第二章 『悪徳の果て、勇者の価値』9
「完全に足並みを乱されたッ!」
出遅れる形となった騎士団と冒険者の混成の先頭に立ちシルヴィアはほぞを噛んだ。
めいめいに獲物を構える冒険者達がそれぞれのパーティ毎に散ってゆく。
小規模連携ならば得意とする冒険者であるが、大型討伐となればそれを上手く纏めなければならない。
ここまで足並みを乱されれば、指揮官不在のままであれば蹴散らされかねない。
「シルヴィア、焦らないで騎士団の歩足を下げさせなさい。冒険者なんて死ぬのが稼業だから勝手に死なせなさい。それより、鷹の下に入らないように気をつけるッ!」
シルヴィアの後ろでマチュアは冷たく細めた目で空を見上げていた。
冒険者達が散開し、ガルパトラインを囲み矢を放つ。
硬い岩盤にいくつもの矢が雨のように降り注ぎ、ガルパトラインは咆哮をあげた。
その背甲が開かれる。
「来るぞッ!散開回避ッ!」
イ・ザンの号令と共に『砂漠の鷹』の鷹獅子達は散り散りに逃げる。
ガルパトラインの開かれた背甲から二本の巨大な角が起き上がる。
青白い環石でできたその螺旋状にねじくれ曲がった角が大気中に放電しバチバチと火花を散らしていた。
尻を上げ、背を傾けたガルパトラインは口腔内にも雷を含ませ獰猛にその赤い瞳で冒険者達を睨んだ。
「雷撃だっ!」
甲高い咆哮が響き渡る。
咆哮と共に放たれた雷撃が青白い奔流となって放たれる。
背角と口腔から吐き出された雷光が大地を焼き、冒険者達を消し炭にする。
「密集防御ッ!」
薙ぎ払われた雷光を騎士達が盾を並べてやり過ごす。
表面に樹枝を塗りつけた盾は雷撃を通さない。
だが、その熱は盾を溶かし幾人かの騎士が雷光に焼かれたがそれでも犠牲は最小限と言えただろう。
上空に巻き上がった砂塵が鷹獅子達の視界を塞ぎ、高度が落ちる。
大地に足をつけていれば揺れたことに気がつけただろうが、その傭兵は鷹獅子を操るのに精一杯であった。
砂塵を割って現れた角の林がガルパトラインの顎だと理解した時には遅かった。
「うわ、あぁぁああ――」
断末魔の悲鳴すら一緒に飲み込まれ、その喉に押しつぶされて息絶えた。
牙によって断たれた鷹獅子の巨大な翼が鮮血を伴って砂漠に突き刺さる。
跳躍したガルパトラインの尾撃が鷹獅子を叩き、傭兵を砂漠に落とすと、冒険者を腹の下で押しつぶした。
イ・ザンは暴れ回る巨獣に対し、混乱する地上の様相を認め、凄惨な笑みを浮かべた。
「よし、やれ」
「御意……戦争屋のやり方を思い知らせましょう」
リ・ゴゥは同じように笑うと、手を振って合図を送った。
四騎の鷹獅子が離れ、それぞれ二騎ずつの対となり全軍を囲むように旋回する。
「退路を断てッ!――魔獣のな?」
イ・ザンがそう告げると鷹獅子が火炎石を投下した。
一定間隔で投下された火炎石は砂漠の上に火柱を上げ、そこに追従した鷹獅子が油壺を落として回る。
砂漠の砂に燃えながら染みこんだ油が激しく炎を上げて円を描いた。
「退路を断ったようだな――我々の」
部隊へと戻り、アーリッシュは燃え上がりうねる炎を見上げた。
マチュアは小さく鼻を鳴らしアーリッシュを睨み付けた。
「指揮官が部隊を放って単騎駆けなんて気が狂ってるとしかいいようがないわ」
「君らならやれるだろう?勇者と呼ばれるなら、それくらいはしてくれねば僕が困る」
悪びれる風もなくアーリッシュは笑い、犬の手綱を引く。
盾を構えた騎士達の陣形が乱されてるのを知ると、遠く第七騎士団と合流するダッツに吠える。
「ダッツ!」
「ああッ!」
二人は視線を交錯させるだけで互いに何をしようとするかを理解する。
槍を一斉に構えた第七騎士団がガルパトラインの周囲を取り囲む。
決して突きかかるわけではなく、暴れ回るガルパトラインの周囲で注意を引きつける。
密集して盾を構えるアーリッシュ率いる盾騎士達の咆哮へと導いた。
ガルパトラインは凶暴な双眸を輝かせると飛び上がり、盾騎士達の上へと跳躍する。
――いくら、強固な盾を構えたとはいえ超重量のガルパトラインにのしかかられれば一がその重みに耐えられない。
「散開槍撃ッ!今だッ!」
飛び上がり、陽光を遮るガルパトラインの巨体を見上げ、アーリッシュは凶暴に笑った。
盾騎士が一斉に感覚を広げ、その中心に隠した巨大な槍を見せる。
巨大な槍の根本が爆発し跳ね上がり、その穂先をガルパトラインの胸元へ向けられる。
槍身のあちこちで爆発が起こり、槍はもの凄い勢いで撃ち出された。
――槍が巨獣の胸を突き、ガルパトラインはその巨体を押し返され背中から炎の中に倒れた。
噴き上がった青白い血を頭から浴び、会心の一撃にアーリッシュは凄惨に笑う。
「今だッ!突貫んんんんッッ!」