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第二章 『悪徳の果て、勇者の価値』3

 アルヴィッテ・レラハムはアーリッシュ邸の雑務の指示を終えると小さく溜息をついた。

 ヨッドメントに宛がわれた私室は半ば彼女の執務室と化しているが、同時に彼女たちの溜まり場にもなっている。

 マチュアとシルヴィアだ。


 「結構、この戦いがシビアでね~。七回目ぶち殺す頃になるといい加減私も疲れてきてさー?ちょっとしたお茶目な秘密兵器を使っちゃったわけさ。それがねー、どーんとニザの城の外壁ぶち抜くどころか村まで届いちゃってさー、戻ってみたら大惨事だったわけさ。なんとかその場は誤魔化したんだけど、もちょっと長居してたらバレて逆に毒盛られるところだったわ」


 延々と武勇伝を語るマチュアにシルヴィアはじっと聞き入っている。


 「ヴィッテー、喉渇いたー。お茶ー」

 「勇者は遠慮というものを知らないようですね」

 「当たり前じゃん?でないと人の家のタンスを開けてこっそり薬草の類を盗んだりしないわよ。こっちは生きるか死ぬかの戦いしてるんだから遠慮したら負け負け。あ、そだ。タンスで思い出したんだけど、私昔、タンスごとかっぱらったこともあんのよ?」


 冒険者の中でもとりわけ、彼女のような猛者はパーティを組まない。

 組むこともあるのだろうけど、それは一時的なものだったりする。

 それは彼女が強すぎるが故に、そして、求める敵が強大であるが故に孤立するのだ。

 そうなればこうして、話を聞いてくれる者が居る場合、色々と喋りたくなるのが人間というものだとヴィッテは理解していた。


 「ねえ、ヴィッテ?次、どんな話したらいーい?」


 アルヴィーテは黒湯を煎れる手を休めることなくマチュアに告げた。


 「勝ち戦は勇猛で甘美ですが、強者は負け戦から多くを学びます。それならば多くの為になるものと思われますが」


 それは当てこすりのツモリで言ったものだった。

 気がつかないシルヴィアは確かにそのとおりだと得心するとマチュアに尋ねた。


 「……そうですね。マチュアほどの勇者になれば負け戦もあったはずですね。是非、聞いてみたいです」


 そこでマチュアが得意げな顔をしたからアルヴィーテは怪訝に思う。


 「あるある。わんさとあるわよ?そうねえ、シルにしてもヴィッテにしても聞いておいて損は無いと思うわよ?女勇者マチュアの敗戦事後処理テクニック。どんどんぱふぱふ」


 それなりの場を経験してきているヴィッテにはどうしてこの勇者がそんなにも楽しげに負け戦を語れるのか不思議でたまらなかった。

 シルヴィアが尋ねる。


 「一番最初に負けたと思ったのはどんな戦ですか?」

 「そんなの覚えちゃいないわよ。勝てない敵に逃げたことは何度もあったし。でも、本当にどうしょうもなくこれで終わったかなーって思ったのは鉄鎖解放戦線だったわね。アレは正直キツかったわー。一年間は流石に戦場から離れたモン」


 思い出したのだろうか眉を潜めるマチュア。

 その先が気になりシルヴィアが尋ねる。


 「鉄鎖解放戦線にも参加していたのですか?」

 「王室側としてね?奴隷達の略奪も目に余るものがあったし、私の恩人を守る大義もあったからねー。それに、まだその頃は傭兵だったから勝てる側につくのが当たり前だったもん。まあ、最後は奴隷側が勝っちゃったんだけど。そういえばもう十年にもなるのよね。あの戦争」


 マチュアはつい一月前のことを語るように軽く語る。


 「最初は王室側が優勢だったのよ。何処行っても勝ち戦。逃げる奴隷に対して掃討戦の連続。楽な商売だったわー。でもねえ、私も話しにだけは聞いてたのよ。鉄鎖解放戦線の英雄……つか化け物?鬼神リョウンと千人斬りのアスレイ」


 シルヴィアには聞き覚えの無い名前だった。

 当時のシルヴィアはまだ幼く、ヨッドヴァフの傍まで奴隷の軍団が来ていたが国王がそれを退けたというイメージしかない。

 無論、その後に奴隷が解放され、正しくは負けたのだと理解したが生活が変わった訳では無かったので気にも止めていなかった。

 そして、シルヴィアはその当時、行儀見習いとして教会に修道女として出されていたのである。

 そのような話を積極的にすることは教義上、良くはなかった。

 だが、その先、もっと教義上よろしくない話をマチュアがしだした。


 「いつもの掃討戦前の遊撃だなーと思ったらいつまでも味方が来ないんだもの。やばいと思ったけど後の祭り。ばったばったと騎士達をぶった斬りながらその千人斬りのアスレイがやって来るんだもん。こりゃダメだと思って逃げようと思ったけど、その頃私が居た女性傭兵団はみんな捕まって一ヶ月間拷問よ?一ヶ月もズッコンバッコンやられると流石に私ももうだめかと思ったわー」


