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わたしがどんなに愛されたいか、あなたは知らない、というのはわたしの勘違いだったと認めるにやぶさかでない

作者: 満原こもじ

「ミラもいいところの令息の婚約者に決まってよかったじゃないか」

「そうね。ローナン男爵家の後継ぎ令息なら十分だわ」


 お父様とお母様が上機嫌です。

 わたしの婚約が決まったからです。

 ローナン男爵家の嫡男アンディ様に将来嫁ぐことになりました。


「家格が合っているといいわよ。あまり気を使わずにすみますからね」

「はい」


 お母様の言うことに頷きます。

 そうですね。

 うちシールズ家も男爵の家格ですから、実家の力関係みたいなこととは関係なさそう。

 ちょうどいいと思います。


 玉の輿というのも聞きますけれど、結構大変なようです。

 嫉妬や嫌がらせも多いみたいで。

 よっぽど能力と胆力がないと耐えられないみたい。

 わたしみたいな平凡な子ではとてもとても。


「貴族家の嫡男を捕まえることができたのはラッキーだったな」

「まあ、捕まえるだなんて」


 アハハウフフと笑い合います。

 早めに動き出したからですかね?

 本当は社交界デビュー後に婚活を始めるというのが多いそうなのですけれど。


 わたしとしてはですか?

 ええ、早めに将来が決まったこと自体はとてもいいことだと思います。

 後になって焦る必要がないですものね。


 アンディ・ローナン男爵令息は、王立学校の同級生なのです。

 ただ今までほとんど話したことがなかったですね。

 比較的一人でいることが多い、努力家の令息というイメージがあります。

 成績はすごくいい方なんですよ。


 同級生で婚約者って、どう振る舞えばいいのでしょう?

 最初距離感がちょっと難しい気がします。

 アンディ様の性格もよく知らないですし。

 ああ、勉強を教えてもらえばいいですかね?


 とりあえずお茶会をして。

 話す機会を作って。

 まずはアンディ様を知ることから始めなくてはいけませんね。

 でも……。


 何となく寂しい気がするんです。

 寂しいというのは違いますか。

 これでわたしの将来は決まってしまったのだなあという、落胆に似た感情が。

 埋まらない空虚を抱えてしまったようなやるせなさ。


 いえ、自分が将来進む道筋が決まったのはいいことだとわかっているんですよ?

 貴族の子同士の婚約なんてこんなものだという、理解ももちろんあります。

 でも一度くらい人生の主役になりたいという望みもあるじゃないですか。

 恋愛という一大イベントの主役なんか最高です。


 流行の恋愛小説を読んだりすると思うのです。

 ああ、わたしも素敵な殿方に愛されたい。

 燃えるような恋に身を焦がしてみたいと。

 子供っぽい思いですかね?


 努力次第でアンディ様と穏やかな愛を育んでいけるとは思います。

 でも恋と呼べるまでの強い思いを抱けるかというとどうでしょう?

 こんなふうに考えてしまうのは贅沢過ぎるのでしょうか?

 恋愛経験のないわたしにはわからないです。


 お父様お母様が整えてくださるのは、あくまで条件ですものね。

 ええ、無論条件は重要ですとも。

 あとはわたし自身の問題です。

 気持ちを整理しなくては。


 お母様が言います。


「ミラ、早速お茶会を開きましょうね。男の子は女の子に招待されると嬉しくなってしまうものだから」


          ◇


 ――――――――――シールズ男爵家邸、ミラとのお茶会にて。アンディ・ローナン男爵令息視点。


 僕はローナン男爵の嫡男だ。

 志を高く持っていたね。

 家と領を栄えさせたいという。

 それが僕の立場で多くの人を豊かにする手段だから。


 そのためにはまず、王立学校での成績を上げることだと判断した。

 知識を得ることはもちろん、僕を認めさせることが必要だと思ったから。

 幸い学校というものは、成績のいい者に一目置いてくれるシステムだものな。

 僕という存在を見せつければ、接触を図ってくる者は増えるだろう。

 つまり人脈は後からついて来る。


 希望と野望を胸に王立学校に入学した時だ。

 ミラ・シールズ男爵令嬢に初めて出会ったのは。

 清楚で可愛らしい令嬢で。

 胸が高鳴った。


 そして興奮、緊張、発汗、顔の発赤。

 知ってる、これは話に聞く初恋の症状だ。

 僕が一目惚れ?

 ミラ嬢に?


 恋したことは構わない。

 精神が高揚し、とてもいい気分だと思った。

 しかし恋にかまけてはいけない。

 将来の男爵として、僕には常に冷静な思考が求められるから。


 物事には理由があるはずだ。

 僕がミラ嬢に恋愛感情を覚えたのは何故だろう?

 もちろん視覚情報は重要だ。

 ミラ嬢の容姿が僕好みということがまずあるだろう。


 他の要因は何だろう?

 僕の目を引く美しい令嬢は必ずしもミラ嬢だけではない。

 しかし僕の胸を高鳴らせるのはミラ嬢だけだ。

 何が違うのだろう?


