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第二章 『悪徳の果て、勇者の価値』2

 冬の気配が近づくとやにわに活気が溢れるのが冒険者の集まる店。

 寒い冬にわざわざ外に出向く仕事をしたくないからか、大きな仕事をしようと集まり、活気づく。

 また、冬に向けて大型の魔物が人里近くまで現れて餌を食べ込むからか、大型の討伐依頼もまた、多くなる。

 キャラバンのような大がかりな遠征も少なくはなく、そうなれば冒険者の集まる店はやにわに活気づく。

 それは、リバティベルにおいても同じであった。

 厨房でせっせとフライパンを並べるラナの傍らで見事な包丁さばきでスタイアが肉を卸してゆく。

 できあがった順にマリナが料理を運び、勘定を済ませてゆく。

 看板娘のタマの姿が、今日は見えなかった。


 「タマちゃんが居ないだけで、こんなに忙しくなるものなのですね。アカデミアでお勉強ですか?」


 慌ただしい宵の口の時間帯、手伝いにきたマリナはようやく一心地つけるようになると額に浮かんだ汗を拭った。


 「いえいえ、冒険者としてフィールドワークに出てますよ。予定ではもうぞろ帰ってくるころなんですがね」


 卸した肉に手早く塩を振りかけていくスタイアの横でラナが皿を並べていく。

 リバティベルのステーキは何より量が尋常じゃなく、腹一杯美味しいモノの代名詞である肉を食べる、ということで冒険者に取っては文字通り垂涎の名物である。

 もうもうと立ちこめる焼き上がった肉の放つ匂いに、ラナが作った特製のバターソースをかけると、熱された肉の上で濃いミルクの匂いが弾ける。

 塊となって叩きつけるような濃厚な肉の匂いにマリナは思わず喉を鳴らす。


 「たっだいま~!帰りましたにゃー!」


 けたたましくドアベルが鳴り響き、テンションの高い看板娘が御帰還される。

 その後ろからはがやがやとパーティが続き、みんな疲れ切った顔でテーブルにつく。


 「わぁ~!今日はステーキだっ!」


 タマは厨房に顔を出すと満面の笑みで並んでいる肉を見渡す。

 スタイアがいたずらめいた笑みを浮かべてラナを横目で見る。


 「冒険者ギルドに帰還したって報せがあったのを聞きましてね。ラナさんが」


 ラナは不機嫌そうな瞳でスタイアを睨むが、その胸元にタマが飛び込んだ。


 「あーりーがーとー!お腹ペッコペコだよ!ラナさん大好きっ!」


 砂と埃で汚れきった顔をエプロンに埋め、ぐりぐりと頭をこすりつけてくるタマに立った険もどこへやら。

 ラナは大きく溜息をつくと柔らかい笑みを浮かべタマの頭を撫でる。


 「……皆さんと一緒に食べなさい」

 「うん!」


 慣れた手つきで手、腕、肩そして頭の上にひょひょいと皿を載せてタマはくるくると人混みの中をかき分けて配って回る。。

 その手際のよさにマリナが目を大きくして溜息をついた。


 「ふぅ、これじゃあ私の方が足手まといねぇ」

 「ううん!そんなことないよ!これ、お土産」


 タマはマリナに満面の笑みを向けるとポシェットの中から綺麗な貝殻のイヤリングを差し出した。

 綺麗に細工され、朽ちないように加工の施されたそれはぱっと見わからないが高価に扱われるものだ。


 「ありがとう。でもいいの?」

 「うん!メリーメイヴに細工の仕方も教えてもらったから!」

 「本当に、凄いわねえ。ありがとう、ありがたく使わせて貰うわ?」


 マリナはさっそくその場でイヤリングをつける。

 華美に装飾を施すより、ほんの僅かで、そして、それが手の込めたものであるからこそしなやかで強い美しさを描く。

 タマはやはり、マリナに渡して良かったと改めて関心した。


 「タマちゃんは物覚えがいいから、何でも器用にこなすわねえ」

