魔人
「え、エルフって、……あの?」
「ククク。然り。
精霊と共にあると言われる伝説の一族。一部の愚かな者が友誼を結んだと嘯くせいで、胡乱な存在となっては居るが、実際に各地にて様々な影響を与えて来た、ごく少数の民族よ。なぜそうなのかは、“人型のエルフ”がほぼいないからだ、と先程確信したわい」
「……本当に、良くわかるわね。
鳥の子達もエルフだとわかっていた様だし。
見分けのコツを聞いても?」
「ククク。魂を乗せた肉体なぞ、貴殿ら以外では、ほぼ居らんのでな。森の民の話と合わせれば、推測がつくわ。
してな、ユーナよ。森の女王の加護とは、要するに精霊との契約よ。
エルフは基本的に精霊と非常に相性が良いらしくての。周りに常に複数付いているらしい。――その中で適合出来そうな精霊を紹介してくれる……と言う訳だ。
結べるなら、非常に貴重ではあるな」
そうしているうちに、洞窟の奥の扉へと辿り着く。金属製の重厚で無骨で、巨大な両開きの開戸だ。
「さて。ここを開けたら、引き返す事は認められないわ。ただ、私の存在がエルフだと言いふらさないで欲しいけど、そこはお願いしか出来ないわよね」
改めて振り返り、クリト、サナ、ユーナを順に見つめる。
サナが無言のまま、扉を強引に開く。
「…魔力では無く、膂力で強引になんて――」
エインセルが、呆然とサナの後姿を見ている。
「奥のアレは、我の獲物だ」
扉を開けたサナが毅然とエインセルに言い放った。
扉の先は、開けた草原で、大きな木が立っている。
「ククク。この山はカルデラであったか。そして、エルフの里としての中央のあの木は、やはり?」
「そう、世界樹よ。
あの木を害さずに、巣食った魔人を排除して欲しいの」
「え?まじん、って、あの?」
ユーナが戸惑いながら指差す先には世界樹の根本で座禅を組む、白髪の美男子がいた。
「えぇ。そうよ。エルフとしての規律を犯し、堕ちた存在。――それが魔人。
そして、彼の特殊結界で魔法の類は無効化される。
つまり、精霊やエルフの天敵ってわけ。そして、その彼からの唯一の交渉が、“英雄を連れてこい”」
「ククク。それで英雄を探していた訳だな」
「えぇ。そうよ。彼の目的はよくわからないのだけど……。
ただ、この平和な時代での英雄では、彼に近づく事さえ出来なかった。もう、この里は限界に近いの。恐らく、貴方達が無理なら、この里はあの魔人ごと廃棄されると思います」
「ククク。なるほどな。まずは結界の中和か。暫し待たれよ」
クリトが結界に触れると、そこから波紋が広がる。
「ふむ。ちと、厄介な。
トーマ殿御助力願えぬか?」
すると、ユーナの腕から焔が吹き上がり、纏まり小さな球になったかと思うと、ふわりと広がり馬の形にまとまった。
〈結界は、そこまで詳しくは無いのですが、この構築式は見覚えが……、そう、鏡の聖女の結界と似ていますね。〉
「ククク、やはり異界の構築とな。と、なると――」
クリトとトーマは結界への干渉構築式を議論し始めた。そしてユーナは、足元に釘付けである。
正確には、ユーナの足元に来て見上げているリスをジーッと見ている。
ユーナは怖がらせない様に、ゆっくりとしゃがみながら、ポケットから、クッキーを出す。
リスは首を傾げながら、近づいて来たクッキーを凝視している。
ユーナはそれをリスの目の前にゆっくりと置き、手を離してリスを見つめる。
警戒しながら、クッキーにリスが触った瞬間、ガインと言う鈍い金属音が轟いた。
それにビクっとしてしまったユーナにビックリしたリスはクッキーを放って逃げてしまった。そして、草むら中から、再びユーナを伺っている。
軽くため息をついたユーナが音の発信源、もとい、刀を納刀しつつあるサナをみる。
サナは、かつて無いほど顔を顰め、再び居合の構えに入る。
