Ⅰ-⑥
「どうして出来なかったかって聞いているんだよ。春川!」
高橋課長のダミ声がオフィスの隅まで響き渡る。
「すいません、申し訳ありません。」
青い顔をしながらも、毅然と謝る春川君。
「みんなも分かってると思うけどなぁ!今日が、今が、一番大切なんだぞ!今までの成績がちょっと良かったからって余裕をかましていい時期じゃないんだぞ、今は!」
高橋課長は俯いて聞いている他の営業員に向けて見せしめのように嫌味を言った。いつも、『今は、今は、』と言っているけど、一体いつだったら心に余裕を持って良いのだろう?私はいつも疑問に思う。
春川君は慣れたもので、落ち込んだ様子もなく自席に戻り、何事もなかったかのように仕事を再開した。私だったらあんなに怒られたら仕事なんて手に着かず泣いてしまうところだ。営業員には私とは種類の違った苦しみがあるようで、私にはどちらが楽なのか分からなかった。ただ、どちらの仕事も苦痛であることは間違いない。誰も得をしない。仕事とはそんな存在なのだろうか。
18時は本来就業時間を終えている時間なのだが、私の仕事はまだまだ机の上に山積していた。
「お先に失礼します。」
高野先輩が嬉しそうに言いながら、颯爽と帰って行く。おそらく想像でしかないが、彼女はこの後ショッピングやディナーをゆっくりと楽しむのだろう。それだけの時間は十分にある。もちろん私はまだまだ帰れそうにない。多分今日も20時越えのコースだろう。
「北原さん、今日も頑張ろうね。」
松本課長が優しい口調で私に話しかけてきた。本当に優しさがあるなら、今すぐ高野さんを呼び止めて一緒に働かせるのが筋だろう。しかし彼はそこまでの器量を持ち合わせてはいない。
「はい、頑張ります。」
私は暗い気持ちで、できるだけ明るく聞こえるように返事をした。とりあえずはこれで総務課の秩序が守られる。私はそうなるようにロールを続けているのだ。
20時が過ぎた頃には、机に積み上がった書類はほとんどなくなり、やっと仕事に終わりが見えてきた。あと15分か20分といったところだろう。少し顔を上げて、営業課の方を見るが誰一人帰宅した者はいなかった。いつもなら帰宅するものが半数以上いるはずなのだが、どうやら今日は稀にある、営業成績ができずにどん詰まりの日のようだった。
「全員集合!」




