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第三章 『不徳の業、愛惜の行方』3

 緩慢といえば、スタイアの方も緩慢であった。


 「こんの……バカ野郎ゥッ!」


 ダッツの罵声が響き渡り、スタイアはぼんやりとした顔でダッツを見上げた。


 「見ててイライラするくらいのたくたのたくた歩いて箱に入ったと思えば、全部斬り殺してきましたってバカじゃねえかてめえ!」

 「だって、斬り込みで入ったんだからそりゃ斬るでしょうに」

 「斬るでしょうに、じゃねえよ!ご丁寧に全部頭カチ割りやがって!これじゃあどいつもこいつも苦しまずに一発で昇天じゃねえか!」

 「そりゃあ、まあ、斬ってしまえば人は死ぬ訳ですし……」


 スタイアは一体、ダッツが何を怒っているのか理解できずに居た。


 「尋問して背後関係洗える奴が誰もいねえじゃねえか!」


 捕り物が終わってしまえば、相手は誰一人、生き残ってはくれなかった。

 ダッツとしては今回の捕り物で幾人かは捕縛して背後関係を吐き出させたかったのだ。

 凄惨な現場に横たわる泥棒達の死体の下に箱詰めされた沢山の偽造された金貨が鈍い光を放っている。

 これだけの量を捌くとなれば、この場で死体になった連中だけではなくもっと大掛かりな組織的な規模の犯罪である。

 本格的に流通が激しくなる収穫期の前に、牽制を入れると共に背後関係を徹底的に調べ上げて壊滅に追い込みたかったのだ。

 だが、相手も生きる為に必死である。

 死を覚悟した一般人は、死を覚悟しない兵を凌ぐ時もある。

 だからこそ、ダッツは斬り込みに関わる部下達を焚きつけるだけ焚きつけて生け捕りにすることを告げなかった。

 そうしなくても、一人くらいは逃げ出すのに必死になって逃げるからである。

 そうなれば周囲に配置した騎士達が退路を塞ぎ取り押さえられる。

 スタイアについては言わなくてもそのぐらいは理解しているものと思っていたのだ。

 これは一緒に戦に携わったからこそわかっていたツモリだった。

 やる気がないように見えて、スタイアは何事にもその真の目的に沿って無駄を一切省く。

 また、いかなる状況に追い込まれても覚悟だけは済ませておくために、常に周囲の動静に気を配り、情報を収集しておく。

 現に今回の捜査でもスタイアは有用な情報をいくつもダッツに伝えていた。


 「ふむ……思えば一人くらい、残してもよかったのか」

 「思えばじゃねえよ!てめえ、どうしてくれんだ、ああ?」

 「まあ、死んでしまったものは生き返らないですししょうがないですよ」

 「お前が死ね!ここで殺した誰かのかわりに死ね!そうすりゃニンブルドアの秤もそれで勘定が合うだろうがよ!」

 「むぅー、そうですねぇ」


 剣についた血糊をせこせこと拭きながらスタイアは面倒くさそうに溜息をついた。

 そうして、思いっきり大きな欠伸をすると背中を丸めてダッツに背を向けた。


 「おい!てめえどこ行くツモリだ!」

 「はぁ、今日はこれで終わりでしょう?帰って寝ようかと」

 「てめえ!自分のしたこと理解してんのか!」

 「まあ、僕もうっかりしてましたってことで」

 「うっかり?うっかりっつったか貴様!俺はがっかりだよ!」


 ダッツは最早、何も言う気力が無くなった。

 今までの捜査がこれで振り出しに戻るやるせなさをうっかりで済まされると、何故だか途端に、そのうっかりで殺された犯罪者達に哀れみを覚えた。

 一気に戦の熱が引き、気だるさを思い出すとスタイアの違和感に気がついた。

 だいたいに、夜に姿を見せることはない。

 それこそ、槍が降ってもおかしくは無い珍事なのに、ゴネることもなく第一隊の斬り込みを引き受けるなど、明日魔王が復活するくらいに不思議なことなのだ。

 どうして、そんなことに気がつけなかったのかダッツは思い出す。


 「ダグザ」


 後抑え隊の中で、身震いしているダグザを呼びつける。

 だが、ダグザは怖がって返事をするどころか人混みの中に逃げようとする。


 「おう、ダグザ!いいから来いっ!」


 最早、怒鳴りつけるのも面倒になってきたダッツだが、それでも歴戦の勇士の怒号は臆病な少女を震え上がらせるには十分すぎた。

 背を丸めて現れたダグザは今にも泣きそうな顔でダッツを見上げた。


 「はい……お叱りを受ける覚悟は十分にできております。奴ばらには十分言い聞かせておくのでどうか、どうか首だけは……どうしょうもなく使えないゴミ野郎でも生きております、生きていれば汚名挽回…いえ、返上の機会も……」


