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鬼とガキんちょ

作者: 流右京

山奥に残された小さな神社。

そこに封じられた『鬼』を(はら)え――それが少年に課された初めての任務だった。


「……こ、ここが鬼が封印されてるって噂の所だな」


朽ちかけた鳥居をくぐった瞬間、蝉の声が遠のく。

リュックを背負い直し、少年は自分に言い聞かせる。


(やべ……、ちょっと緊張するけど……。大丈夫! 退魔具は沢山貰ったし)


「お、来たきたぁ。おつかれさ~ん」


と、その時。脱力感たっぷりの関西弁が境内に響いた。


「……えっ?」


見ると、賽銭箱の上に白い着物姿の男が座っていた。

素足に短髪、日焼けした肌。角は生えているものの、とても凶悪そうには見えない。


「お前が……鬼?」


「そやけど?」


「もっとこう、赤い肌で炎まとってて、物凄い形相で……」


「なんやそれ、どえらい偏見やなぁ。君、いくつ?」


あまりの拍子抜けに、逆に清々しくなってくる。


「……15だけど」


「ふぅん……?」


その男は煙管(きせる)を取り出し、ふぅっと一服する。


「ほな自己紹介しとこか。ワイはミナト。この土地に封印された鬼や」


「俺は……御影幸助(みかげこうすけ)。退魔師の家系だ」


「ああうん、御影(みかげ)の子ね。知っとる知っとる。代々、退魔師として名が通っとるよな」


ミナトと名乗った鬼はニヤリと含み笑う。


「よし! 早速、お前を祓ってやるからな! 覚悟し……」


「――名前、書いて」


「え?」


「君の名前の字、教えてーな。ほら、これに書いて」


そう言うと、どこからともなく墨を含んだ筆と、人の形をした紙が出現し、幸助の目の前にヒラリと置かれた。


「あのなぁ! これから祓われるってのに……!」


「ええやん。ほら、こういうの誰に祓われたかくらい覚えときたいやろ?」


「そういうもんなのか……?」


「……冥土の土産くらい、ええやろ? な?」


「しょ、しょうがねぇな……!」


しぶしぶ名前を書き終わると、紙はひらりと宙を舞い、ミナトの手元へ。


「おおきに。ほな……味見してみよか」


「は?」


ミナトは紙をひょうたんに貼り、腰にぶら下げていたひょうたんの栓を抜いた。瞬間、強烈な吸引力が発生し――……。


「自分、迂闊(うかつ)やで。退魔師が真名をあっさり書いたらあかんやろ?」


「え!? な……っ、う……わ、ああああっ!?」


幸助の体は、あっという間に吸い込まれていった。


――キュポン。


ひょうたんに栓をし、ミナトは左右に振ってから栓を開ける。


「さて……ガキんちょの味、どんなんかな?」


ゴク……と、一口。


「……あっっっんま! これ、甘酒超えとるわ。未成熟な体はこれやから……」


◆◇◆◇


「う、うぅ……? どこだここ? 酒くせぇ……!」


「よぉ、少年。さっきぶりやな」


「お前! ミナト!? ここどこだよ!」


「ワイの腹ん中」


ミナトはニヤリと笑うと、続ける。


「君はワイと契約したんや。ワイの“()”になるってな」


「な……? まさか、さっきの名前書いたやつか!?」


「せや。肉体(からだ)は酒になって、いまは魂だけの状態。まぁ、それも徐々に溶けとるけどな」


「それは、困る!!!」


「いや、困る言われても……」


「俺、退魔師になるって目標があるんだ! 溶けてる場合じゃねぇ!!」


「いや、だから……。肉体(からだ)は酒になったって言うとるやん」


「だったら、ションベンになるまで待つ!!」


「……なんやねん、このガキんちょ……」


◆◇◆◇


「なあ~、ガキんちょ~。ええかげん溶けてくれへん?」


ミナトの腹の中。というより、その中に広がる異界のような空間。

そこに、幸助は仁王立ちしていた。


「無理だ! 絶対に拒否する!」


「……君、自分が酒になったってこと忘れとるやろ。ええか? 人を飲むってことはな、魂だけやのうて、身体の情報も、記憶も、ぜ〜んぶ“飲む”わけや」


「……うっ……ぐぬぬ……!」


悔しそうに(うな)る幸助だが、目は死んでいない。むしろ、ぎらぎらしていた。


「……ええっと?」


ミナトは、しばらくこちらをジッと見ると、口を開く。


「ふぅん? “半人前の泣き虫(こう)ちゃん”……ねぇ?」


「……!?」


「ああ、なるほど。手柄立てたら一族の皆に認められるって思たんやね。で、大爺様から今回の依頼を貰ったと」


「おま……っ、何でそのこと……」


「君を“飲んだ”から、もう君のことは親より知っとるで? ほぅ、片思いしてた子に彼氏が出来て一人で泣いてたんか」


「~~~~っ!?」


「クックッ! やっと認められる思た矢先、鬼に飲まれてもーて、可哀想になぁ?」


「こんの……っ」


――ポタリ。


その時、幸助の体の一部が雫となって溶け落ちた。


「へぇ……? 何や、魂はごっつウマいやん」


ミナトが目を細め、ニヤリと笑う。


「お、俺のことよりも! お前のこと教えろよ! 不公平だろ!」


「せやな……ワイは元々、土地神やったんよ。昔は祭りで酒もらっとったな」


「……御神酒のことか?」


ミナトは少し懐かし気な表情で語る。


「そう。『酒を神に捧げる』っちゅうのは今も残っとる風習なんよ。酒を介して神と人との絆を結ぶ。『直会(なおらい)』いうんや。まぁ、せいぜい体に溜まった(けが)れを外に出す程度やけど……何の力も無い人からしたら、有難い代物(しろもの)なんや」


