第二章 #6『希望の槌』
城門をくぐったあたりで、リオが思い出したように声を上げた。
「……あ、そうだ。クラトに渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
首を傾げる。
「ふっふっふー♪」
リオはにへらと笑い、ちょっとだけいたずらっぽく目を細める。
「きっとクラト、びっくりするよ!」
リオはまた、手首を掴んで足取り軽く歩き出した。
――また秘密かよ。
と、思ったが、浮き足立つ後ろ姿を見て、その心配も消えた。
ぐんぐんと引っ張る小さな手は、未来へと連れていくようだった。
*
向かった先は、王城の整備場。
昼間だというのに、無骨なランプがぼんやりと灯っている。
油と金属の入り混じった匂いが鼻をついた。
天井からは無数の工具が吊るされている。
足の踏み場もないほど、部品の詰まった箱が積み上げられている。
ここだけは、外界から隔絶された技術者の聖域だ。
リオは足早に作業台へ向かい、クラトを手で制す。
「ちょっと待っててね」
そう言うなり、保管ロッカーをごそごそと探り始めた。
背中からは、隠しきれない期待と高揚感がにじみ出ている。
クラトは落ち着かない様子で、違和感の残る右腕をさする。
(また変なもん作って、俺に実験させるんじゃねぇだろうな……)
そして、リオは勢いよく布をバッとめくった。
その下から現れたのは、黒鉄色と深紅を基調にした防具の一式。
重厚でありながらも、どこか洗練されたデザインが目を引く。
隣には、異様な存在感を放つハンマーが据えられていた。
その場の空気が、一瞬にして凝縮されたように感じられる。
「はいっ! 新装備! 英雄仕様だよ!」
リオは胸を張り、机の上に置かれた防具を指差した。
瞳は、自信と達成感に輝いている。
「防具は軽量合金で強化して、防御力は前の二割増し。耐衝撃も熱耐性もバッチリ!」
細部までこだわってるのが伝わってきた。
そして、ぐっと身を乗り出して、もうひとつの装備を目の前に突き出す。
「――で、こっちが本命! 名付けて……ホープハンマー!」
リオは得意げに笑う。嬉しそうに笑っていた。
漆黒の柄に青白い光が脈打つ、重厚なハンマー。
表面には複雑な紋様が刻まれ、見る者を圧倒する。
「叩き屋クラト・ガルダ専用、希望の一撃ってわけ!」
クラトはしばらく無言でそれを見つめていた。
無骨で洗練されたその武器に込められた意図。
無数の傷、試行錯誤、そして夜を越えて積み重ねられた努力の痕。
ようやく目の前の光景が現実だと認識したとき、胸の奥から熱いものがせり上がってくる。
「……いつの間に、こんなもん……」
喉が詰まりそうになるのを、かろうじて押し殺して言葉にする。
怒るような、呆れるような、それ以上に――ただ、驚いていた。
そして、嬉しかった。
誰よりも自分のために動いてくれる、その存在が。
「へっ。あたし、ずっと準備してたんだ。あんたに見せるの、今日がいいなって思って」
リオはにんまりと笑う。
「……ん?」
眉をひそめ、ハンマーから放たれる青白い光をじっと見つめた。
その光は、記憶に焼き付いたあの日の残像を呼び起こす。
「……おい、これ……ブレスの時の光と似てるよな」
リオは得意げに頷いた。
「でしょ。実はね……その反応、“神格種”の神経伝達系に使われてるエネルギーを模してるんだよ」
リオがハンマーの柄を指でなぞる。
「おい待て、それって――」
驚きが言葉を遮る。
「うん。十三年前に確認された神格種の残骸。王城が回収しててさ。戦闘で飛び散った破片の一部が、研究棟に保管されてたの。正式に譲ってもらったわけじゃないけど、ちょっとだけ――ほんの数秒だけ、スキャンさせてもらったの」
リオは秘密を打ち明ける子供のように、囁くような声で言った。
クラトは呆れたように目を細める。
「……また勝手に潜り込んだのか、お前」
「うん。で、当然怒られた。研究員には門前払いされるし、衛兵には摘み出されるし……」
リオは苦笑いしながら肩をすくめ、小さく舌を出した。
「姫様が来てくれて『私の整備士が必要だと言っているのです。王城の設備は、空を守るためにあるのでしょう?』って、すっごい剣幕で通してくれたの」
リオの言葉に、クラトの表情が和らいだ。
「……やっぱ、あいつすげぇな」
口元が自然とゆるむ。
「うん。おかげで、導電材の破片をほんの数ミリだけど、スキャンと反応試験させてもらえたの。もちろん、今度は正式申請でね」
リオは机の上の古びたノートに目を落とす。
「測定結果がどうしても理屈に合わなくてさ。そこで昔の資料をひっくり返してたら……父さんが残したメモの中に、それっぽいヒントがあったの」
ノートをぽんと叩く。
「お前の親父の……?」
「うん。神格種じゃなかったけど、似たエネルギー伝達の研究してたみたいで。雑記ばっかだったけど、それがなきゃ解析できなかった」
リオははにかみながら、ハンマーを差し出す。
「要するに、反応を一点集中させて、硬い殻でもぶち抜ける仕組みを作ったの。威力も安定性も過去イチ」
「試してみる?」
「ここでやったら都市ごと吹っ飛ぶだろうが」
呆れたように言いながらも、クラトはハンマーをゆっくりと構えた。
漆黒の柄から放たれる青白い光が淡く脈動し、空気がわずかに震える。
その瞬間、腕から全身へ、強大すぎる力が暴走しそうな、微かな不吉さを本能的に感じ取った。
不思議と恐怖はない。
「ま、もしまた暴発したら、あたしが引きずって助けてあげる」
「……笑えねぇっつーの……」
……いつも、すぐそばにいたはずだ。
この三ヶ月、サポートするために以前よりも近くにいた。
リオ自身のやりたいことも、他にあったはず。
あの防具も、この手にあるハンマーも。
この完成度からして、昨日今日で作れるようなもんではない。
ずっと前から準備してくれていた。
言われなくたって分かる。
どれだけ、リオを頼ってきたか。
どれだけ支えてくれていたか。
――なのに。
いざ言葉にしようとすると、喉の奥が詰まる。
「……無理すんなよ。……夜も遅いんだし」
ようやく絞り出せたのは、そんな一言。
「大丈夫。仕上げのところだけだし、ちゃんと終わったら戻るから」
リオは手元に視線を落としたまま、手だけをひらひらと振ってみせた。
しばらく迷うようにその背中を見つめ――やがて、ぽつりと口を開いた。
「……ありがとな」
その一言は、整備場の静けさに吸い込まれるように響いた。
工具を動かしていたリオの手が、ぴたりと止まる。
きょとんとした目でゆっくり顔を上げ、クラトを見つめた。
「えっ……あ、う、うん! どーいたしまして!」
耳まで真っ赤にして、慌てて工具を持ち直す。
クラトはそれ以上なにも言わず、そっと背を向けて整備場をあとにする。
扉の閉まる音がやけに耳に響いた。
ハンマーの青白い光が静かに点滅している。
リオはひとり残った作業台の前で、そっと柄に触れた。




