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第一章 『雄鳥の産む卵』8

 ジャナム・グロフは数名の配下を従えて郊外の野原で打ち合わせをしていた。

 鉄の牙はもっぱら辺境の村の自警団を買って出て金を貰うことを生業としていた。

 だが、奴隷解放により職にあぶれた奴隷が山賊に身をやつし、その数が増えることでその殲滅や実態の調査などを行ううちに、村を数年かけて守り、太らせてから纏めて売ることが効率的であることを知った。

 そうしているうちにもっと効率的なやり方を教えてくれる組織に出会うことになる。

 ヴァフレジアンである。

 成り上がり奴隷達の商業組織はモラルも何も無く、最も効率的に儲けることに長けていた。

 稼ぐという一点において、偽りの無いその組織は暴力を必要としていた。

 鉄の牙は彼等の持つ数ある暴力の一つであった。

 その鉄の牙の中においても、序列こそ下ではあるがジャナム・グロフは上手に暴力を行える者でもあった。


 「迅速さが大事だ。攫ったらすぐに所定のルートで散れ」


 経験の浅い手下達はどれもが一様に嫌らしい笑みを浮かべジャナムを見つめていた。

 その笑みの意味を知るジャナムはそれが暴力を纏めるのに必要なことであるのを重々に承知していた。


 「心配するな。殺せと言われている。なら、十分に楽しんでから売り払ってもいい訳だからな。アジトに運んだら何も考えられなくなるまでじっくり犯せ。徹底的にだ。下手に口が聞けるようだったらどこで生かしていたことがバレるかわからないからな」


 相手がどこの誰かは知らない。

 だが、上玉の少女だというのは知らされていた。

 それだけでジャナムは相手が貴族に縁のある者だと理解した。

 ならば、禍根が残らぬように殺すのが上策。

 しかし、それで貰えるのは仕事の報酬である幾ばくかの依頼料のみで、それで満足できるのはその依頼を行った者達だけである。

 実際に手を汚す彼等が誠実に仕事を行う為には、どこまでも不誠実に彼等の望む物を与える必要があるのだ。

 経験が浅い手下達にはどこまでが危ういかの機微がわからないから貪欲に求める。

 ジャナムが優秀なのはその機微にどこまでも聡いからである。

 だからこそ、自らの望む物を与えてくれるジャナムに誰もが従うのだ。

 彼等は一斉に散るとアルマリアの家を取り囲む。

 手で配置についた事を隣に知らせると、順次、それが回り一巡する。

 ジャナムはそれを待ってから、家の様子を伺い5人の手下と突入した。


  ◇◆◇◆◇


 アルマリアはどこまでも平然であろうとするメリグレッタが不憫でならなかった。

 また、メリグレッタも病を伏せて平然であろうとするアルマリアに不憫さを感じていた。


 「アルマリア、私はここを出て行きます」


 メリグレッタはそう言って膝の上に抱いた雄鳥の背中を撫でた。


 「お嬢様、私に不備があれば……」

 「いえ、違います」


 メリグレッタはそう言って首を左右に振った。


 「あなた一人であれば、おそらく冬を越せるのでしょう。ですが、私のような者を抱えていてはそれもままならない。いつまでも人に頼る訳にはいきません」


 それがメリグレッタの出した答えであった。

 アルマリアはその答えに驚く。


 「ですが……お嬢様はどうされるので?」

 「あなたは私に多くの物を与えてくれました。ですが、私はそれを何一つお返しできずに居る。このうえ静かな余生までもを奪ってしまえば私は貴族であった誇りすら失います」


 そう言って静かに微笑むメリグレッタにアルマリアは泣き出した。


 「何故、泣くのですアルマリア」

 「これが泣かずにおられますか!私は……私めはお嬢様の育て方を間違えました!」


 メリグレッタは泣き出し、そう答えたアルマリアに驚く。


 「優しくあれ、そして、気高くあれと私は教えました!ですが、ですが!それだけでは生きていけない世の厳しさを私はあなたに教えませんでした!こんなことであれば、もっと……もっと……誰に誹られようと負けないように悪くなるように育てるべきでした!」

 「アルマリア、あなたは間違ってなどいない」

 「いいえお嬢様!今、お嬢様が苦況にあられるのは全てこのアルマリアのせいでございます!どうか、私めなどに情けをかけないで下さいまし!あなたが受ける苦痛の全てはこのアルマリアの惰弱が産んだことにございます!どうか、どうかこの老婆の余生などお気になさらずに強く、したたかに生きて下さい!」


 泣きながら訴えるアルマリアにメリグレッタは優しく微笑む。


 「私は覚えております。あなたは捨てられた子猫を拾ってきた私をかばい、今は亡き父上と母上から叱責を受けた。私の代わりに子猫を捨てに行ったあなたは、私に教えた。子猫を救おうとする優しさは誰にも責められるものではない。今だからこそ、わかります。あの子猫は一人で生きていく術を覚えなければならなかった。生きる糧を得る為に、鼠を殺し、食べる術を得なければならない。ですから、私はここを出てゆくのです」


 メリグレッタは毅然としてそう告げる。

 それは、かくあるべき姿なのだろう。

 だが、それが叶わないことを齢を重ねたアルマリアは深く、知っていた。

 ただ生きることに誠実であれば何故に自分は多くの家への遍歴を重ねたのであろう。

 誠実さが生きるのは選ぶことができてからで、それまでにこの気高き優しさは散るであろう。


 「お願いでございます!だからこそ、一番最初にお嬢様が得る鼠は私であって下さい。私は不実な女にございます。この齢になるまでに一人の子も成せずにおります。後生でございます。だから、どうか、お嬢様を……娘として愛させて下さい」

 「あなたの子はこのヨッドヴァフに多く居る。誰もがあなたの愛を受けて育ちました。誰もがあなたに愛を返さぬのであれば、私がその分も返します」


 そう告げたメリグレッタにアルマリアは最早、泣くことすらできなかった。


 「私は幸せです。私には母親が二人おります。ねえ?アルマリア」


 メリグレッタが崩れ落ちそうになるアルマリアの手を取った。


 「ああ……神よ……私は一生の最後に、あなたの愛を見ました」


 アルマリアは愛に震え、そして、家を取り囲む不吉な影に気がつく。

 雄鳥が甲高く鳴いた。

 その声で、アルマリアは確信した。


 「……アルマリア?」


 メリグレッタは突如としてアルマリアが緊張を帯びたので気が触れたのかと思った。

 だが、そうではない。

 アルマリアは急ぎ足で落とし戸を閉じ、戸に番いを嵌めた。


 「一体何があったのです?」

 「お嬢様、こちらへ」


 長い年月の間、アルマリアは数度、このような経験をしたことがある。

 曲がりなりにも貴族の子息を預かるのだ。

 ――陰謀に遭わずに終われる方が、珍しい。

 だからこそ、このような場合の心得についても身体が動いた。

 アルマリアはメリグレッタの衣服を引き剥がすと自分の衣服を着せる。


 「アルマリア!一体何をっ!」

 「大きな声を立ててはなりません」


 アルマリアは床板を外し、メリグレッタを押し込む。


 「よいですか?何があってもここを動いてはなりません。そして、私の悲鳴を聞いたのであれば、静かに、ゆっくりと十を数えるのです。そして、街に向かい、この呪文を唱えるのです。コウコ、コウコ、私を助けてコウコと」


 どこまでも真摯なアルマリアにメリグレッタはただならない状況であることを知った。


 「アルマリア?」

 「子の為ならば、この命惜しくはありません。いつか、それも理解なされるでしょう。お嬢様、それが、母というものでございます」



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