 「えへへ♪」


 褒められて悪い気はしなかった。

 タマはぴょこんと高いカウンターの席に座ると自分も肉を食べようとする。

 そうして思い出したかのように店の中を見渡す。

 誰かを探している素振りにマリナも、そしてラナも怪訝に思う。

 タマ達の一団に遅れて一人の少年が店に入ってきた。

 ラナはその少年に見覚えがあった。

 昨日、タマ達と一緒に遠征にでかけたパーティの一人だ。


 「グウェン!おそーい!」


 タマよりほんの僅かに年下だろう。

 ラナはその少年にどこか懐かしさのようなものを思い出す。

 少年は大人の使う長剣を背負い、ずるずると引きずりながら難しい顔で入ってきた。

 相当、疲れているのだろう。

 この年の子供が冒険者のパーティに加わるとしたらまず荷役だ。

 だが、この子供の着ているサイズの小さな鎧やグリーブにはしっかりと戦った後がみられる。

 苛立ちを交えた表情は地なのだろうか。

 ぐっと眉間に皺を寄せた顔はどこか、怒っているようにも見える。

 いや、体よく大人達や先輩達から雑務を押しつけられ言われるがままにこなしたのだろう。

 それでいて、前衛の仕事も子供ながらにこなす。

 一人前と認めて貰えず、だけど、仕事は人並み以上に。

 要するに、人付き合いが下手な部類の人間なのだ。

 だが、それは子供であるが故に仕方の無いことなのだろう。


 「グウェンは本当に要領悪いんだから。片付けくらいちゃっちゃとやっちゃいなさいよ。ホラ、早くこっち来て。また、ふらふらしてると自分の皿もってかれちゃうよ?」


 グウェンと呼ばれた少年は黙って肩で息をしながらカウンターの席に登るように座った。

 タマは自分の皿を出そうとするが、グウェンは無愛想にそれを押しのけた。

 そうして擦り切れた革袋から幾ばくかの銅貨を出してラナを見上げた。


 「……はい」


 ラナは少年に頭を下げると奥でスタイアが焼き上げたばかりのステーキを取りにゆく。


 「あたしの奢りなのに」


 横で頬を膨らませるタマにはこの少年の持つ気むずかしさがわからないのだろう。

 だが、その気持ちはスタイアなら、あるいは目の前で見たラナだからこそ理解できる。


 「借りは作らね」


 どこか訛りのある、それでいて素っ気なくぶっきらぼうな物言いは多くの人の癇を撫でるだろう。

 だが、それはこの年齢の少年が冒険者として生きなければならないという背景を考えれば容易に想像できることでもある。

 ナイフとフォークを持とうとしたグウェンの腕が震えている。

 目の端でそれを見とがめたラナは包丁で肉を切り捌いてから出すことにした。

 出された肉を前に、グウェンはしばらく押し黙り、ラナを見上げることもなく呟く。


 「かたじけねす」


 その物言いがどこかスタイアに似ていてラナは静かに頭を下げた。

 怪訝な面持ちで見つめるタマは肉にがっつきはじめるグウェンに大きな溜息をついた。

 おそらく、このどこまでも誠実で、不器用な少年が心配でたまらないのだろう。

 タマはその隣で自分の皿にフォークを伸ばして肉を頬張ると、たちまち満面の笑みになる。


 「ん~♪おいひぃ…」


 口の中に広がる暴力的な肉の甘さが疲れた身体にとてつもなく心地よい。

 くらくらと頭が肉汁の甘さで朦朧とする。

 ラナはそんなタマの様子を見て、僅かに微笑んだ。


 「……今度のは?」

 「うん。私が最近、一緒にパーティを組んでる『希望の翼』。年行った人達と臨時で組むといいように使われちゃうからね。でも、今回は特別。臨時のパーティにみんなで混ざって討伐に行ってきたの。『砂漠の鷹』がもうすぐ大型討伐に出るって話があるから、それまでに名を上げておかないと選考から漏れちゃうから」


