第二章 『悪徳の果て、勇者の価値』12
惨状は目に余るものがあった。
衝撃に挽き潰された者、雷光に溶けた者、そして、炎に焼かれた者。
赤く溶けた鉄兜が未だその色を失わず、静かに鉄を垂らしている。
巨大な脅威を取り除けば、人はあるべくしてその本性のままに動き出す。
「あんた、何してんだよ!」
冒険者の一人が仲間の亡骸を前に、信じられない光景を見る。
砂漠の鷹の傭兵達が身ぐるみを剥いでいたのだ。
集団で押し囲むように傭兵達は冒険者を黙らせる。
だが、冒険者とて事実、彼等がやらなければ自分たちが遺品として亡骸に手を伸ばしていたのだ。
あちこちで繰り広げられる略奪にアーリッシュは苦い顔で呟いた。
「さすが傭兵といったところか」
隣に立つスタイアが苦笑する。
「彼等の仕事ですからね」
「……肩を持つな?目に余る惨状捨て置けんと斬りに行くかと思ったんだが」
「アっちゃんこそ、近衛騎士の立場として見るに堪えんと斬りに行かないんですか?ただ、もとより多くを死なせたのは君の采配だし、所業は彼等の業、なれば采配の段で避ければよいものを避けれぬ大義もある。いかに大義があれどそれを振りかざして糾弾する程、厚顔にもなれない。そんなモンでしょ?」
屈託無く返したスタイアにアーリッシュは鼻を鳴らした。
「君は本当に嫌な奴だ」
「戦場が人を嫌な人にしちゃうんですよ」
スタイアは大きく息を吐いて死体の腕を切り、鎧を剥ぐ戦場を眺めていた。
「屍肉も啄めば糊口に糊する糧。晒せば畜獣の糧。なれば人が口にしても構いはしまい」
スタイアはどこか懐かしむようにそう呟くとゆるゆると背を向けた。
「命の代価にしちゃ、金はいささか安すぎる。取れるだけ取って、何が悪い……ですか」
思い出した言葉はいささか泥臭く、呟いてみて顔を歪める。
「……帰りましょうや。ニヴァリスタへ向けて兵が動けば、オーロードが不穏な動きを見せます。騎士団にはやることが一杯で当分、失職しないで済みそうです」
「いつまでも失職は無いだろうさ。形が変わるだけだ」
アーリッシュは鼻を鳴らし、ハゲタカのように死体に群がる連中を一瞥すると犬の首を巡らした。
確かにスタイアの言う通りであった。
一刻も早くヨッドヴァフに戻り近隣国家の状況を把握し打つべき手を打たねばならない。
アルヴィーテであれば手抜かりは無いはずなのだが、だからといって長く不在にしていい理由とはならない。
「遠征隊はこれより帰路につく。遠征団とはここで別れ強行する。各自、遅れるなッ!」
アーリッシュの号令に騎士団達は傭兵達を尻目に手早く撤収の準備を整える。
その様子を遠くから眺めていたイ・ザンは静かにほくそ笑んだ。
「……ここまでは予定通りか」
リ・ゴゥが頷く。
「若いな。戦争の調略を知らないと見える。本当の調略というのはどう転がっても自分の思うように動く状況を作ることにあるのだがな」
死体からの略奪を続ける砂漠の鷹の傭兵達を見渡し、リ・ゴゥは静かにほくそ笑んだ。
またたく間に撤収の準備を整えた騎士達を改め、アーリッシュはスタイアの元に戻る。
「スタイア、君はどうするんだい?」
いつまでも撤収の準備をしないスタイアにアーリッシュは尋ねる。
「戻れば使われるでしょう?だから、少し寄り道していきますよ」
「君を疑いはしない。だが……」
「心配しなくても大丈夫ですよ。自らのこのこと死ぬような場所に赴く程、僕も死に狂ってませんから。ここんとこ、しばらく、ラナさんを休ませてあげる機会が無かったからゆっくり遠回りして帰ろうと思ってるだけですから」
そう言ってスタイアは遠く、夜営を撤収した大きな荷物を背負うラナを見る。
「僕はてっきり、砂漠の鷹と一緒に残るものだと思ったんだが……」
「それは君たちの仕事でしょう?僕はこの国の行く末までどうにかできると思えるほど、大きな人間じゃありませんよ。自分一人、生きていくのに精一杯ですから」
「そうだな……僕はまた、君に頼るところだった」
アーリッシュはどこか寂しそうな笑みを浮かべるが、スタイアは苦笑して返すだけだった。
「誰しもが必死に生きるわけです。美徳という薔薇は人生を豊かにするが、奪った麦という悪徳が無ければ人の腹は満たされない。難儀なモンです」
スタイアは一度だけ戦場を振り返ると未だに略奪を続けている砂漠の鷹を見た。
行われるがままにしているイ・ザンと一度だけ目が合い、互いに鼻を鳴らす。
それは同じ悪徳に染まりきった者同士が持つ嫌悪だ。
だが、それでも相手の悪徳だけを一方的に糾弾するには互いに浅ましすぎる。
高い誇りを持つ者が互いに黙るように、下劣の極みを持つ者もまた、黙る。
「口に出す者ほど、小賢しいか」
イ・ザンはどこかで聞いた言葉を呟いてみて、自嘲した。
引き払う騎士団達を遠くに眺め、奪えるものを奪い尽くした砂漠の鷹が参集する。
頃合いを見計らうとイ・ザンは夜営の準備をするように伝えた。
スタイアは荷物を纏めたラナの手を取り犬の背に乗せると、背後からしっかりと抱いて手綱を握った。