 歯に衣着せぬ物言いにシルヴィアもヴィッテも開いた口が塞がらなかった。


 「さすが千人斬りのアスレイ。あっちの方もきっと千人斬りよ。一ヶ月間もねちっこくやられれば私も流石に生ける屍になったわー。思えば、あれが私の初体験。流石にハードだったわー」


 良い思い出を語るように感慨深く頷くマチュアの神経が信じられなかった。


 「そういう手痛い経験を経て私が真っ先に得た魔導具が避妊の魔導具よ。いい?二人とも手に入れる機会があったら絶対手にいれなさい。マジでこれ使えるから」


 唖然とする二人にマチュアはさらに畳みかける。


 「人間相手の負け戦の極意その1!負けてもせいぜいヤられるくらいよ。そこで上手に泣けば男どもは決して殺すまでしないから隙を見て逃げるなり、殺すなりすれば命を取られない限りなんとでもなる!そういう意味では一番きつかったのは魔物との異種混合かなぁ……あれは流石に正気を失いそうになったわ」


 想像だけで最早シルヴィアは何も考えられなくなっていた。

 もともとフィダーイーで訓練していたヴィッテにはその心得はあったが未だ実践に移したことはない。

 ソファの上にあぐらをかくマチュアは興味深そうに身を乗り出して二人に尋ねる。


 「ねね?ところでみんな初体験ってどんな感じ?甘くすうぃーてぃ?」


 アルヴィーテはあほらしくて、そしてシルヴィアに至っては羞恥で顔を逸らす。


 「へっへっへ~♪お姉さんが聞いてあげちゃうぞ~ヴィッテ~」


 アルヴィーテ面倒くさそうにマチュアに対峙すると溜息をつく。


 「夜伽については暗殺の技術として履修しております。また、侍従としても求められれば勤めなければなりませんので」

 「じゃあ、あの童貞勇者の童貞食べちゃったの?」

 「アーリッシュ卿はそのようなことを求められませんので」

 「……おかしいんじゃないかなあの男。絶対不能かホモよ。友達友達うるさいし。今度、穴勇者って呼んでみよっと♪」


 そのおかしい男が精一杯苛立ちを抑えた笑みで彼女たちの部屋の入り口で立っていた。

 流石にマチュアもその笑みに苦笑いで返す。


 「えーと……アーリッシュ卿についてはご機嫌うるわしゅう……」

 「穴勇者か。さすがにそれは僕も耐えかねるよはっはっは♪ぶった斬るぞ?」

 「うわっ!マジで怒ってる!童貞のくせにマジで怒ってる!」

 「徳の無い人間なんて獣と一緒だよ?いつまでもはしたない話をしていないで、少しは仕事をして貰いたいものなんだがね?」


 苛立ちを隠さずにマチュアの額を小突くアーリッシュがどこか別人に見える。

 ヴィッテは自分が仕える主が意外に沸点の低い人間であることを認識する。


 「さて、君達に仕事だ。魔獣ガルパトラインの討伐指令が出ている。冒険者ギルドでは『砂漠の鷹』傭兵団を中心とした大がかりな討伐隊を編成しているがこれに王室も一枚噛むこととなった。喰われて来い、と言いたいところだけど目的は別にある」


 指令書をひらひらと見せつけ、アーリッシュはヴィッテに目配せする。


 「この『砂漠の鷹』最近でこそヨッドヴァフにその活動の拠点を置きますが、元来は南のニ・ヨルグに本拠を置く傭兵団になります。今回はこの傭兵団に随行することでその目的を探り、ヨッドヴァフに害があるようであれば指揮官以下をすみやかに抹殺することがその目的となります」


 そこまで聞いてマチュアはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


 「人間の首を斬ればいいのか」

 「だが、ガルパトラインも捨て置く訳にはいかない。傭兵の気質は君が一番理解しているだろう?真っ先に立たされるのは僕たち王国騎士団だ」

 「なら、その魔獣もぶった斬っていいのね?」

 「それが、君に求められる仕事だ」


 マチュアは獰猛な笑みでにやりと笑うとアーリッシュを見上げる。

 二人の硬質な視線が絡み合い、空気が熱を帯びていく。

 形のいい唇を歪めて吐き出したマチュアの言葉にはゆるやかな棘があった。


 「でも、そんな必要無いんじゃない?」

 「もちろん。君が斬らないなら、僕が斬るさ」


 ヨッドヴァフの魔王を打ち倒した勇者はどこか獰猛に笑った。


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