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第三章 『不徳の業、愛惜の行方』2

 第7騎士団は夜の捕り物前に盛大に沸いていた。


 「四半刻の後には出るッ!各隊具足改め!久々の捕り方だ!ぬかるんじゃねえぞ!」


 ダッツ・ストレイル騎士団長の指揮の下、第7騎士団の面々は緊張しながらも静かな興奮の中でそれぞれが沸いていた。

 偽造通貨を密造する一団の捕り物である。

 長い内偵捜査を経て割り出したその製造拠点にいよいよ、今夜乗り込むのだ。

 捜査に駆り出された騎士達は今まで忍んできた労苦を糧に、今日、静かに燃えておりおのずと熱気をはらみ、それが活気となっていた。


 「いよいよだ!一人残らず縛り首にしてやれ!」


 そんな中、一人だけのろのろと具足をつけているスタイアの姿があった。

 割と自由な具足をつけられる準騎士で実用的なものを好むスタイアが珍しく、支給品の具足に手を伸ばしていたのだ。

 ダッツは珍しいものを見る目つきでスタイアを見た。


 「何で居やがる。てめえが居ると捕れる捕り物も捕れなくなるじゃねえか」


 対してスタイアはグリーヴの底を見つめながら気だるげに答えた。


 「あれ、そうなんですか?」

「夜の招集には間違い無く来ねえお前が居るのが珍しいんだよ!」


 スタイアは支給品のグリーヴを履くと革紐を結び、面倒臭そうに首の後ろを掻きながら溜息をついた。


 「はぁ、ま、最近、夜遊びできなくなったもんですから夜がヒマでヒマで」


 いつも疲れているスタイアだが、今日はやけに疲れているように見える。

 それがどこか心配でダッツはスタイアの横に腰掛ける。


 「そんな遊びができるくらいには金貰ってんだろ?何に使ってんだよ」

 「いや、お金自体は貰ってるはずですし、お店や冒険者としての報酬もあるはずなんですがね」


 どこか歯切れが悪く、また気だるげなスタイアにダッツはいよいよもって怪訝に思う。


 「おい、そういったところに出入りできなくなるような悪ぃことしたんじゃねえだろうな?てめえの首掻っ切ることになんのは汚れるからやだぞ」

 「遊びには遊びの美学があるんですよ。出入りできなくなるようなアホな遊び方なんかするわけ無いじゃないですか」

 「じゃあ、なんだよ」

 「ラナさんが遊びに行かせてくれないんですわ。今まで遊びに行かせてくれたのになんでなんでしょうかねえ」


 スタイアはそう言って大きく溜息をついた。

 死んだ魚のような目でチェインメイルに袖を通してスタイアは面倒臭そうに剣を腰に下げた。

 ダッツはその言葉の意味を考え、面倒臭くなってスタイアの頭を殴った。


 「痛いですねぇ、何するんですか」

 「バカじゃねえのお前?死ねよ」

 「なんで死ななきゃならないんですか面倒くさい」

 「面倒だから死にたくねえんなら殺してやんよ。今までどんだけラナさんに迷惑かけてたんだと思ってんだ?」


 スタイアは信じられないようなモノを見る目で反論する。


 「いや、だからこそ僕はラナさんを裏切らないように遊んでたんじゃないですか!」

 「おめーちょっと感覚がズレてんじゃねえのか?」


 ダッツはスタイアがある一部においては非常に誠実であることは理解していた。

 だが、ことにその方面においてダッツは友人のアーリッシュより倫理的であったのだ。


 「普通、自分の女や男が他の奴と遊んでたら気持ち良くはないだろう」

 「それも一つの甲斐性と認めてくれてたのになぁ」


 そう溜息をつくスタイアはどこか疲れている。

 そこへがちゃがちゃと鎧を鳴らしてダグザがやってくる。


 「ダッツ騎士団長!第4隊間もなく出れます!」

 「おう!第4は後抑えだ。後抑えだからって抜かるなよ!斬り込みが入れば逃げる方も必死だ。絶対に逃がすな」

 「はッ!それで……その、妙なご婦人が我が隊の……」


 どこか歯切れが悪そうにそう言ってダグザはスタイアの方を見た。

 小脇に抱えているバスケットはどこかで見たことのあるバスケットだった。

 ダッツはそこで一つ合点がついた。


 「ああ、差し入れだろ?構わん」

 「はぁ……しかし」


 長くに渡って調べてきた捕り物である。

 情報漏洩を心配するダグザの気持ちもわからない訳ではない。


 「知り合いだよ。いや、よく知りすぎてるのかもな。俺もまあ、顔くらいは知ってる」

 「それであれば……スタイア!早く隊列に戻れよ!」


 そう言い残してバスケットを置いていくダグザを見送り、スタイアはバスケットに目を落とす。

 中には手の込んだサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。


 「わからないなぁ」


 スタイアはそう呟きながらもサンドイッチを手に取り咀嚼する。


 「怒ってる訳でもないけど、遊ばせてくれる訳でもない。うーん……」


 それがどうにも引っかかり、ダッツは小首を傾げたがやがて理解した。

 何より自分の具足を纏わずにきたスタイアのその姿が証拠である。


 「むかついた」

 「は?」

 「オメー今日第1隊の穂先に付けてやる。斬り込め」

 「はぁっ!」


 ダッツはスタイアに断りもなくバスケットの中からサンドイッチを手にして頬張ると乱暴な上官の態度そのままに言った。