ミナトは、溜息を吐くと続けた。


「せやけど……時代と共に、神と邪の区別もつかん阿呆が多なった。で、一方的に封印されて……こんな有様や」


「……それってお前、悪くないじゃん」


「せやろ?」


「あれ……? でも何で今は鬼なんだ?」


「“鬼”として存在を定義されて封印されたせいや。一度付いた存在定義ってのは、鍍金(めっき)みたいなもんでなかなか剥がせへん。で、もう諦めた」


鍍金(めっき)か……それって、どうしたら剥がれるんだ?」


「神格を取り戻したら、いけるかもしれんけど。ええよもう」


「…………」


ミナトの表情には、暗い影が落ちているように幸助には見えた。

とっくに全て諦めたと言わんばかりに、ふっと息を吐く。


「封印されてもう数百年。神やったワイを覚えてる人間もおらんくなった。これからも、独りや」


「んだよ。お前、そんなこと考えてたのかよ」


「……ええやん。君にとっては他人事やろ?」


笑って誤魔化すミナトを見て、幸助は言った。


「独りで良いなんて、そんなの違うだろ!」


「……ん?」


「誰だって、他人に認めて欲しいって、そう思うもんだろ!?」


「でもなぁ、ワイはもう……」


「じゃあさ。俺が力になってやるよ! 俺、人助けするの好きなんだ!」


「……は?」


「自分……いま何て?」


唖然(あぜん)とするミナトを他所に、幸助は自信満々に話す。


「お前が“神”に戻れるよう、俺が力になる! ……決めたぜ!」


「へぇ? 君みたいな半人前が、ワイを神に戻してくれる言うん?」


「だってお前、悪いやつじゃないんだろ?」


「あのなぁ、なんやねんその変わりよう」


「任せろ! 俺が何とかしてやる!」


「せやから、その自信はどっから……。ぷふっ」


ミナトは、ふいに笑い出した。


「ほんま……御影の子は、ようわからん。まぁええわ。暇つぶしにはなりそやな」


やれやれと言った風な表情で、ふぅ……と息を吐くと続けた。


「ほな、今回は特別に……戻したるわ」


「マジで!? やったー!!」


◆◇◆◇


――再び、現実世界。


ミナトがふっと息を吐くと、魂が蒸気のように抜け出し、幸助の体が形成されていく――。


「う……うおおおおっ!? 戻ったぁ!!」


喜びのあまり境内で転げ回る幸助。

その様子を、ミナトは煙管(きせる)を吹かしながら眺めていた。


「あのなぁ? 幸助、元に戻っただけで契約は……ん? ああ、やっとお出ましやな」


「え?」


すると、鳥居の向こうから着物姿の杖を持った老人が現れた。


「ほほう、意外と早かったのう」


「お……大爺様!? どうしてこちらに……」


「久しぶりやなぁ、(かん)ちゃん」


「か……寛ちゃん!? そういえば、大爺様の名前、寛二郎(かんじろう)……」


「なんや、聞いとらんかったんかいな。これはな、試練やったんや」


「……じゃあ最初から、俺がここに来るって分かってて?」


