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第一章 『雄鳥の産む卵』7

 ダッツはそれとなく知らせてやる方が良いと思った。


 「早駆けのダッツが昼飯にのんびりとうちの店に来るなんて珍しいですね」

 「仕事サボって店に戻ってるお前に言われるとムカつくわ」


 昼の喧噪で賑わうリバティベルのカウンターにどっかりと腰を降ろすダッツは第七騎士団長というより、凄腕のハンターのような風格があった。

 仕事中だと言うのにエールを煽るその気っ風も騎士というより冒険者の風采に見える。

 だが、元来冒険者あがりの騎士であるダッツにはそういう振る舞いがしっくりと馴染んでいた。


 「昼飯くらいゆっくり喰ったってバチは当たらねーだろ」

 「とか言いながら僕のお昼ご飯に手を伸ばすのやめてくれます?弁当に手ぇ出されるのが嫌だから店に来てるのに」


 ダッツは隣で炒り卵とハムを載せたチキンライスを食べるスタイアの皿に手を伸ばしていた。


 「おめーが人の弁当取るなって言うからこんなところまで来たんじゃねえか」

 「弁当じゃなければいいってモンでもないんですよ!僕のお昼を摘まないで下さいって意味ですから」

 「あンだよ少しくらいいいじゃねえか。みみっちいなあ」

 「商家の坊ちゃんにはわからないかもしれないですけど、奴隷上がりは自分の皿から取られるのってすんごい嫌なんですよ!」


 スタイアは背中でかばうように皿を守ると、急いでチキンライスをがっついた。

 ハムスターのように頬を膨らませて食べるみっともないスタイアを目の端に捉え、ラナは溜息をつく。

 程なくして出された山盛りのパスタにダッツはフォークを突き立てると豪快に掬ってすすり始める。


 「まぁ、なんだ。ちっとヴァフレジアンの動きがおかしいみたいだから知らせに来てやったんだよ」

 「なんでまた。僕なんかに知らせてどうするんですか」

 「俺ぁアーリィみたいなまだるっこしい真似はできねえから、勝手にくっ喋るだけだから適当に聞いてろよ」


 スタイアはふむと頷くと、自分の飯が来ているのにもかかわらずフォークを伸ばしてくるダッツの手を牽制した。


 「鉄の牙って傭兵団が居るんだが、傭兵とは名ばかりのごろつきの集まりだ。ごろつきってのは因縁つけて金を巻き上げるのが商売なんだが金物を持たせりゃ人の命を奪うようになる」

 「物騒な世の中ですねえ」

 「それが、ゴルトアン伯爵の一人娘を狙ってんだとさ」


 スタイアは眉を潜める。


 「……まさか、ドゥモルトの小娘が家を再興させるなんて思ってるんじゃないでしょうね?」

 「じゃねえの?今年は良くても、補修工事は数年かかるからな。よしんば小娘がそんな事を考えていなくても俸禄を目当てに家を再興させようと企む貴族が居ないとも限らないだろう?」

 「それが狙いなのかもしれないんですがねぇ」


 怪訝なことを言うスタイアにダッツは眉を潜める。


 「他に、真意があるのかよ?」

 「誰しもが金に価値を置いている訳じゃあないんですよ。今のヨッドヴァフの状態を考えれば、どうあるべきが最善なのかが問題かもしれませんね」


 意味のわからないことを言うスタイアにダッツはぼりぼりと頭を掻く。

 その横ではタマが他の食器を下げ、客が帰るのを見送っていた。


 「なあ、この飯タダなのか?」

 「なんで?」

 「だって、今の客、金払ってねえぞ?」


 それにはタマが反論した。


 「お金を払ってくれなくても、うちに居る酔っぱらいみたいに何かで返す人も居るんですよ。その時にお金にならなくても、後から一杯お金を産むこともある。昔の偉い人はこれを『雄鳥は卵は産まないけど、雌鳥を増やす金の卵』って言うの」


