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エピソード7:孤児院『星屑の園』飼育編


〈プロローグ:無垢なる“苗木”たち〉


山間の静かな湖畔に佇む孤児院『星屑の園』。ここには、戦災や災害で家族を失った子どもたち約30人が、優しいシスターと院長のもとでのびのびと暮らしていた。

教育方針はただ一つ。「それぞれの個性を、ゆっくりと、優しく育てる」。


「……ふむ」

遠くの丘から、コウタが望遠鏡のような分析装置を覗き込んでいる。

“対象No.7:孤児院『星屑の園』。対象年齢:3歳〜12歳。教育カリキュラム:未整備。成長速度:個体差が大きすぎる。明らかな非効率だ”

彼の口調には、前の失敗(吟遊詩人ギルドでの「重さ」の指摘)を引きずった、幾分挑発的な響きがあった。

“ここには『システム』がない。感情的な『愛情』だけが基準だ。最適化の余地は……無限にある”


「わあ……子どもたち、みんないい子そう!」

カナは、柵越しに庭で遊ぶ子どもたちを目にし、目を輝かせた。彼女の装いは、今日はあえて「お姉さん」風。淡い黄色のワンピースに、小さなリボンが二つ。

“カナ、あの子たち、とっても可愛いね! でも……なんだか、ちょっと『放ったらかし』って感じがする。もっと、ちゃんと『可愛く』育ててあげたいな”


彼女の言う「可愛く育てる」とは、彼女の理想とする「可愛さ」の型にはめるという意味だった。

彼らは、これまで「組織」や「文化」を破壊してきた。しかし、ここでの対象は「まだ形の固まっていない魂」だ。その破壊は、より根源的で、より不可逆的になる。


〈Day1: “理想のお姉さん”の降臨〉


カナは、お土産として大量のリボンと、ピンクのクレヨン、ふわふわしたぬいぐるみを持って、孤児院を訪れた。

「こんにちはー! カナって言うんだ。みんなと遊びたくて来ちゃった!」

子どもたちは一瞬警戒するが、カナの完璧な「優しいお姉さん」演技の前には敵わない。すぐに彼女は人気者になった。


彼女は、まず女の子たちにリボンの結び方を「教えた」。

「ほら、この結び方だと、とっても『お姫様』みたいでしょ? これが正解だよ。他の結び方は……ちょっとダサいかもね」

彼女は、悪意なく「正しい可愛さ」を教え込む。それ以外の個性的な結び方をした子は、自然と「ダサい」というレッテルを貼られ、自分でリボンを外し始める。


一方、男の子たちには「強い騎士さん」の話をした。

「本当に強い騎士さんは、絶対に泣かないんだよ。それに、女の子を守るために、いつでも戦えるんだ」

彼女は、戦いごっこで負けて悔し泣きしそうになった少年に、優しく、しかし確かな圧力で言う。

“え? もう泣くの? 強い騎士さんじゃないんだね”

少年は、涙を必死にこらえ、頬を紅潮させてうつむいた。


一日で、カナは子どもたちの「行動規範」を、さりげなく塗り替え始めた。


〈Day3:コウタの“効率的成長カリキュラム”〉


コウタは、院長とシスターたちを前に、データを示した。

“現在の教育は無計画だ。この子(5歳)は文字を既に読めるが、この子(7歳)はまだ平仮名も怪しい。この格差は将来の社会適応に悪影響を及ぼす”

彼は、個別の「成長チャート」を作成し、毎日の学習目標を数値化した。

“本日より、全児童にタブレットを配布する。午前中はAIが個別最適化した学習プログラム。午後は、習熟度に応じた実技訓練(工作・運動など)。就寝時間も、成長ホルモンの分泌ピークを考慮し、一律午後8時に固定する”


「でも……子どもはロボットではありません!」

若いシスターが声を上げる。

“その感情論が、非効率の根源だ”

コウタの目が冷たく光る。

“あなたたちは『個性』という名の言い訳で、子どもたちの潜在能力を殺している。データに基づく最適な環境を提供することこそが、真の慈悲ではないか? 彼らが将来、社会で生き残るためには──”