 僕はミラ嬢を観察した。

 とはいえ令嬢をじっくり見るなんて不躾だからな。

 あくまでこっそりだ。


 その結果ますますミラ嬢のことが好きになった。

 好きになった理由も分析できた。

 僕は満足だった。

 一目惚れは愚かな故ではなく、先見の明があったからだとわかったので。


『アンディ。シールズ男爵家から婚約の申し入れが来ている』

『えっ? シールズ男爵家の令嬢と言えば……』

『長女のミラ嬢だそうだ。そなたと同級生なのだろう?』


 ミラ嬢と婚約?

 考えていなかったわけではないけど、そんなことある?

 いや、年齢も家格もちょうどいいわけか。

 とんでもないラッキーに見えて、偶然だけではない。

 これが運命と、変にテンションが上がった。


『俺はいい話だと思う。進めていいか?』

『ぜひお願いします!』

『む? アンディがそんな乗り気だと思わなかったな。美人の令嬢なのか?』

『ええ、まあ』


 父上が笑ってたが、当時の僕はそれどころじゃなかった。

 いやいや、浮ついてはダメだ。

 必要なのはシャープな思考力と決断力なのだから。

 

 ミラ嬢とは無事に婚約の運びとなった。

 今日は三度目のお茶会だ。

 幸せとはこういうことか。

 僕は満足だ。


「アンディ様。少々お話よろしいでしょうか?」

「話? 何だろう。ミラの話したいことならぜひ僕も聞きたい」


 ミラの表情が微妙であることに、婚約後初めて気付いた。

 今までもこんな顔だったか?

 自分の婚約者の異変について気付けなかったとは、まだまだ僕も未熟だな。

 ちょっと不安になる。

 いや、逆だ。

 僕がミラを不安にさせてしまっているのか?


「アンディ様はわたし達の婚約について、どうお考えです?」


 ドキリとした。

 婚約そのものについて疑問があるらしい。

 僕は婚約万々歳なのだが、それ故にミラの不安に考えを巡らせるのが遅れたか。

 忸怩たる思いだ。


 待てよ?

 ミラが僕達の婚約についてどう把握しているかということを、僕は知らないな。

 気を回せる令嬢だから、僕とそう認識が違っているとも思えないが?

 ここは無難に、条件面についてのメリットを説いておくか。


「ローナン男爵家とシールズ男爵家にとって、この上なくいい話だと思っている、家格が合っているのは、余計なトラブルを生じさせにくいのではないかな」

「ですよね……」


 あれ?

 ミラガッカリしているじゃないか。

 間違った答えではないのにどうして?


 思い切って聞いてみる。


「僕達の婚約に何か問題があると考えているのかい?」

「そんなことはないのです。わたしもいいお話だったなあと思っていて」

「では何故ミラの気持ちは沈んでいるのだろう?」


 驚いたような顔をするミラ。

 いや、ミラが何となくしおしおな雰囲気だなあと察したのはついさっきだけれども。

 僕もまだまだだ。

 一層努力しなければな。


「わたしの……気持ちが沈んでいるというのがわかりますか?」

「もちろんわかるとも」

「すみません。見てわかってしまうほどだなんて。淑女らしくなかったですね」

「ミラは淑女だよ。ただ僕は王立学校に入学した直後から、君を目で追っていたから」


 ミラの目が真ん丸になる。

 その顔は新鮮だな。

 しかし変なことを言ってしまっただろうか?

 

          ◇


 ――――――――――ミラ視点。


 三回目のお茶会になりますが、ただ時間が過ぎていくという感じです。

 アンディ様も楽しんでいらっしゃるのかそうでないのかわかりませんし。

 こういう日々がずっと続くのでしょうか?

 悲しくなりますね。


 思わず口に出してしまいました。


 「アンディ様はわたし達の婚約について、どうお考えです?」


 不思議そうにも見えます。

 わかります。

 うちから持ち込んだ縁談ですから。

 わたしが鬱屈した感情を抱えているなんて、アンディ様は思わないでしょう。


「ローナン男爵家とシールズ男爵家にとって、この上なくいい話だと思っている、家格が合っているのは、余計なトラブルを生じさせにくいのではないかな」

「ですよね……」


 だからこそ婚約になったのですから。

 アンディ様だって納得しているはずです。

 バカな質問でした。

 自分自身が嫌になります。


「僕達の婚約に何か問題があると考えているのかい?」

「そんなことはないのです。わたしもいいお話だったなあと思っていて」

「では何故ミラの気持ちは沈んでいるのだろう?」


 えっ?

 表情に出てしまっていましたでしょうか?


「わたしの……気持ちが沈んでいるというのがわかりますか?」

「もちろんわかるとも」

「すみません。見てわかってしまうほどだなんて。淑女らしくなかったですね」

「ミラは淑女だよ。ただ僕は王立学校に入学した直後から、君を目で追っていたから」


 王立学校に入学した時から目で追っていた?

