿が退役するから騎士団の中から近衛騎士を選抜するって話だ。出世欲が無いのは騎士として美徳だがいきすぎるとそいつぁ少し、鼻につくぞ?」


 アーリッシュはつまらなさそうに鼻を鳴らす。


 「昇進か、スタさんじゃないけど、昇進すると面倒な仕事ばっかりだからな」

 「楽もできんだぞ?本当は」


   ◆◇◆◇◆◇


 アカデミアはヨッドヴァフ東区に巨大な敷地を設け、まるで天を突くような槍のようにそびえ立つ塔となっている。

 ヨッドヴァフが秘蔵する知識の全てがこのアカデミアに集約されている。


 「スタさん、来るなら事前に連絡をくれるべきだ!」

 「やあ、イシュさん。元気そうでなによりです」


 アカデミアのホールでスタイアを迎えた濃緑のローブを着た教授がスタイアと抱擁した。

 単眼鏡を載せた瞳からは若さと才気が溢れている。

 イシュメイル・スタークラックはスタイアが学士としてアカデミアに存在した頃の友人である。


 「スタさんが来るなら適当な調査を名目に陰気臭い書物庫から出てラナさんに会いに行けると思っていたのに!あそこでだらしなく飲むエールが最高にウマいんだ」

 「そいつぁ、また折りを見て招待しますよぅ。今日はまたちょっと込み入った用件で、クロウフル・フルフルフー大師星に会いにきたんですよ」

 「あのクソじじいに?」

 「そのクソじじいに」


 イシュメイルが怪訝な顔をしたのを見て、タマは少なからず緊張した。


 「ちょいと、この子の師事を頼みたくてね。取り次ぎをお願いできませんかね?」

 「ふむ……それはやぶさかじゃあない。がしかし、あのじいさんの眼鏡にかなうかね?偏屈で意地が悪く、とてもじゃあないがお嬢さんじゃあ耐えきれるような……」


 話を聞くにつれ、タマは緊張に身を固くする。

 往来を行く学士の殆どがどこぞの貴族の出とわかる身なりをしており、自分がどこか場違いな人間のように思えてもきた。

 恥ずかしさに俯き、スタイアの服の裾を握る。

 そんなタマの頭をそっと撫でる手があった。


 「イシュメイル。誰がそのクソじじいかね?」

 「うわおういつの間に」


 タマが見上げると、そこには老爺が立っていた。

 白く縮れた頭髪を後ろでまとめ、シワだらけの眼で弟子を睨み上げながら唇をもごもごとさせている。


 「スタイアもスタイアじゃ、来るなら来るでひとつ知らせを持ってくるのが礼儀というものだが……なるほど、利発そうな娘じゃのう。これならば知らせを入れる方が面白く無いというものだな」

 「お久しぶりです、クロウフル大師星」


 スタイアは恭しく頭を下げる。


 「壮健そうで何より。儂はつくづく思うのだが、イシュメイルのような根性無しよりお前さんのような奴に残って貰いたかったのだがね?しかし、仕方あるまいや。歩むべき道は幾多にあれど進む足は二本しかないのがまた人というもの」

 「師匠こそ相変わらず」

 「うむ。どれ、ここで立ち話をするのも面白くない、儂の部屋に行こうか」


 老爺――クロウフルはそう告げると指を振った。

 振られた指から燐光が零れ、光が渦を描いて扉を作る。

 クロウフルがその光の中に歩み入るのに続き、スタイアが入り、タマはおずおずとその後ろをついてきた。

 光を抜けると、そこは巨大な本棚がまるで砦の防護柵のように並んだ書庫だった。

 タマは一通り周囲を見回すとクロウフルに尋ねた。


 「おじいさん、今のは何ですか?」

 「ほっほう?気になるかね。スタイアなれば最初は気押されて尋ねることをしなんだ。だのにこの小さなお嬢さんはこの技を知りたいと見える」

 「はい」


 タマは小さく頷いた。


 「これはだね?……魔法という技だよ?」


 クロウフルはいたずらをあかす少年のようなきらきらした瞳でささやいた。


 「遙か昔、幾度となく星が巡り今になる前、大地はおろか空を支配した民の叡智が産み出した技術。空を飛び、星を掴み、夢を渡り、すばらしい明日を創る助けをする。それが魔法だ」