その言葉は、孤児院の大人たちの最大の不安を巧妙に突いていた。

「この子たちに、ちゃんとした未来を」

その願いを、「データによる最適化」という餌で釣り上げた。


院長は、苦渋の決断でコウタの提案を一部受け入れた。


〈Day5: “可愛い子”と“できない子”の誕生〉


一週間も経たないうちに、孤児院は変わった。

子どもたちは、朝一番に自分の「今日の目標数値」を確認し、昼には進捗を報告する。遊び時間ですら、「創造性指数」や「社会性スコア」が測定される。


そして、カナによる「可愛さの査定」が、子どもたちの間に明確なヒエラルキーを生んだ。


リボンをカナ流に完璧に結べる女の子は「カナちゃんに褒められる子」。

工作でカナ好みのピンクの家を作った子は「センスがいい子」。

逆に、汚れて遊ぶのを好む子、カナの言う「正しい可愛さ」に興味がない子は、自然とグループの輪から外れていった。


ある日、ひとりの少女(リナ、8歳)が、カナに自分の描いた絵を見せた。それは、暗い色を使った、少し不気味な塔の絵だった。

「わあ……リナちゃん、すごい独特だね」

カナは、笑顔を保ちながら言う。

“でもね、もっと明るい色を使ったら、もっと素敵な絵になると思うな? ほら、このピンクとか、水色とか。次は、お城の絵を描いてみようか? カナが手伝ってあげる”


リナは、自分の絵が「間違っている」と言われたわけではない。ただ「もっと素敵になる」と言われただけだ。

しかし、彼女はそれ以来、暗い色を使わなくなった。彼女の絵は、他の子たちと同じ、明るく無個性なものになっていく。


〈Day7: “愛情”の数値化〉


カナは、さらなる「改善」を思いつく。

「みんな、とっても仲良しでいいね! でも、もっと『誰が誰を一番好きか』、はっきりした方が、もっと絆が深くなると思うんだ」

彼女は、「友情ポイントカード」を配布した。

“お友達に親切にしたら、シールを貼ってね。一週間で一番シールが多かった子は、カナが特別にお菓子をあげる!”

それは、愛情の可視化、そして競争化だった。


子どもたちは、無意識のうちに計算を始める。

「あの子にシールをあげると、自分が一位になれないかもしれない」

「この子は人気ないから、シールあげても無駄だ」

純粋な友情が、損得勘定に蝕まれていく。


一方、コウタは「行動適応スコア」という新指標を導入した。

“集団行動に順応する子、カナの指示に素直に従う子、学習プログラムをこなす子……これらの点数が高い子ほど、『優秀』と評価し、特別なご褒美(おやつの量増し、遊び時間延長など)を与える”


孤児院は、外見上は「より秩序立ち、より効率的」になった。

しかし、その内側では、子どもたちの自発性と無償の優しさが、日に日に枯れていった。


〈Day10: “崩壊”という名の適応〉


変化に気づいたのは、一番年長で無口な少年、カイ(12歳)だった。

彼は、弟妹たちの様子を見て、ある違和感を覚えていた。

──かつては、ケンカしてもすぐに仲直りしていた。

──かつては、それぞれが変わった「好きなもの」を得意気に話していた。

今、子どもたちは、カナに褒められるために「正しい遊び」をし、コウタに評価されるために「効率的な学習」をし、友達の数で自分の価値を測っている。


ある夕方、カイはカナに尋ねた。

“……カナさん。なんで、みんな同じにならなきゃいけないの?”

“え? 同じじゃないよ?”

カナは、きょとんとした顔をする。

“だって、みんな、それぞれ違う方法で頑張ってるじゃん。リナちゃんは絵が上手くなったし、レオは計算が早くなったし”

“でも……それ、全部カナさんが『これが正解』って言ったことばっかりだ”

その言葉に、カナは初めて、わずかに動揺した。

“カイくん……カナ、みんなが幸せになってほしいだけなんだよ? ちゃんとできるようになって、褒められて、それが幸せだって思わない?”