 隣で聞いていたマリナには何のことかわからなかった。

 その様子を見ていたスタイアがようやく厨房から姿を現し苦笑した。


 「冒険者ギルドはある一定の依頼達成数でもって、人気が高かったり、条件の良い危険な仕事を割り振る制度があるんですよ。『砂漠の鷹』は名の通った傭兵団です。それが今度、大型討伐をするとなれば大きな獲物。他にも討伐協力を要請するでしょうから、その選考に漏れないように実績を積んどく必要があるってことですよ」

 「ほぶほぅ!ぶぁかや、こんどばばむばっふぁ!」

 「……食べてから、喋りなさい」


 ラナに諫められ、タマは口の中の肉を嚥下するとにんまりと微笑んだ。


 「えっへへー♪なんとか選考に残れるように頑張ってきた♪」


 隣でグウェンが睨み付けるようにタマを見上げたが、タマは得意げな顔をして嫌らしく笑う。


 「袖の下も上手に使えないと一人前とは言えないにゃ~?」

 「そだども、いぐねえことはいぐねえ」

 「……なら、一人で頑張ればいいじゃない」


 タマはわざと素っ気ないフリをしたが、グウェンは思い直したように息を吐くと告げた。


 「だら、わしは抜ける」


 グウェンはそう告げると食事も途中のまま、タマの横から去ろうとした。

 これに慌てたのはタマだった。


 「ちょ、グウェン!ごめん、ごめんって!そんな意味で言ったんじゃ……いや、意味のまんまだけど、本当にごめん!」


 他人を手玉に取ることに長けたタマがあそこまで真摯に人に謝るのはラナからしてみれば、見ることのできない光景だった。

 タマに引っ張られグウェンはようやく戻ってくると渋々カウンターに着いた。

 それ以来、一言も喋らずグウェンは食事を手早く済ませると大きな溜息をついてラナに静かに頭を下げた。

 そんな様子を見ていた仲間の一人がタマに意地悪な笑みを浮かべた。


 「さすがに気紛れタマにも扱いかねるって感じだね?」


 どこか生意気そうな少女だ。タマより幾分年上に見える。一七くらいだろうか。

 だが、年相応の利発さと活発さを持った少女は冒険者特有のスレた感じはしない。


 「ニリサ。わかっててグウェンをからかわないで」

 「だってさ、グウェン?タマに迷惑ばかりかけるんじゃないよ?」


 ニリサと呼ばれた少女は気の強そうな瞳を笑みで細めてグウェンの頭を撫で回した。

 そうして軽やかに去っていく少女の後に続くように、少年が続いた。


「まあ、そう、気にすんな!実力がねえのはしょうがねえから!」


 屈託なく笑う彼はおそらく、『希望の翼』のリーダーなのだろう。

 それなりの経験に裏打ちされながら、真っ直ぐと自分の意思を貫き通す意思と何者にもその真っ直ぐさが伝わる明るさがある。


 「ベイ。グウェンはこれで繊細なの!」

 「タマっちもあんまし世話ばっかり焼いてんじゃねえよ?いくら好きだからってそんなしつけーと男って辟易するもんなんだぞ!」

 「だ、誰がっ!」


 顔を真っ赤にして怒るタマをからかってそそくさと立ち去る少年――ベイを見送り、グウェンは静かに溜息をついた。

 そんな様子を見たタマは困った顔でグウェンを見るが、やがて諦めたように隣でぶつくさと文句を言い始める。


 「……本当に、面倒くさい奴」


 そうは言っても心配でたまらないのだろう。

 グウェンという少年にはそう思わせるだけの危うさがあった。

 その正体は、スタイアという人間をずっと見てきたラナだからこそ理解できる。

 やがて、その当人のスタイアが現れるとグウェンの前にミルクを置いた。

 睨み上げるグウェンにスタイアがいたずらめいた笑みを浮かべる。


 「……あしが、子供だからですか」

 「そうです。ミルクは骨を作る。どれだけ肉を付けたところで、それを支える骨が出来上がらなければ力にはならない。だから、子供にはミルクを出す」


 グウェンは黙って、ミルクの入ったカップを飲み干した。