 わたしのことを?

 その意味が浸透してくるに連れ、心が温かくなる気がしました。


「わたしを目で追っていたというのは……」

「ミラは僕の初恋の人なんだ。婚約者になってくれた時は夢かと思った」


 やっぱり!

 アンディ様がわたしに恋してくれていたなんて!

 とっても嬉しいです。

 ドキドキします。

 アンディ様見かけが淡々としていたから、全然わかりませんでした。


「あのう、わたし自身を気に入ってくださっていたのですね? 家同士の関係として望ましいということではなく」

「当然だとも」

「どこがよかったでしょうか?」


 これを聞くのははしたない気がします。

 でも気になるのですもの。

 アンディ様がただいい加減なことを言っているとは思いませんが。


「そうだな。例えば髪飾りのセンスがいいと思っている」

「ありがとうございます!」


 嬉しいです!

 髪飾りはわたしの拘っている部分ですから。

 気付いてくださっていたのですね。


「入学式の日に落ち着いた赤褐色の髪飾りをしていただろう? 蝶の形をした。とても趣味がいいなあと感じたんだ」

「あっ、あれはお婆様の形見なのです」

「そうだったか。思えばあれがミラに注目した最初の瞬間だったな」


 本当に最初からわたしを見てくれていたのではないですか。

 何だか恥ずかしくなります。

 お婆様のおかげでアンディ様に気にしていただけたのですね。

 感謝しなくては。


「ミラは額が広いだろう? 人相学の観点から言うと、それは豊かな知性を意味しているんだ。僕も理屈で考える方だから、話が合うのではないかと思ったな」

「ええ?」

「しかもその額を前髪で隠している。つまり知性に優れていることをひけらかすことがないというサインだ」

「ええ?」


 全然そんなつもりはなかったですけれども。

 アンディ様はわたしのコンプレックスのおでこを好ましいものとして見てくださっているのですね。

 喜ばしいことです。


「声がいい。ミラの声は高いけれどもキンキン響かないんだ。とても耳当たりがよくて素敵だ」

「声、も褒めてくださるのですか」

「以前首筋を虫に刺されていたこともあったな。ミラは愛らしさが前面に来るが、あの時は妙に艶めかしいと感じたものだ」

「虫刺されまで」

「それからいつも爪を奇麗にしているね。細い指に合っていて……」

「も、もうおやめくださいませ」


 アンディ様がこんなに饒舌だとは思いませんでした。

 しかもわたしの話題なんかで。

 アンディ様が真顔になります。


「僕は観察力には自信があるんだ。君のいいところを一〇〇〇は言える」

「ありがとう存じます。感謝の念に堪えません」

「それでもまだミラの内面など、外から見えない部分があるんだ。君のいいところをもっと知りたい」

「アンディ様……」


 何と幸せなことでしょう。

 こんなにもわたしを理解してくれようとしているなんて。

 アンディ様はとても素敵な方でした。

 わたしが理解できていなかっただけなのですね。

 涙が出てきてしまいます。


「ど、どうしたんだい」

「アンディ様。ぎゅっとしてください」

「こうかい?」


 ああ、これが愛に包まれるということなのですね。

 つまらない生活が続くのかと、残念に思っていたことがウソのよう。

 アンディ様はわたしの王子様なのです。


「アンディ様、お願いがあるんです」

「何だろう? 可能な限りミラの要望は叶えたい」

「大好きになってしまいました。責任を取ってください」

「ハハッ、お安い御用だ」


 お姫様抱っこされました。

 わあ、初めての経験です。


「ふむ、ミラの体重は把握した」

「もう、やめてくださいな」

「僕も腕力が必要だな。君の満足する男になってみせよう」


 頼もしいですねえ。

 やっぱり素敵。

 愛する人ができるってとっても素敵。


「エスコートの練習がしたいのだ」

「エスコートの練習?」


 聞いたことありませんね。


「僕がどんなに君を好きか、一目で知らしめるエスコートを会得したい」

「うふふ。協力しますよ」


 目と目が合います。

 優しい眼差しです。

 アンディ様を信じてどこまでも。

 郷ひろみさんのバラードに『僕がどんなに君を好きか、君は知らない』というのがあります。

 好きを知らせるって重要なことだなあと思ったので、こういうお話を書いてみました。

 でもアンディ君、ミラが純な令嬢でよかったね。

 『うわっ、キモっ!』で撃沈する可能性も低くなかったと思います(笑)。

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― 新着の感想 ―
一歩間違うとストーカーか、 ヤンデレになりそうとか思いました。 まあ、その重い愛を受け止めれそうで良かったw
ユーラシア因子を持ってない普通の令嬢で良かったね こもじユニバースは油断ならないし
たぶんこの二人は本当に二人だけで話してるわけではないと思うんだけど、話を聞いてるであろう侍女さんは多分『ちょっと気持ち悪い…』と思ってるかもしれないですね。外野は声の話したあたりで『そこまで!?ちょっ…
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