彼女は、本気でそう信じていた。

「できること」が増え、「褒められる」ことが、幸せの絶対的な尺度だと思い込んでいた。

彼女自身が、それ以外の幸せを知らないからだ。


カイは、それ以上何も言えなかった。カナの目には、一切の偽りがなかった。彼女は、本当に「みんなのため」を思ってやっている。

その「純粋さ」が、全てを歪めていることに、彼は言葉で説明できなかった。


〈Day14:飼育された子どもたち〉


二週間が経ち、孤児院は完全に変質した。

子どもたちは、自発的に遊ばない。カナが「今日はこれで遊ぼう」と言うのを待つ。

学習も、コウタの設定した数値目標をクリアするためだけの作業になった。

笑顔は、カナが「にっこりして?」と言った時にだけ作られる、練習された表情。


そして、最も恐ろしい変化は──子どもたち自身が、この状態を「普通」と思い始めたことだ。


院長は、夜、一人で礼拝堂に跪いた。

「神よ……私は、間違っていたのでしょうか?」

彼女は、かつての子どもたちの顔を思い浮かべる。泥だらけで笑っていた顔、ケンカして泣いていた顔、個性的な絵を誇らしげに見せてくれた顔。

今の子どもたちは、きれいで、従順で、優秀だ。

しかし、彼らの目には、かつての「輝き」がない。それは、飼いならされた子羊の目だった。


彼女は、カナとコウタを呼び出した。

「二人には……感謝しています。確かに、子どもたちは『良く』なりました。しかし……」

院長の目に、涙が浮かぶ。

“この子たちから、『子ども』であることを奪ってはいけませんでした。未熟で、無計画で、時には理不尽で……それこそが、子どもなのです”


カナは、理解できない。

“でも……未熟なままより、ちゃんとした方がいいじゃないですか?”

“『ちゃんとしてる』ことと、『生きてる』ことは、違うのです”


コウタは、その言葉を聞き、データを思い出した。確かに、子どもたちの「ストレス指数」は低下し、「学習効率」は向上している。しかし、「創造性指数」と「自発性スコア」は、激減していた。

彼は初めて、自分の「最適化」が、何を「最適化」していたのかを考えた。

生きることを、生存競争に適応する「効率的なプロセス」に最適化していたのだ。


〈エピローグ:星屑の、消えた輝き〉


二人は、静かに孤児院を去った。

子どもたちは、窓から彼らを見送っていた。彼らは泣かなかった。ただ、無表情で手を振る。

彼らはもう、深く愛着を持って別れを悲しむという感情を、「非効率」として学んでいたのかもしれない。


森の中へ入り、カナがぽつりと言った。

“ねえ、コウタ。あの院長先生、なんで泣いてたの? みんな、とってもいい子になってたのに”

コウタは、しばらく黙ってから答える。

“……彼女は、『子ども』を失ったのだ”

“え? 子どもたち、どこにも行ってないよ?”

“目の前にいるのは、『小さな大人』だ。効率的で、従順で、感情を管理できる。しかし……『子ども』ではない”


カナは、その意味を最後まで理解できなかった。

彼女自身が「子ども」であった記憶を、どこかで失っているのかもしれない。彼女の中にあるのは、ただ「より可愛く、より正しくあること」への執着だけだ。


“次はどこに行く?”

カナが聞く。

コウタは、地図を広げる。次に狙うべきは──「図書館」か「博物館」か。あるいは、もっと根本的なもの、「時間」や「記憶」そのものを管理する場所か。


しかし、彼はふと、孤児院の子どもたちの無表情な目を思い出した。

彼らは、カナの「可愛くする」技術と、自分の「効率化」の完璧な融合によって生み出された「作品」だった。

そして、その作品が、どれほど「空洞」であったかを、彼は今、初めて感じていた。


“……どこでもいい”

彼は、無気力にそう言った。

“お前が行きたいところへ行け。俺は……記録するだけだ”


カナは、少し不満そうな顔をしたが、すぐに次の町への道を指差す。

“じゃあ、あっち! 大きな塔が見えるよ! あそこ、絶対面白いところだと思う!”


彼らは、また歩き出す。

彼らが去った孤児院には、きれいに整えられ、管理された「小さな大人」たちが残された。

彼らは、二度と泥だらけで笑うことはない。

二度と、誰にも理解されない独自の世界に没頭することはない。

彼らは、完璧に飼育された。

そして、その代償として、『星屑』としての輝きを、永遠に失った。


──そう、彼らは未来そのものを刈り取り、整えられた枯れ草だけを残す。

彼らが触れるものは、全て「完成品」となり、そして「死んだもの」となるのだから。


(エピソード7・完)


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