 クロウフルはタマの周りに燐光を弾けさせて笑みを浮かべる。

 タマはその光を触ろうとして、すり抜ける手をしげしげと見つめる。


 「凄い!」

 「ほっほっほ!お嬢ちゃんも一生懸命勉強すればワシなんぞより立派な大魔法使いになれるとも」

 「でも、おかしいね。魔法が使えるのに、どうしてお金持ちじゃないの?」

 「私がかね?老い先短い余生を暮らせるだけのお金はあるとも」

 「魔法が使えるなら、一杯お金盗めるのに?」


 スタイアがあわてて、クロウフルは面白げに笑った。


 「それは流石に思わなかった!そうか……ワシは泥棒をすれば大金持ちになれたのか」

 「……タマちゃん、ダメでしょうに」


 スタイアがたしなめるがタマは眉根に皺を寄せて思ったことを口にする。


 「でも、お金は生きていくのにとっても大事だよ?それがいっぱいもらえるのにいっぱいもらわないのはへんだよ」


 クロウフルはタマの頭をシワだらけの手で撫でながら続ける。


 「ときに、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは今、何で生きておる?」

 「スタさんにお金で買われて、働いて食べさせてもらってるから」

 「うむ、うむ。だが、よぉく、そう、もっと、よぉく考えてみようかの?スタイアはお金でおぬしを買ったが、買わなくてもよかった。じゃあ、なんでお主を買おうとしたのかね?」

 「……優しいから」


 タマは少し恥ずかしそうに答えて、スタイアの裾を掴む。


 「もし、ワシが泥棒をしてお金を盗んだとしよう。だが、盗まれた人間はワシを許してはくれまい。ワシはたくさんのお金を手に入れるがたくさんの敵をも作ってしまう」

 「あ……」


 タマは理解して眼を輝かせた。


 「お金がなくても、生きていける……んだ!」


 クロウフルはタマを抱き上げ、伸びきった髭をこすりつけるようにほおずりする。

 スタイアは一歩下がり、クロウフルに頭を下げた。


 「凄い!私、ずっとお金がないと生きていけないと思ってた!すごい!すごい!」


 今までの自分の常識を覆され、新しい発見をしたタマの驚きようは大げさではあったが、それも理解できる話ではあった。

 スタイアはもう一度小さく頭を下げると眼を細めた。

 クロウフルは横目でスタイアを見ながらタマを降ろし、満面の笑みを浮かべた。


 「スタイアよ。子供はいいのぅ、とても素直で賢い」


 タマは自分の手のひらを見つめながら興奮さめやらぬ顔でスタイアに何かを伝えようとしたが、スタイアの顔を見るなりすっと冷静になった。


 「スタさん!あたし、ちょっと探検してくる!」

 「迷子にならないようにしてくださいな」

 「うん!」


 元気を装い飛び出すタマを見送り、スタイアは小さく息をつくとクロウフルに向き直った。

 クロウフルはいつまでもタマの背中を見つめていた。


 「本当に、賢いな。あの子は」

 「ご迷惑をおかけいたします」

 「お主やイシュメイルのような人間を見るたびに自分が老いたと感じるよ。伝えながらにして学ぶ日々じゃ、あのような子に教えられることを喜ばねばならぬ」


 クロウフルは指を鳴らすと、床から椅子を産み、腰掛ける。

 スタイアも椅子に腰かけると、二人は黙って向き合った。

 しばらくの沈黙の後、クロウフルは呟いた。


 「ビリハム・バファーはよく学ぶ男ではあった」

 「やはり」

 「欲望は何かをなしえる力ではある。がしかし、身に余る欲望と力は己を滅ぼす。そして知ることで引き返せぬ道も、存在する。果たして、誰がそれを御していると知れるのだろうか……そうして、落ちるのだよ。魔道に」

 「魔道……ですか」

 「そう言える程、ワシも歳を取った。口さがないといえばそれまでだが、生きることは恥を重ねることだ」


 クロウフルはそう告げて大きく息を吐いた。


 「……ヨッドヴァフを拓くには多くの血が流れた。オーロードから流れた民は魔物の溢れるこの地に押しやられ、数多くの戦をしなければならなかった」

 「栄光戦争……百年前の話ですね」

 「初代ヨッドヴァフは聖剣グロウスクラッセと退魔の鐘を携え、この地を平定し魔物をこの地の奥深くへと押し込めた。その地がヨッドヴァフだ」

 「百年前に首都が交易都市オーロードからヨッドヴァフへ移った経緯ですか?」

 「その当時を知る由はあれど、真実を知ることは叶うまい。我々は今の時代を生きているのだからな」

 「我々は、今を生きている、ですか」


 スタイアは小さく呟き、苦笑した。


 「私は勉強が苦手でして……どうにも、こちらに傾いてしまいましてね」


 スタイアは腰に吊した剣を叩く。


 「流転千景、雨夕晴朝、また風も命脈を惜しみ、構えと言います」


 立ち上がり、丸めた背中をクロウフルに向ける。


 「スタイア……お前は何を知ったのだ……」



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