 首を斬れと言われれば斬らなければならないのはダグザだ。

 スタイアの首を斬れなければ今度は逆に、ダグザの不名誉になる。

 自分の腕では斬れるとは思えないダグザも必死である。

 そんなダグザの気持ちとは裏腹にダッツは最早、全てのやる気を失っていた。


 「俺ぁ寝る」

 「は?」

 「俺ぁ寝るっつったんだ。後の書類、頼むわ」

 「はぁ!」


 よく思い出せば、ここ数日、ろくすっぽ睡眠を取っていなかった。

 捕り物の準備や訓練で寝る間もなく働いていたからロクに頭も動かなかった。

 言い訳をすればそうなのだが、それを口に出してはアーリッシュに合わせる顔が無い。


 「偉くなれば楽ができるって言ったはずなんだがなぁ……」

 「はい?」


 意味無く一人呟くと、ダッツはまた大きな溜息をついてひらひらと手を振った。


 「明日の朝までやっとけ、それでチャラにしてやんよ」


 ダグザは泣きそうな顔で肩を落とした。


  ◇◆◇◆◇◆◇


 タレズ・リゲリアはスタイア、ダッツらと同じ第七騎士団の準騎士である。

 とはいえ、最早六〇を過ぎた老人で甲冑を着て歩くのも辛い年齢である。

 今回の捕り物においては各隊から選抜された斬り込み隊の第1隊に編成されてしまった。

 この老齢で選抜される由も無いのだが、本来選抜されていた若い騎士が不調を訴え不在であったことから、居合わせたタレズにお鉢が回ってきたのである。

 斬り込み隊の1隊は死ぬ確率が高い。

 一番槍が誉れとされるのはその危険を承知した上で斬り込むからだ。


 「すまんの、スタイア」


 騎士団の詰め所で支給された鎧を戻し、出てきたスタイアを待ち受けるようにタレズは呟いた。


 「んあ?」


 スタイアは詰め所の資材の上に腰掛けるタレズに気がつくと、間の抜けた声をあげる。


 「迷惑をかけた。儂もまさか穂先になるとは思わなかったわ」


 穂先、とは斬り込み隊の先頭のことだ。

 それをダッツの気紛れで交替しただけのスタイアが自分を気遣ってくれたと思っていたのだ。

 スタイアはしばらく事情が飲み込めずにいたが、やがて、合点がいくと苦笑した。


 「いやぁ、今日はたまたまですよ」

 「謙遜するな。お前さんはいつもそうじゃろう」


 タレズも無駄に年を重ねている訳ではない。

 スタイアの人と腕、そして、根底に横たわる暗さくらいは一目見て見抜けるくらいの器量は備えていた。

 そして、この一見不真面目に見える青年の誠実さも当然の如く。

 スタイアはそんなタレズの目に、ようやくいつもの調子を取り戻しはぐらかす。


 「買い被りすぎですよ、普段仕事してないから目をつけられちゃってるんです」

 「そういうことにしておこうか。穢れ払いに、どうだ?」


 口元で杯を傾ける仕草をしてタレズは子供のように笑った。

 それ以上は追求しない様も、そして、筋の通し方も流石である。


 「いいんですか?」

 「財布を握られてるんだろう?なぁに、儂で由をつければいいさ。それなら誰も文句は言うまい」


 隊も違えばあまり顔を合わせることも無いのが騎士達である。

 ことに準騎士となればその傾向は顕著である。


 「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 一瞬、つられそうになったがスタイアはそこで留まる。

 留まった理由は別にあるのだが、弱々しいが、その中にどこか鋭さを持ったこの老人をスタイアは一つ、思い出したのだ。


 「……タレズの爺さん、お孫さんが帰りを待ってるでしょうに」

 「たまにゃあいいさ。袋になればずっと帰れはせん。恩返しにしちゃ帰りが遅くなるくらいでガタガタは言わせんわ」


 スタイアはどこか嬉しそうに苦笑する。


 「遊びすぎて腹上死ってのもあるわけですから、そこまで僕も助けられませんからね」


 そう言って互いに苦笑する。


 「不器用な奴め」


 タレズは嬉しそうに笑うと、懐から銀細工を出すと油紙に包んだ。

 タレズが手を伸ばすと、スタイアはそれを受け取りしげしげと眺める。


 「これは?」

 「手慰みじゃよ。斬り込みをしない準騎士の扶持じゃ厳しいからの。遊ぶにしろ、そうでないにしろそういった手土産は喜ばれるんじゃろ?」


 油紙を僅かに解くと、精緻な意匠が懲らされた銀細工の髪飾りが覗いた。

 薄く紅の染料を被せたそれは、静かだが力強く、華美でありながら穏やかな印象を与える。

 ヨッドヴァフで誰しもが知る鍛冶師の一人娘が細工を志しており、懇意にしているからこそ理解できる。

 巧みな技巧のみでは至れない、人として深さがある。

 細工を見るスタイアの目をじっと見つめるタレズの瞳は明らかに市井の人とは違う鋭さがあった。


 「いいんですかね?」

 「持っていってくれや」


 スタイアは油紙を元のように戻すと懐にしまい、小さく溜息をついた。


 「……よくよく考えれば、遊びに行った方がよかったかもしれない」

 「バカだのう、お前さんは」


 タレズは好々爺の形相でひとしきり笑い飛ばすと、スタイアの肩を叩いた。


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