凪の様に深く集中したサナは、一拍後、強く踏み込み、強烈な斬撃を放つ。だが、再び鈍い金属音と共に、その刀の軌道は半ばで留められた。そして、その直後よりまるで舞うかの様な連撃が始まる。刀が弾かれる衝撃の紫電も段々と激しく、また、間隔も狭まる。舞うかの様な連撃は、やがて激しい乱撃となり、――そして唐突に止まる。
サナは突きの形で止まっていた。腰ダメもしっかりと入り、まるで手本の様な突きの最も力が乗るであろう姿勢で止まっていた。
サナはゆっくりと刀を引き、それを上段に構えた。ユーナの位置からは、サナの顔は見えない。
「あ゛あ゛ーっ!!」
絶叫と共に、刀を地面に叩きつけ巨大なクレーターを作ったサナは、肩で息をしている。
ユーナがおずおずと近づくと、まるで避けるかの様に背を向けて、洞窟の出口へと独り歩き出した。
避けられた様に感じたユーナは、サナに声をかけられなかった。
その後、遂にサナは帰って来なかった。
一週間ほど、トーマとクリトは試行錯誤を行い、複数の魔石と貴重な触媒も用いた構築陣を作っていた。その準備をユーナも手伝っていると、クリトは不意に顔を上げ、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「ククク。いい面構えになったではないか」
視線の先を追ったユーナの目に飛び込んできたのは、ボロボロのサナだった。
――――
時はサナが飛び出すまで遡る。
あの後サナは、……崖から落ちていた。
苛立ちを隠せず、不要に踏み込んだ先に地面は無く、声も出さずに落ちていった。もちろん、無表情で。
滑落して汚れた体を払い、上を見上げる。
……ここを登るのは難しそうだ。少し、遠回りするしかないだろう。
そんなサナを追う視線にまだ気がついていなかった。
――――
サナは、腰裏の魔道具から、携帯食を出す。既に丸一日以上、上に戻れそうなところを探している。
実際には、聖域化の結界があるため、単純には登れない。しかしそれを看破出来るチセは今は居ない。
「ごめんね。
このタイミングじゃないと、斬りかかってくるじゃん?」
不意に幼い声が聞こえてきた。思わず、携帯食を取り落とし、構えをとる。
それは、雷光を纏う鷹だった。
翼を広げ、会釈のように片翼を曲げる。
「名乗ろう。
僕はガルーダ。
街では、龍帝とも言われてるみたい。
うん、ここまではちゃんとなぞれているかな。
――頼まれたからね。
じゃ、始めようか」
唐突に増すプレッシャー。
……これは、覚えがある。
この圧倒的な格の違い、いや、存在次元の違いは、
「そう。僕はウロボロス……今は八岐大蛇だっけ。――彼は、成長と停滞を司るムネモシュネの使徒だったよね。
その彼と同種の存在。
僕は雷と予兆を司るエルピス様の使徒だよ」
……動けない。
隙だらけに見えて、届くイメージをまるで描けない。
「そう。その通り。
今の君じゃ届かない。
だってそうだろう?」
言葉に反応し、がむしゃらに打ち込む。――が、振り下ろした先には何もおらず、背後から声が続く。
「ほらね。
君は君をわかっていない」
後ろ蹴りを読まれ、取り出した暗器も、放った先には既にいなかった。
「思い出しな。
君はバルムンクの片割れ。
斬るとか、そんなちゃちな存在じゃなかっただろ?」
ピタリとサナの動きが止まった。
「さて。
僕が見る必要があったのはここまでかな」
始まりと同様にプレッシャーが唐突に消えた。
〈……どう言う意味だ?〉
「さぁ?知らない。
見えてたから、その通りにしただけ」
その声は、無邪気に響く。
「この先は、見えてないから知らない。興味も無いかな」
そう言うと、ただの鳥かのように毛繕いを始めた。
……バルムンク。その名に覚えは無い。――しかし、我は誰、いや何だ?
「そう言えばさ、君の権能って何?」
〈……権能、とは?〉
「え?君はカオスの使徒……じゃ無いのか、今は。
そう言えば、クサナギだとかの名を受けたんだっけ?」
――――
「剣ってのは斬ってこそだ。儀礼剣なら邪を斬れよ!