 店の隅で寝そべりながらそれを聞いていたシャモンがけらけら笑う。


 「そんなこと言いながら俺からはかっちり取るじゃねえか」

 「シャモさんはお金払わなさすぎ!どれだけツケ貯めてると思ってるの!」

 「適当に返してるじゃねえかよ。自慢じゃねえが稼ぎはいいツモリだぜい?」

 「それでも金貨2枚と銀貨34枚、銅貨5枚分の借金があるんだからね?」

 「……お前さん、帳面付けれるのかよ」

 「お金の勘定は早いんだゾ?」


 分厚い海草紙の束を突きつけるタマにシャモンは苦虫を噛みつぶした顔をする。

 スタイアはそんな彼等を苦笑するとダッツに向き直った。


 「……ね?タマちゃんは金の卵でしょう?」

 「価値は金ではなく、人か」


 スタイアは頷く。


 「……簡単な話、今の女王陛下には勝手な方向を向く人間を纏め上げるだけの器量が無いんです。だからこそ、最も金の回るところに自分の意思で動く人間を置くことが叶えば多くの意思を纏めやすい」


 ダッツはスタイアの言葉の意味を深く考える。


 「おいおい、そりゃ下手に口にしたら打ち首どころじゃねえぞ?」

 「でしょう?だから僕も騎士団じゃ素っ気ないフリしたんですよ」

 「あの姫様は器量は無いが頭の方はとことん切れる。空席を作って皆がどう動くかをじっと見てるって訳か」

 「あくまでその可能性もあるってだけですからね?くれぐれも吹聴して回らないように。ダツさんは僕と違ってもう立派な公職にある身ですから」


 スタイアに念を押されてダッツは大きく溜息をついた。


 「どうなるんだよこの国は一体」

 「しばらくはこんな状態ですよ。アっちゃんが力をつけるまでは。ただ、アっちゃんが力をつけると今度、大変になるのはダツさんなんですから注意して下さいね?」

 「あん?」


 ダッツは眉を潜める。


 「人が思ってる程、他人は好意的に自分を見てくれはしないんですよ」


 スタイアはそれだけ言うと残っていたチキンライスを掻き込むように食べる。


 「……ドゥモルトの娘さんだってもう、貴族に戻れるとは思っては居ないでしょうさ。でも本人の意思とは関係無く、彼女はドゥモルトだ。たとえ、その出自を明らかにするペンダントを二束三文で買いたたかれたとしてもね?」

 「なんの事を言ってるんだ?」

 「街壁の外の商人にかっぱがれたんですよ?家から持ち出した財産の全てを持ってかれて卵を産まない雄鳥1羽を掴まされたんです。ドゥモルト伯は元々、北のドルモレー領を預かる伯爵だったのがその手腕を買われて執政官になったんです。その時にヨッドヴァフ二世から下賜されたペンダントがあって、それを家の証としていたんですがね。それも纏めて持っていかれたモンだから彼女がドゥモルトだと立てる証が何も無いんですよ」

 「なら安心じゃねえか」

 「本人が居れば、逆に証を偽造してやればいい。両方とも無ければ両方作ってやればいいって発想になるのが酷い人達の考えなんです」

 「そう簡単にゃ作れねえだろ」

 「この街の補修工事をするよりかは簡単でしょうさ。伯爵……いえ、新しい男爵になるには絶好の機会でしょうしね」


 ちなみに貴族の爵位の順列は伯爵、公爵、侯爵の順でこれらは地方領主に与えられる爵位である。

 執政官のような国の運営に関わる貴族は男爵、子爵を賜るのが通例なのだが、ヨッドヴァフには手腕を買われて領主から執政官へとなった者が少なくはなく、それらが歴代爵位を継いでいることが多かった。

 無論、ドゥモルト伯もその一人であった。


 「いや、俺が知りたいのはなんでお前がそんなこと知ってんだって話だよ」

 「今はまだガキですけど、2、3年も経てば美人になりますよ!だから今のうちにチェックしてるだけです」


 スタイアは適当にはぐらかし、タマに絡まれるシャモンに視線を向けたがダッツは冷ややかにスタイアに告げた。


 「さっき言ってた言葉を返すようだが、俺もお前を好意的に見てる訳じゃねえんだよ。部下の素行がまずけりゃ責任負わされんの俺なんだから自重しろっつってんだ」

 「後悔先に立たず、そして、ちんちん後に立たず」

 「死ね」



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