幸助が困惑した声を上げると、寛二郎はゆっくりと頷いた。


「代々、御影の子が一人前になるには、“鬼”と向き合う必要があるからの」


「それで俺を、ミナトのところへ?」


「うむ。あやつは御影の先祖と契りを結んでおってな。封印を解く条件として、御影の子を見定めるという役目を与えられておった」


寛二郎はミナトに視線を向けた。


「さて……どうじゃ、ミナト。こやつの器は?」


「せやなぁ。甘ちゃんの甘々やったわ、ほんま」


「んだとぉ!?」


「ふぅむ。参ったのぅ。こやつに認められんなら、退魔師としては認められん」


「ええっ!? そんなぁ!」


「……せやけど」


ミナトは割って入るように続けた。


「君との契約は継続中や。俺、君を育てることにした」


「……なに?」


「え?」


幸助と寛二郎は突然のミナトの提案にあっけに取られる。


「おい、幸助。まさかお前……勝手にこやつと契約を結んだのか?」


「ご、ごめんなさい。でも俺、コイツを助けたくなって……」


「まぁまぁ、そう責めたりなって。ワイが口車に乗らせたようなもんやし」


ミナトは幸助を庇うように割って入る。


「きさま……っ! 何を勝手なことを! 封印は良いのか!?」


「ああ、それな。この子と新しく契りを結んで上書きになったんや。この子、俺を神の座に戻してくれるらしいわ」


「貴様、本気か!? 儂の孫に手を出してただで済むと……」


「ってか、未熟者を一人で寄越したんやし、寛ちゃんの監督不行き届きやろ~?」


「な……!?」


「バ~レ~た~らぁ~? 立場、不味いんとちゃうんかいなぁ~? あはっ♪」


「~~~~っ!!」


(コイツ、本性やっぱ鬼じゃねーのか……?)


「ああもうっ! 分かった、ならば幸助の式ということにする。それで良いな?」


「はいはい、お好きに」


「え……! 良いのか? 俺が、式神持ち!?」


「あくまで便宜上、や。これはな、ワイと君の競争なんよ」


「競争……?」


「君がワイを神に出来るか、ワイが君を飲み干すか。どっちが先かの競争。どや? なかなかオモロイやろ」


「へっ! 望む所じゃねーか!」


「ほな、よろしゅう。せいぜい気張りや、幸助」


――こうして。

幸助と鬼との奇妙な関係は幕を開けたのだった。


その結末がどうなったかは、また別の話だ。


挿絵(By みてみん)

Copyright(C)2025-流右京

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― 新着の感想 ―
主人公の幸助と、かつて神だったミナトの掛け合いが凄く面白く、二人のやり取りに引き込まれた。 特に絶望していたミナトに、幸助が「力になる」と言い切る場面 は印象深く残った。さらに大爺様の登場で物語が大き…
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