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第二章 『悪徳の果て、勇者の価値』13

 戦場で壊滅的な打撃を負った冒険者達は『砂漠の鷹』と一夜を共にすることになる。

 あの混沌とした戦場で僥倖にも生き残ることのできた『希望の翼』はそれぞれが渋い顔で集まり、火にくべた糧食を口にしていた。


 「ひどかったなぁ」


 どこか自嘲するようにベイが笑い、いつものように口一杯に頬張る。

 硬くなったパンに炙った干し肉を載せた粗末な糧秣を湯で溶いた黍のスープで嚥下する。

 ニリザは火炎石の爆発で負傷した頭の包帯を抑え、静かに頷いた。

 ただ、グウェンだけはそんな二人を見て静かに湯を飲んでいた。


 「結局、槍をつけたのはグウェンだけだったのか……」


 ニリザとベイは結局のところ多くの冒険者達がそうであったように混乱した戦場を右往左往していただけだった。

 もとより、人の身に余る敵を相手にしていたのである。

 ましてや冒険者として彼等を見た場合、若すぎる。

 初めての大型討伐でガルパトラインのような強大な敵を相手にするには、経験が足りなかった。


 「だけん、生き残った」


 その価値を考えねばならない。

 グウェンは静かにくゆる炎の中におぼろげながらに自分が至るべき道筋を見出していた。


 「勉強にはなったけど、とてもじゃねえが、なぁ……」

 「うん……」


 ベイはそこまで至れない。ニリザにあっては肩を抱き、静かに震えていた。

 そこまで至らなくても、生きてはゆけるのだ。

 それぞれが思案を覚えるには生き残れた価値というものは尊いのであろう。

 だが、彼等は本当に若すぎた。

 戦うということの本質を未だ知らない。


  ◇◆◇◆◇


 騎士団に一日の遅れをとって帰路につくこととなった『砂漠の鷹』は大きくヨシュ砂漠を進む進路を取ることとなった。

 コルカタス大樹林の魔物を避け、砂嵐を避けるためである。

 多くの冒険者達がその進路に従って随伴する。

 優れた経験が下した判断、そして、数という不測の事態に対応するための優秀な状況がそうさせた。

 200名ほど居た遠征隊も騎士団と別れ、討伐を終えてみれば六十人に満たない。

 そのうち三十名程が『砂漠の鷹』の傭兵達であった。

 そして、イ・ザンはそれだけあれば十分であると睨んでいた。


 「……知らないというのは、存外幸せなのだろうよ」


 どこか、懐かしさを含めてイ・ザンは笑った。


 「だろうな。かつての我々も幸せだったのだろうさ」


 リ・ゴゥは何も知らずについてくる冒険者達を振り返り、小さく笑う。


 「そろそろだ」


 遠く砂漠に伸びる小さな影を見つけた。

 それは砂漠を縦断しようとするキャラバンの影であった。

 砂塵の吹きすさぶ砂漠を行進するキャラバンをみつけ、彼等は喝采をあげた。

 イ・ザンは戦争の匂いを確かに嗅いだ。

 糞尿と屍肉の腐る匂いと、血の苦みが支配する戦場がすぐそばにあった。


 「略奪を、開始しよう」


 彼等は喝采をあげ、奔る。

 鷹獅子が空に舞い、躊躇う冒険者達を置き去りにして奔る。

 戦争の根本にある闘争。

 それが、本来、何のために行われるかを彼等は深く理解していた。

 彼等は呼吸するようにそれを行い、また、行われ、他より多く行うことで生きてきた。

 それは、奪うことである。

 だからこそ、彼等は現実をそのままに肯定し奪うことを選ぶ。


 「槍を付けぇぇ!」


 イ・ザンの怒号が響き渡り、砂漠の鷹は荒々しく応えた。

 キャラバンの僅かな護衛が集まってくるが戦争屋の彼等の敵ではない。

 矢が彼等を射貫き、噴き上がる血が砂漠を染めていく。


 「な、なんでだ!なんで砂漠の鷹がキャラバンを襲うんだよ!」


 追従する若い冒険者が声を荒げる。

 通商の確保の為に、ガルパトラインとの死闘を行った。

 だが、彼等はその目的を違え、今、キャラバンから略奪を始めていた。


 「知らねえよ。だが、こうなれば後には引けねえだろ!」

 「後に引けないってどういうことだ!?」

 「……担がれたんだよ俺達は!」


 柔軟さを持つ冒険者は略奪に加わる。

 砂漠の鷹は逆賊の汚名を冒険者に着せるツモリだったのだ。

 身元が保証されているとはいえ、冒険者もまた流浪の民。

