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第二章 『悪徳の果て、勇者の価値』 4

 ヨッドヴァフ王国首都グロウリィドーン西区。

 繁華街の集まるこの地区に一際大きな酒場があった。

 賑やかな繁華街からの交通が豊富なこの酒場はリバティベルと違い、多くの種々雑多な冒険者が集まる。

 だが、その日は遠征を明日に控え、旅団ともいえる規模の傭兵達、冒険者達が貸し切っていた。

 『砂漠の鷹』だ。

 『砂漠の鷹』は大きな傭兵団である。

 傭兵と冒険者の違いはこの国ではあまり、大差なく感じられる。

 だが、傭兵と冒険者には大きく、そして、決定的に違う点が存在した。


 「獣狩り、か」

 「なに、後の楽しみだ。深く入る必要がある。中に入ってしまば火付け、略奪、何でもありだ」


 彼等は徹底した戦争屋なのだ。

 人が人の尊厳を蹂躙する戦場において彼等は金でもって勝つ方へと流れる。

 勝たねば、意味が無い。

 徹底して道徳を排斥すればそこには人間の持つ獣性しか無くなる。

 戦争とはそういうもので、彼等はそれを生業としていた。


 「今回は勇者様も参戦して頂くから俺らは後ろから刺されない程度に傍観してようや」


 ニ・ヨルグから遠く離れたヨッドヴァフへの遠征。

 目的こそ知らされていないが、徹底した戦争屋である彼等がやることは一つである。

 憶測が憶測を呼ぶ雰囲気の中、だが、しかし確実に行うだろうという

 そんな彼等を黙って睥睨しながら、『砂漠の鷹』の団長であるイ・ザンは気だるげな眼で近くに来た団員を手招きした。

 どこか威圧的な壮年の傭兵には経験に裏打ちされた度量があった。

 何を、どこまでできるのか、そして、どこからが危険なのか。

 数多の戦場をくぐり抜けてきたその男からは確実に死線に携わる者特有の鋭く、けだるげな空気が滲んでいた。


 「参画するパーティの中で、頃合いのものを見計らっておけ」


 イ・ザンはぼそりと呟くようにそう告げると、その団員は静かに頷き冷めた瞳でキャラバンの中に紛れ込んで行った。

 長年、彼と非道な戦場を共にしてきた戦友が隣で呟く。


 「これは利敵行為だぞ。イ・ザン」

 「愛国心は無い。金に国境はあるが、価値に国境は無い。宗教、価値観の違いはあれど感情にも国境が無いことをこの年になってはじめて知ったよ。リ・ゴゥ」


 イ・ザンはどこまでもつまらなさそうに呟いた。

 『砂漠の鷹』の参謀を預かるリ・ゴゥは得心したように頷き、エールを煽る。

 魔獣ガルパトライン討伐遠征に参加するパーティに対し、『砂漠の鷹』が酒を振る舞っていた。

 景気のいい雇い主に冒険者達は明日からの恐怖を打ち消すためか一際大きな喧噪で騒いでいた。

 イ・ザンには彼等の腹の中が手に取るように理解できた。

 これだけの軍勢で挑めば、おそらく魔獣ガルパトラインの討伐は叶うだろう。

 だが、それでも、必ず、だ。

 必ず必死の抵抗をする魔獣の餌食で命を落とす者が出る。

 誰しもが、その牙先に立たずに済む方法を命がけで考えている。

 それを従わせる為の方法というのも、無論、彼等にはあった。

 集団というのは流砂の流れのようなものだと、イ・ザンは覚えていた。

 一粒の砂が落ちるように流れれば、後から後からと続く。

 よしんば続かなくても、背後から押してやればよい。


 「思えば、我々も流砂の一粒なのやもしれんな」


 はじめて、人間らしく自嘲した。

 イ・ザンはエールを煽るとどこか獰猛な笑みを浮かべた。


 「ニ・ヨルグには戻れん。あの国は最早、戦をしない。なれば、戦のある国に赴くのが我々の生業だ。幸い、この国には争いが燻っている」


 リ・ゴゥはどこか諦めたように呟いた。


 「……矢面に立てば命を落とすのだぞ」

 「そうしなければ軍団にだけ勝ち《価値》を持っていかれるだけさ」


 そう呟いてイ・ザンはどこか疲れた身体をひきずり歩き出した。


   ◇◆◇◆◇


 冒険者の集まるリバティベル。

 そこでは珍しく店主が戦装束に身を包んでいた。

 珍しくギャレソンに身を包み、現れたスタイアにラナが甲冑をつけてゆく。

 帷子の上にブレスト、バックプレートを纏い、鱗というには大きく、板と呼ぶには狭い鉄板を繋ぎ、鉄板で留めた袖の下にガントレットを伸ばしている。

 袖と同じように伸ばされた腰巻きの下からグリーヴを履き、そのグリーヴの下には帷子の下履きがされていた。


 「……はぁ、なんでこうなるんだろ」


 ふて腐れた様子でタマがスタイアの姿を見ていた。

 スタイアはどこか難しい顔で苦笑して、ラナに任せるまま具足を身につける。


 「一生懸命頑張りましたもんねえ」

 「そうだよ!一生懸命頑張って選考に残ったのにスタさんとラナさんが遠征に行くなら私が残るしかないんだよ!私の命懸けのあの冒険の日々はなんだったんだー!」

