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第一章 『雄鳥の産む卵』11

 陽が深く沈めば、すぐそこまで来た冬の寒さが夜のグロウリィドーンを静かに包む。

 冷え切った空気は重く、そして、硬く。

 硬い星の光の中を頼りに人々は道を征く。

 誰しもが眠る夜、その夜に静かに目を開いている者が居た。

 グルジアス・ヴェドレイは鉄の牙の報告を受け、静かに憤っていた。


 「女一人さらえぬとは、不様なものだ。貴様達は物貰いではあるまい。ならばくれてやった金の分、働け」


 ジャナムは雇い主の痛罵に背を丸くして耐えた。

 失敗したことはこれが始めてではない。

 まだ手酷い叱責を受けたこともある。

 だが、それもこれも、生き延びる為であった。


 「ですが、コウコの連中に……」

 「物貰いの集団であろう。何ができる。国を持ち、兵を養い、力となるのは金だ。物貰いは金を持たん。今日明日を喰うことだけを考える羊どもを怯える羊飼いなどおらん!」


 グルジアスはジャナムをそう叱責すると忌々しげに溜息をついた。

 ジャナムとて全てを知っている訳ではない。

 だが、しかし、グルジアスは知らなさすぎた。

 それは住む世界が違うからであり、また、全てを知るには途方もない労力が必要であるからだ。

 それでも、だ。

 ジャナムは静かに迫る脅威を感じていた。

 グルジアスとて、その様子を見逃す程の愚かな男ではない。

 ジャナムの様子を見て念には念を、と思っただけである。


 「手の者を警備につかせろ。ここでしくじれば次に貴様達の行く場所はない。山賊に身をやつし騎士団に討たれる末路が嫌ならば、与えた金の分以上の働きを見せろ」

 「……はい」


 山賊、か。

 それも悪くは無いとジャナムは思った。

 だが、それは杞憂に終わることとなる。

 ――静かに、だが、不気味に鐘がヨッドヴァフの空に鳴り響いた。


   ◇◆◇◆◇


 鳴り響く鐘の音が冷え切った空を震わせる。

 鉄の牙の傭兵達はしくじった仲間の埋め合わせに招集され、悪態をつく中でその鐘の音を聞いた。

 街壁の外、郊外の離れた更地に立てられたグルジアスの館はそれでも立派なものだった。

 ぐるりと周囲を囲んだ鉄柵の中に作られた庭園には植木や彫像が丁寧に並べられている。

 庭園の中心には小さな広場が作られており、彼等はそこで談笑をしていた。


 「物貰い達に驚いて逃げたなんざ話にならんよ」

 「コウコったってどれほどのモンだかね」


 襲撃に携わった者は手痛い痛罵に苦々しく顔を歪める。


 「幽霊だよ。あれが噂の褐色の幽霊って奴だ。リギィドの前にふらりと現れたかと思うと次には奴の首を折っていたんだ」

 「くそ、やっぱり王都にはまだ化け物がいやがる。ヨッドヴァフの魔王の手下が復讐しようと企んでるんだ」


 真面目な顔でそう言った仲間を嘲け笑う声が響いた。


 「話盛ってんじゃねえよ?褐色の幽霊?そんなヨタ、フィダーイーの悪魔より信じられるか」

 「鐘の鳴る夜に人を殺すってか?会ってみたいモンだ」

 「……そういや、今日はやけに鐘がうるせえ夜だよ」

 「騎士が大がかりな捕り物やってんだろ?よくある話じゃねえか」

 「それより、配置につこうぜ?またドヤされんのも嫌だろう」


 その言葉を皮切りに、ある者は憤慨し、また、ある者は嘲笑をしながらそれぞれの持ち場へと散っていった。


 「褐色の幽霊ねえ。本当に居るのかね」


 彼は仲間の見苦しい言い訳にニヤニヤしながら持ち場に戻る。

 館の外の路地を巡回するのが彼の役目であった。

 冬の迫ったヨッドヴァフの夜は寒い。

 適当に切り上げて暖を取ろう。

 仲間だとはいえ、他の連中の失態に長々と付き合う程頭の悪いことはしない。

 だが、金を貰っている分、適当にやらなければならないのも仕事だ。

 彼は郊外の何も無い路をぶらぶらと歩く。

 明かりもなく、冬の気配を孕んだ冷たい風が吹く何も無い丘を静かにそれは歩いていた。


 「……?」


 暗い闇の中、禍々しいまでの光で輝く白刃を携えたローブの男。

 鐘が不気味に鳴り響く中、歩くそれは先程の話の中に出た褐色の幽霊に似ていた。

 まさか、とは思う。

 だが、もしも、ということの方が多い。

 彼は手にした槍を構え、そのローブの男の方へ向かおうとする。

 だが、その途中、何かにぶつかり思わず足をもつれさせる。


 「焦ってどちらへ行きますか?」


 男は視線の先に小さな少女を見つけた。

 少女は腕から籠をぶら下げ、籠の中には沢山の花が詰まっていた。

 あのくらいの年の子供がこのような時間に花売りをするのは珍しいことではない。

 娼婦に花の一つでも買ってゆけば喜ばれる。

 だが、何故、繁華街から離れたこの場所で花を売るのだろうか?


 「お花を売ります」


 少女――タマは無邪気な顔で男に頭を下げた。

 男は何が不審なのかを考える。


 「綺麗な綺麗なお花を一つ♪届けませんかあの人へ♪るーららー♪」


 タマは楽しげに歌を口ずさみ男の傍を回る。

 その無邪気な瞳にどこか暗い光があるのを男は見た。

 だが、どこかぐらつく頭が最早意識を保ってくれない。


 「だけどもいないあの人は♪はるか遠くニンブルドアン♪ならば追って行きましょう♪るーるららー♪」


 タマは歌を口ずさみながら、男の前に花を差し出した。


 「……花を売ります。お代は命で」


 少女の手の中、花が口を開き、男の頭を飲み込んだ。

 血を吸った花は大きく茎を伸ばし男の身体を干からびさせるとその身体からいくつもの花を咲かせた。

 それがやがて輝く種子を飛ばすとタマはその種子を手に納めた。


 「命の代価はお命で。確かに頂戴いたしました」


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