 空になったカップを下げるとスタイアは手を伸ばしグウェンの長剣を背から抜いた。


 「ふむ。言われた通り、振っているようですね」

 「重さで兜は割れる。だから、縦に振り降ろす」

 「身長が足りないでしょう?」


 グウェンがぼつりと呟いた言葉にタマが眉を潜める。


 「スタさん……ひょっとして」

 「ええ、グウェンには剣を教えてます」

 「えー!」


 タマが素っ頓狂な声を上げる。


 「私があれだけ教えてって言っても教えてくれなかったじゃん!なんでグウェンにだけ教えるのー!」

 「タマちゃんは賢いからね。それだけ賢いなら何でもできる。その点、グウェンには何も無いからね」

 「ずるい!」


 憎らしげにグウェンを睨み付けるタマだが、グウェンは不機嫌に鼻を鳴らすだけだった。

 だが、一人で再び俯くとどこか思い詰めたような瞳でスタイアを見上げる。


 「……どうすればいい?」

 「縦に振りなさい。そうすれば横にも、上にも振れる」


 スタイアがそう応えるが、タマには理解できなかった。

 グウェンは一人得心したように頷くが、それがかえってタマには腹立たしかった。


 「ねえ!スタさん!今のどういう意味?どういうことなの?」

 「結局、縦に振るのも上に振るのも同じってことですよ」

 「でもそれじゃあ、剣の重さっていう利点が無くなるんじゃないの?だから、縦に振るんでしょ?今の話」


 そうでは、無いのだ。

 それは剣を持って、振ったことのある者にしかわからない。

 そして、振り続けた者にしか理解できない。

 縦に振る、ということは切っ先を持ち上げ、重さを利用して振り下ろすということ。

 ならば、上に斬り上げるということは切っ先を下げ、振り上げるということ。

 剣自体は必ず、重さで下がるということ。

 振り下ろした勢いのまま横に振り抜ければ、そして、切っ先を下げた勢いで振り上げれば。

 とどのつまり、縦に振るうことを覚えればどこにでも振るえる。

 剣を突き込むのにしても、その理合は生きる。

 スタイアが教えているのはそういうことなのだ。

 加えてしまえば、それを理合で覚えれば、扱えた気になれてしまうこと。

 そして、それが戦場の恐怖の前に立てば消し飛んでしまうこと。

 身体に染みつかせる程、振るうしかないこと。

 数多くのことを語るには言葉は少ない。

 それを言葉で捕らえようとするタマには危なっかしくて教えられない。

 ラナはその点、このグウェンがかつてのスタイアを思い出させるくらい鈍く、誠実に見えた。

 アマガッツォの剣理は多くを語らない。

 それは剣を振るという実践、そして戦場で得られる全ての経験を通して身につくものである。

 余計な言葉は剣を惑わせる。

 自らが生き、相手を殺す。

 それに終始するのがアマガッツォの剣理だ。


 「あしには剣の才能も無いと言われた」

 「だけど、そうするしか、ないでしょうに」


 どこか自嘲気味に笑うスタイアにグウェンは黙って頷いた。

 タマには自分だけが独占していたスタイアの関心を奪われた気がして気が気でなかった。


 「へ~、ふ~ん、そ~なんだ。ふ~ん」


 その態度が面白くマリナは思わず吹き出してしまう。

 だが、タマはそんなことに気がつかず目一杯の皮肉を言った。


 「頑張ってね小さな勇者グウェン。いつか、ニザをやっつけれるといいね」


 それは単なる嫉妬心からの皮肉だった。

 だが、それは確実にこのグウェンという少年の闇を抉った。

 それはぞくりとするような声だった。

 ラナはそれがこの少年の持つ危うさだと理解した。

 スタイアを除く他の誰の胸を切りつけるような鋭さを持ってグウェンは告げた。

 この少年の何が、そこまで駆り立てるのかを知っているのはスタイアだけだった。


 「ニザは全部殺す。わしが必ず、殺す」


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