 「貴様のような屑野郎は斬り殺されるくらいしか能がねえんだ。せめて俺が笑えるような死に様で死に散らかせ」


  ◇◆◇◆◇◆◇


 ヨッドヴァフ首都グロウリィドーンの片隅にあるその店の違和感にユーロは気がついた。


 「妙だな」

 「やっぱユロさんもわかる?わかるよね?わかるよね!」


 給仕のタマも気がついてはいる。

 ということは冒険者を生業としているこの店の多くの客達もこの違和感に気がついているだろう。

 それは些細な違和感であり、気に留めなければ気にしなくてもいいくらいの違和感だった。

 自分の部屋に戻ったとき、いつも同じ場所にあるものが違う場所にある。

 その理由を思い出せずに、流してしまえばいいと思えれば、それまで。

 その程度の違和感である。


 「しっくりこないにゃー」


 そう零したタマの視線の先には、カウンターで黙々と食器を洗うラナが居た。

 いつもの不機嫌そうな憮然とした表情のまま皿を洗う姿はいつもとは変わらない。

 人間離れした美貌を持つにもかかわらずどこか疲れを引きずった諦観と諦めを交えた表情と、使い込まれた作務衣に身を包むその姿がその美貌を埋没させているのも変わらない。

 不幸に酔う女であれば艶もあるのだろう。

 だが、しばしば漏らす溜息はその不幸もその一部として認め、存在すら忘れているような有様である。

 空いた酒樽を抱え、地下室に下がり、新しい酒樽を抱えてくるとまた、大きく溜息をついた。


 「ふぅ……」


 その様子は普段と何一つ、変わらない。


 「何か、違うんだよ!ユロさん!」


 タマが救いを求めるようにユーロにすがりつく。

 タマとしては母のように慕うラナの様子が普段と違えば心配もする。

 ことに、他に寄る辺がなければなおさらである。

 言葉無く他者を見ることをしてきたユーロはその違和感に気がついた。

 所作、表情、全てはかわりはしない。

 だが、もっと深く、細くラナを見れば呼吸やリズムが違った。

 人の目で見てわかるものではない。

 だが、それこそタマより長くこの店に出入りしていたユーロだからこそわかった。


 「悩み事か」

 「うん、なんかね、ラナさんの様子がおかしいんだ。でも、どこも変わっていないように見えるし、その通りなんだけど……でもね!でも!やっぱどっかおかしいと思う!だってね……」


 理解したからとて伝わるわけではない。

 自分が悩んでいると勘違いしたタマにその理由を延々と述べられ、ユーロは否定せずに延々と聞くことにした。

 やがて客に呼ばれ給仕に戻るタマを見送り、ユーロは再びラナに視線を戻した。

 緩慢とした動作の裏に何かラナが思い悩む何かがあることは理解したが、悩みまでは理解できない。

 いつだって結論から言うこの男は言葉に詰まった。

 ユーロはのろのろとカウンターに座るとラナを見る。

 静かに見つめ返してきたラナの瞳の冷たさはいつもと変わらない。

 だが、その瞳の奥に何かが激しく揺れているのだけは見えた。


 「何が」

 「いえ」


 ヨッドヴァフの魔王の争乱の遠因は彼女にある。

 それすら覚悟し、動揺することのなかったラナがここまで動揺するのはユーロは久しぶりに見た気がする。

 記憶を手繰り返してみるが、思い出せない。

 それでも思い出そうとしたが、途中で挫折してしまう。


 「……それが、あなたですから」


 エールの入ったカップを運んできたラナにそう告げられ、我に返る。

 言われてみて、そうかと納得すると黙ってエールを煽った。

 ほどよく回る酒精の熱気が永らく沈んでいた体に喝を入れる。


 「あいつは」

 「シャモンなら……おそらく、アブルハイマンに」


 しばらく店には寄りつかないと言い置いたシャモンの行き先については見当がついていた。

 ユーロとしては頻繁に顔を出しては治療をしてくれた友人に礼の一つでもいいたかったのだが店には来ていない。

 ラナは店でしばらくグロウリィドーンの動向を眺めて、シャモンが完全に姿を消したことを知った。

 今のヨッドヴァフの情勢、シャモンの立場、そして彼が成さんとすることを鑑みればアブルハイマンに向かうと思ったのだ。

 ユーロは鼻を鳴らすと、じっとラナを見つめた。


 「なにか」


 ラナの方が逆に怪訝に思った。

 自覚が無いのであろう。だからこそ、尋ねる。

 それは一つの危険な状態であることには間違いは無いが、だからといって、多くの人間が集まるグロウリィドーンでそこまでの状態を要求されるかと考えれば。


 「マチュアとは会うな」


 そう告げたところ、ラナが皿を落とした。

 喧噪の中で一際大きな音が鳴り響き、皆が注目する。

 ラナが、皿を落としたのだ。

 これには言葉を発したユーロすら驚いた。


 「失礼しました……」


 そそくさと片付けをはじめるラナの姿にタマなどは給仕をすることすら忘れてしまっている。


 「え?え。あ……ユロさん!一体、何を言ったの!」


 かしましくまくしたてるタマにユーロはしばらくして告げる。


 「……油断するな」


 また、ラナが皿を落とした。

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