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〈最終夜営:星屑のない夜空の下で〉


湖畔から遠く離れた森の奥。焚火が、今宵もぱちぱちとはぜている。

今日の火は、なぜかいつもより赤く、そして短命だった。湿った薪を使ったからか、あるいは──焚火をする者の心が、どこかで燃えることを躊躇っているからか。


カナは、毛布にくるまり、星空を見上げていた。しかし、今夜は雲が厚く、星一つ見えない。

「……あの子たち、ちゃんと寝てるかな」

彼女が、ふと呟く。

“リナちゃん、あの後もピンクの絵ばっかり描いてるのかな。カイくんは、またあんな難しいこと言い出さないかな”


彼女の声には、これまでにない種類の未練が混じっていた。彼女は、孤児院の子どもたちを「作品」として完成させ、去った。それなのに、なぜか胸に小さな棘が刺さったままだった。


コウタは、タブレットの画面を消した。今日のデータ記録は、既に終わっている。いや、正確には──記録する価値があると彼が判断したデータは、既にない。

子どもたちの「自発性スコア」のグラフが、一直線にゼロへ向かう様は、もはや「データ」と呼ぶに値しない、ただの死の宣告だった。


“……カナ”

“うん?”

“あの孤児院で、お前は何をした?”

カナは、きょとんと振り返る。

“え? 子どもたちを可愛くして、ちゃんとできるようにしてあげたよ?”

“それだけか?”

“それだけだよ? 他に何かしたっけ?”


彼女は、本当にそう思っている。彼女の中では、「可愛くする」と「育てる」は同義語なのだ。

コウタは、焚火に薪をくべた。炎が、彼の無表情な顔をゆらめかせる。

“……俺は、あそこで初めて『効率化』の結果を見た”

“結果?”

“ああ。俺の効率化と、お前の可愛さが、完璧に融合した結果だ”

彼の声は、平然としているが、その内側で何かが冷え切っているのを、彼自身が感じていた。

“子どもたちは、最小のエネルギーで最大の成果を出す『優等生』になった。感情のムダがない。反抗のムダがない。全てが管理され、予測可能な『完璧な対象』に”


カナは、少し得意そうに笑う。

“でしょ? カナたち、とってもうまくいったんだよ”

“……それが、『うまくいった』ということか”

コウタは、そっと目を閉じる。

“俺は長年、『効率化』こそが最善だと信じてきた。無駄を省き、生産性を上げ、結果を最適化する。それが、あらゆる問題の解答だと”

彼は、目を開け、炎を見つめる。

“しかし、あの子どもたちを見て、ふと思った。……もし、『無駄』こそが人間の本質だとしたら? もし、『非効率』こそが生きている証だとしたら?”


カナは、首をかしげる。

“わかんない。でも、無駄なことしてるより、ちゃんとしてる方がいいよ”

“……そうか。お前は、永遠に理解しないだろうな”


沈黙が流れる。風の音と、薪のはぜる音だけが、闇を満たす。

そして、コウタが、これまでで最も率直な疑問を口にした。


“カナ。お前は……『幸せ』なのか?”

“え?”

“俺と、こうして旅を続け、どこへ行っても追い出され、また次の場所へ行く。この繰り返しが、お前にとって『幸せ』なのか?”


カナは、しばらく考え込んだ。彼女は「幸せ」について、深く考えたことがなかった。ただ、目の前にあるものを「可愛く」変えていくことに、ある種の充実感を覚えていただけだ。

“うーん……わかんない。でも、嫌じゃないよ”

彼女は、そっと自分のリボンに触れる。

“だって、コウタがいるし。それに、次に行くところで、また新しい人たちに会えるし。……たまに、追い出される時は悲しいけど、それでも次があるから”

彼女は、無邪気に、そして残酷に言う。

“カナ、この旅、ずっと続けてもいいかなって思う”


その言葉を聞いた瞬間、コウタは悟った。

この少女は、決して“到着”しない。

彼女は、居場所を求めて彷徨っているのではなく、彷徨いそのものを居場所にしているのだ。

そして、自分は──彼女のその永遠の彷徨に、付き合う義務があるのか?


“コウタは?”

カナが、反対に尋ねる。

“コウタは、この旅、幸せ?”

“……幸せ、という概念はデータ化できない”

“だからこそ、聞いてるんだよ”

カナは、珍しく粘る。

“コウタ、カナといて、楽しい?”


コウタは、答えに窮した。楽しい? そんな感情的な言葉は、彼の語彙からは逸脱している。

苦しいか? 確かに、彼女の無自覚な破壊を見続けることは、ある種の苦行だ。

しかし──


(しかし、彼女がいなければ、俺は何を記録すればいい?)

(彼女がいなければ、俺の“正しさ”は、誰にもぶつける対象がない)

(彼女がいなければ……俺は、ただの“役割のない機械”に戻る)


“……俺は、お前を観察する”

彼は、ようやく言葉を見つけた。

“その観察が、俺の存在理由だ。ならば……この旅は、『必要』だ”

“必要……かあ”

カナは、少し物足りなさそうに呟く。

“でも、それでいいよ。カナも、コウタが‘必要’だもん。お互い様だね”


お互い様。

それは、愛でも友情でも信頼でもない。ただの必要悪の共犯関係。

しかし、それ以上に確かな絆が、この世界に存在するだろうか?


コウタは、ふと夜空を見上げた。雲の隙間から、一つだけ星が覗いた。それは、孤児院の名前の由来になった「星屑」よりも、大きく、そして孤独に光っていた。

“次は、図書館へ行こう”

彼は、淡々と言う。

“世界のあらゆる知識が集積され、整理されている場所だ。お前の『可愛くする』技術が、そこにどう介入するか……興味深い”


“わかった! カナ、本にもリボンつけちゃおうかな?”

“……そうするな。まずは観察だ”

“えー、つまんない”


カナは、そう言いながらも、もう次の「遊び場」を思い描き、目を輝かせている。

彼女は、世界を破壊しても、自分が破壊者であることには、一生気づかないだろう。

彼は、その破壊を記録し続けても、自分が共犯者であることを、決して認めないだろう。


焚火が、最後の大きなはぜ音を立てて、勢いを弱める。

二人は、それぞれ毛布にくるまり、眠りにつく。

彼らの旅に終わりはない。

彼らの関係に変化はない。

ただ、彼が彼女を記録し、彼女が彼を必要とする限り──

この歪で痛くて、どこか切ない無限ループは、永遠に回り続ける。


星の一つもない、真っ暗な夜空の下で。

世界を“可愛く”塗り潰す少女と、その破壊を冷徹に記録する青年は、

今日も、ただ、隣同士で眠る。


──これが、彼らに許された、唯一の安らぎの形だった。


(完)


読んでくれてありがとう。作者はまだ脳がショートしてます。

ここでポイント・コメント・お気に入りを押すと、作者の脳みそに微量の安定剤が注入されます。

未入力だと、次回作も意味不明な文章になる呪いが発動します。

ちなみに今日の飯はカップラーメンで済ませました。

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