 「シャモさんもどこか行ってるし、ユーロはまだ療養中。マリナさんも今回の遠征で自分の方の店が傭兵さん達の相手で忙しいようですからね」

 「納得いかないいかないいかないいかにゃぁあ~!」


 ダダをこねるタマの頭をガントレットの硬い鋼指で撫でるとスタイアは苦笑した。


 「僕だって嫌ですよ。でも、ダッツ騎士団長以下の出動となれば仕方がありません。なに、タマちゃんの分まで頑張ってきますよ。お土産でも買ってきますから」

 「……絶対だよ?」


 恨めしそうに見上げるタマの額をスタイアは指で弾いて、渋い溜息をついた。

 自分がいつも使っている長剣を腰に下げると、騎士団から支給されている外套を羽織った。

 普通の騎士と比べると、どこか不自然な格好にタマは訝しむ。


 「なんか、プレートメイルとラメラー、スケイルとチェインメイルを足したような格好だね」

 「冒険者や傭兵の具足はこんなものですよ?まあ、僕ほど滅茶苦茶やる人はあんましいないですけどね?」

 「なんでそんな形なの?」

 「抗堪性が必要とされる甲や胴にはラメラーアーマーやプレートアーマーを、動き易さが重視される小具足はスケイルアーマーやチェインメイルを用いて、様々な形態の甲冑の長所を取り入れたんです。動きやすくて守ってもくれる。でもま、ピックやメイスの打撃まではどうしても防げないんですけどね。あと、魔獣の爪なんかも」


 スタイアはそう言って銀翼のヘルムを被り、面頬をつけた。

 先日に礼装姿のスタイアを見たが、それよりかは傷だらけの甲冑を纏ったスタイアの方が凛々しく見える。

 曲がった背中や、だらしなく落ちた肩ばかりはどうしようもない。

 だが、傷だらけの甲冑に身を包み、擦り切れた外套を羽織ったスタイアは歴戦の兵のように見える。

 事実そうなのだが、普段、そういった側面を見せることのない店主がいよいよもって出ることになれば店に集まる冒険者もやにわに活気づく。

 その中には具足を慣れた手つきで付けてゆくグウェンの姿もあった。


 「いよいよ、大詰めだ。ニリス、やれるな?」

 「ベイこそ一人で出過ぎたりしないでね?危ないんだから」


 本来ならばそこにタマが混ざるはずだった『希望の翼』は三人での参加になる。


 「グウェン、いつまで準備してるの。あんたなんか前に出る間も無く終わっちゃうんだから、さっさと荷物纏めてきなさいよ」


 やることのなくなったタマは見ていられずグウェンの具足を付けてやろうとする。

 グウェンはそんなタマの手を払いのけると自分で丁寧に、しっかりと具足をつけてゆく。

 タマがよくよく見ればそれはスタイアの具足と同じ構成である。


 「いっちょまえに格好だけ真似しちゃって」

 「店主は強い。だっけん、生き残るだら真似ばする。違うか?」


 鋭く吐き捨てられたグウェンの言葉にタマは溜息で返した。

 グウェンは長剣を背負うと短剣を腰に差し、そうして思い出したように革袋から指輪を手にする。

 子供がつけるには少々、環が大きい。

 グウェンは迷った末に、革袋から細い鉄鎖の紐にその指輪を通し首に掛けた。


 「へぇ、なかなか珍しいですね」


 目ざとく見つけたスタイアが尋ねる。


 「魔導具す。死ぬか生きるかになったん、使うもば使わねばねっけ」


 まるで隠すように仕舞い込むグウェンの気持ちはよく理解できた。

 子供だからと、巻き上げる連中は沢山いる。

 ましてやそれが価値のあるものであればなおさらである。

 それよりスタイアが気になったことは別のことだ。


 「魔導具、ね」


 スタイアは確かめるようにそう呟くと自らももう一振りの長剣を腰に差した。

 まるでスタイアの準備ができるのを待っていたようにドアベルが鳴り、その男は店にやってきた。


 「よぅ、今度はしっかりお前の分の糧秣も抱えてきてやったぜ?」


 第七騎士団団長ダッツ・ストレイルである。


 「だけど、向こうでも甘菓子の一つはこさえてくれるんだろう?」


 そして、近衛騎士のアーリッシュ・カーマイン。

 重い鎧をがちゃがちゃと鳴らしどこか楽しげな笑みを浮かべる勇者達に、スタイアも苦笑して応えた。


 「ヨッドヴァフの勇者二人が揃うと、なんだか壮観ですね」


 勇者という言葉に反応してグウェンが振り返る。

 その鋭い眼に映った勇者はいずれも彼の知る戦場を潜り抜けてきた勇士である。

 ヨッドヴァフの生ける伝説を目の当たりにした冒険者達は否応が無く緊張する。


 「……バルツホルドの三騎士の間違いだろう?スタさん」

 「そう言い張るには僕は楽をしすぎてますからね」


 申し訳なさそうに並んだスタイアを中心に冒険者達が続く。

 魔獣ガルパトライン討伐遠征が始まった。


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