何も斬らずにただ刺さっていて、遊んでんじゃねぇぞ!」
「ずっと、待っていたんだろ。
貴様は剣でありたいんだろう?!」
「貴様は”草薙の剣”だ。俺がそう呼んでやる。
力をよこせ!伝説の神剣、“草薙の剣”!」
――――
「……なるほど。それが君の選択か」
ガルーダは、寸断されていた。
無拍子。予備動作の一切を無くした、剣の極意の一端。
〈……そうだな。我はあの時、選んだ。そして、全ては持って来れなかった。――だから、焦がれていたのか〉
「それはよかった。
斬られた甲斐があったよ」
普遍の存在であるガルーダは、斬られたという事実が反映されずに元の存在であり続けた。そして、斬撃が飛んだ先は、変わらずそこに在るように見えた。
――ただ、風が止み、木々の葉も枝も、動けない。まるで流れていた”何か”が絶たれたかのように。
「けど、なんかムカつくから、これ、プレゼント」
急に殺気が満ちる。
「龍帝ガルーダの僕、翼竜達さ」
サナは既に囲まれていた。
――だが、今のサナには獲物にしか見えなかった。
断たれていた大木は、ズリ落ちた。
――――
「!サナ、大丈夫?!」
走り寄るユーナを手で制したサナは、数日前までには見せた事もない鋭い視線を魔人から外さずにユーナへと語りかけた。
「事後報告となり、済まぬな。暫し頭を冷やしておったわ。
今度こそ、断つ」
そう告げて、再び、結界のすぐ脇に立つと、居合の構えを取る。その構えを見たクリトがトーマへと話しかける。
「ククク。トーマよ、済まぬな。無駄足を踏ませたようだ」
その言葉を待たずにその瞬間には、既にサナは刀を振り抜いた姿勢になっていた。
まるで、ただの素振りだったかの様に辺りは凪いだままだが、サナの目の前には空間に白く輝く筋がある。
そこに少しヒビが入ったかと思ったら、あっという間に結界は崩壊していった。
結界の崩壊を感じ取ったのか、魔人は目を開く。そしてサナは納刀し、再び居合の構えを取ったと思ったら、その場から消えた。否、消えたかの様な速度と無拍子で魔人へと切り込む。魔人は座ったままではあるものの、いつの間にか抜刀した剣――サナの黒刀と似た設えの白刃の太刀で受けていた。
そして、互いにびくともしない鍔迫り合いの後、サナが一度引き、距離をとる。そして正眼に構えたサナに対して、魔人は八相に構えた。しかし、その表情は真逆である。攻防一体で最も基本的な構えのサナは激情を隠そうともせず。攻撃的な構えの魔人は、凪いだ様な、先日までのサナの様な整った無表情をしている。
じりじりと摺足で互いに間合いを詰め、同時に、――いや、刹那だけ魔人が早く斬り込む。それをサナは脇へと受け流しきれず、足元が陥没する。剣筋を強引に切り上げ、逆袈裟を仕掛けるも今度はサナが一拍早く、今度は魔人が受けに回るが、難なく捌かれる。
魔人からの音速の唐竹割りをサナは避けた。が、なぜか斬られている。次は受け止め、刃はサナに届いていない。にも関わらず、やはりまた斬られている。致命傷ではない。今はまだ。
素早く、カウンターを狙うかの様な丁寧なサナの剣と一撃必殺かの様な魔人の豪快な太刀筋。数合の打ち合いを見ていたクリトは、楽しげに嗤った。
「ククク。サナよ、思ったよりやりおるわ。
だが、それでは届かぬぞ?」
上段からの切り下げを受けて、一瞬の膠着となったサナは、下から魔人を睨みつけると、口からフッと何か、恐らく含み針を吹き出した。
反射的に顔を逸らした魔人は、一度距離を取ろうとするもその瞬間に足を払われ決定的な隙を晒す。そこに逆手に構えた刀で切り上げるも魔人はギリギリだが、なんとか太刀で受ける。しかし、サナは更に自らの太刀を蹴り上げる事で威力を倍加させ、魔人を洞窟へと続く扉の近くまで吹き飛ばした。更に左手に顕在させた苦無の様な刃物を追い討ちとばかりに投げつける。
「ククク。そうよな。
サナの太刀筋は上品なモノでは無いからな。
だが、……まだ、飢えは満たされぬかものう」
崩れた体勢から強引に苦無を交わした所に、大上段より振り下ろした豪剣を受けた魔人は、強かに顔面から地面に叩きつけられ、弾みで更に十数メートル弾け飛んだ。
数回バウンドして、転がり付いた時には既に太刀も手放し、遠目にみても明らかな戦闘不能となっていた。
イメージは雪代縁の蹴撃刀勢です。
かっこいいですよね。




