第一章 『雄鳥の産む卵』15
ヨッドヴァフ王国首都グロウリィドーン。
冬を目前に控えたこの街の片隅にあるその店には冒険者が集まる。
「よう。商売してんじゃねえか」
夕方のほどよく宵の近づいた頃に、仕事を終えたダッツが店を尋ねた。
カウンターで帳面を捲り、注文を受けるスタイアは笑顔で出迎えた。
「たまにゃあ、真面目にもなりますとも」
「……石工頭のグルジアス・ヴェドレイが誰かに殺されたんだと」
「そりゃあご愁傷様。ドゥモルト伯といい物騒な事件が多いですね」
「そのドゥモルト伯の一人娘メリグレッタ・ドゥモルトの保護を買ってでた貴族の話があるんだが、聞きたくはねえか?」
ダッツはどこか面白そうに笑う。
スタイアは怪訝に眉を潜める。
「また権力争いのゴタゴタですか?」
「……アーリッシュの野郎が囲ったんだよ」
「へえ」
これにはスタイアが驚いた。
ダッツはエールを頼み、一気に飲み干すと滑りの良くなった口でしゃべり出す。
「礼儀作法見習いとして館に置き、後見人を買って出た。女王陛下の許可も得たらしい。今期の補修を差配している執政官からしてみれば遣りづらいだろうさ。アーリッシュの奴は今後のことも十全に見越してやがる」
スタイアはどこか嫌な顔をした。
「この街を要塞にでもするんでしょうかね」
「必要もあるだろうよ。今の状態であればな」
スタイアはどこか大きな溜息をつくと仕事を投げ出し、自分もエールを煽った。
「勇者ダッツに聞いてもいいですか?」
「あんだよ」
「……勇者マチュアとやり合って勝てる自信はあります?」
ダッツはいきなり尋ねられた質問に怪訝に眉を潜め、そして苦笑した。
「勝つさ。勝たなきゃ自分が死ぬ。それが兵の道理だろうに」
どこまでも当たり前の摂理を持ち出す共にスタイアは苦笑して応えた。
ダッツはしばらくスタイアを凝視していたが、スタイアはその視線を避けて小さく溜息をつくだけだった。
それだけで察したダッツはもう一杯、エールを煽ると勘定を置いた。
「食べていかないんですか?」
「おめーの皿から取らないと面白くねえんだ。今日は自分で作って喰う」
「寂しい人ですね全く」
互いにつまらない冗談を交わし、申し訳なさ程度の笑みを交わすとダッツは店を出て行った。
それと入れ違いに入ってきたシャモンがどこか気だるげな目でダッツを見上げた。
ダッツは目を伏せ、小さく礼をするとその横を通り過ぎる。
その意味がわからず首を傾げるシャモンは構わずにカウンターに座るとスタイアにエールを頼む。
運ばれてきたエールを一気に飲み干し、繰り返し頼み、程よく酔い始めたころにシャモンは口を開く。
「兄弟。厄介な手合いに目をつけられたモンだぬ。ありゃあちと手に余るぞ?」
「警告でしょうよ。僕らのような暴力は国を作る上では邪魔ですからね。その暴力は本来、国が振るわなければならないんですから」
エールを傾け、大分酔いの回ったシャモンにスタイアはグラスを磨きながら応えていた。
「勇者マチュアの魔導具……か。人間兵器庫みたいな女だな」
「女の手で勇者をやるくらいです。僕ら男と違って足りない分をどうにでもしてこなければならなかった彼女は……強いんでしょうねえ」
どこか疲れた溜息をついてスタイアはグラスを棚に戻した。
「それより、ユーロは?」
スタイアの問いにシャモンは頷く。
「体内の内気が暴走していたからな。整調したからもうしばらくすれば普通に顔を出すだろうよ」
シャモンはそう告げて手にした金貨を一枚、指で弾いた。
くるくると回った金貨は遙か背後、給仕して回るこの店の看板娘の後頭部に跳ぶ。
「あ痛っ」
弾いた金貨はタマの頭に当たり腰のポシェットに滑り込む。
タマは頭をさすり、ポシェットを覗くとシャモンを睨み付ける。
「シャモさん!足りてない!」
「持ち合わせこれっきゃねえんだよ。まだしばらくツケとけや」
「かいしょーなしっ!」
胸を反らし溜息をつくタマはぶつくさと文句を言いながら給仕に戻った。
シャモンはそんなタマをちらりと一瞥すると尋ねる。
「本当にいいのか?」
「本人が決めたことです……生き方だけは選べずとも死に方は選べる」
どこか諦めたような溜息をつきスタイアは応えた。
シャモンはそんなスタイアに溜息で返すと店の奥のラナを見た。
いつもと変わらぬ様子で厨房で腕を振るうラナに変わりはないように見える。
だが、いつもと変わらない表情の奥にある確かな焦燥を知りシャモンは席を立った。
「……スタイア。しばらくコウコはお前から離れるぜ?」
「それがいい」
スタイアはどこか諦めたようにそう応えた。
「コウコの民を巻き込めば必ず、要らない犠牲が出る。そうなれば兄者の立場も危ういですからね」
「それが目論見なんだろうさ。だが、忘れるな。俺達は兄弟だ」
「ええ」
シャモンは屈託なく笑うスタイアに屈託の無い笑みで返す。
「しかしまあ、お前さんも随分甘いよなぁ」
「シャモさん程じゃあないですよ。何ですかあの猿芝居。相手が小娘だから良かったものの、もうちょっと見れる人だったらバレてますよ」
「よく言うぜ。お前だって下手くそな演技しやがって。そのくせいちびるところはとことんいちびるからお前って嫌な野郎だよ」
互いに苦笑してみせる。
「……さっき、ダツさんが来てあの娘がアーリッシュ卿の庇護の元に入ったことを伝えに来てくれました」
「そりゃあ良かった。お前さんがわざわざあんな小細工までして金の卵を仕込んだ甲斐があったってもんだぬ」
「冗談はよして下さいよ。あれシャモさんでしょ?タイミングといい手際といい憎たらしいったらありゃしませんよ」
二人は苦笑しあって、そして、怪訝な顔をする。
一瞬の沈黙の後、互いの顔を見て驚く。
「……おい、てめえじゃないのかスタイア」
「なんで僕がそんな面倒なことを。シャモさんじゃなかったら誰なんです?」
二人はラナを振り返るがラナは珍しく驚いたような顔で首を左右に振る。
無論、ユーロでは無く残ったタマの方を見るがタマにそんなことができる器量があるとは思えない。
案の定、タマは二人の驚いている様子に何があったのかと首を傾げているだけだ。
スタイアは懐から金の卵を出し、カウンターに置く。
二人は顔を寄せ合い渋い表情でその卵に映る自分の顔をしげしげと眺めた。
「……なぁ、おい」
「ええ……」
次の瞬間、二人は声を上げて大笑いし腹を抱えて転げ回った。
雄鳥の産んだ卵はカウンターの上で、変わらぬ輝きを放っていた。