 逆賊の汚名を被せられて死ぬか、あるいは生きる望みを繋ぐために略奪に荷担するか。

 すぐさまにその選択ができねば、死ぬ。


 「ヨッドヴァフの冒険者は優秀だな」


 リ・ゴゥは振り返り追従する冒険者を見て皮肉を言った。

 そして、彼等の略奪が始まる。


 「襲撃だっ!各員展開して応戦――」


 戦争を生業としてきた彼等は指揮官がどれほど重要かよく認識している。

 キャラバンの護衛隊の指揮官は部隊を纏める為に前に出てしまったのが仇となった。

 その僅かな機会を逃すことなく、弓兵は指揮官を的確に射貫いていた。

 獲物を手にし集まるだけ集まった護衛隊を取り囲むように砂漠の鷹は展開する。


 「こいつら、ニ・ヨルグの砂族かっ!?」


 混乱する護衛隊は頭上から戦斧を振り下ろす鷹獅子に応戦しながらなんとか状況を把握しようとする。

 だが、頭上ばかりに気を取られ真正面から来る敵に注意がいかなかった。


 「いや、ヨッドヴァフの山賊?――あぐっぁぁ…」


 冒険者の突き立てた剣が急速に体温を奪い、次に首を奪っていた。

 体勢を立て直す間もなく護衛達が次々に屠られていく。

 キャラバンの商人達は次にその刃が向くのは自分たちであると知ると逃げようとした。

 だが、鷹獅子から降りた傭兵達は腰から曲刀を抜刀するや背後から商人に斬りかかる。


 「ぎゃぁあ!」

 「い、命だけは助け――」


 這いつくばり、命乞いをする者の胸に槍をつきたて命を奪う。


 「お、お願い!乱暴はしな――はぐっ!」


 女と見れば、下卑た笑みを浮かべその欲望に任せ剥いでゆく。

 リ・ゴゥは同じように笑うと傭兵達に告げる。


 「遊んでもいいが必ず殺せ。生かしておけば口を開くからな?」


 あらかたの殺戮を終えると、そこは最早人という獣が欲望のままに闊歩する場所と成り果てた。


 「こ、ころせぇ……もう、お願いだから……ころし…て……」


 生き延びた、いや、ほんの気紛れで生かされた男が傭兵達に削がれていく。

 人の輪の中で惨めにも震えながら動かなくなった足を引きずり、痛みに悶えながらそれでも逃げようと進む。

 その哀れな男の様を見て、彼等は嗤うのだ。


 「あう……あ、……あ……」


 奪った酒を煽る傭兵達の我の中では最早悲鳴すら上げられなくなった女達の呻きが幾ばくか響いていた。

 最早抵抗することを諦め、考えることを諦め、そして陰惨な現実を見ることを諦める。

 屈辱と苦痛の果てに、彼女は命を奪われることを最早理解し、悟っていた。

 遅れて到着したグウェン達『希望の翼』はその惨状を見て目を疑った。


 「……これが、人のやることかよ」


 砂漠に突き立てられた槍に吊された人間を見て、ベイが憤る。

 その横でニリザが嘔吐をこらえて蹲るが、堪えきれずに戻してしまう。

 その様をじっと見つめていたグウェンは静かに吐き捨てた。


 「これだば……畜生でねっが」


 そう思った冒険者達は少なくはなかった。

 だが、彼等はそれでも悪徳を前に立ち向かうことができずにいた。

 戦争というものの本質を知りすぎている彼等は、だからこそ、強いのだ。

 人の本性を剥き出しにし、易きに流し、数を頼む。

 大きな旅団である砂漠の鷹と、その砂漠の鷹に迎合した冒険者が彼等に矛を向ければ容赦なく消し飛ぶからだ。

 イ・ザンはそんな彼等を見て、どこまでも冷酷に嗤った。


 「今ならば、間に合うぞ」


 ベイ達には理解できなかった。

 だが、その意味を理解できた者は良心を殺すことを選んだ。 

一人、また一人と武器を降ろし砂漠の鷹に歩み寄る者達が現れる。

 幾ばくかの良心が非道に染まるのを良しとしなかったが、自分が今ここで生き延びるためには。

 おそらく、将来の裏切りも許されなくなるのであろう。

 だが、それは命を天秤にかければどうしようもないことであると自分を納得させて。

 ――彼等はまた、自らも非道に染まってゆく。

 イ・ザンはそれでも最後まで残った冒険者達を見渡す。

 彼の腹心の部下は次に、団長が何を言い渡すのか理解している。

 残った冒険者の中にも、次にどうなるかを理解しているものも少なくはない。

 イ・ザンは告げた。


 「殺せ。一人も生かして帰すな」



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