第95話(最終回) 終わらない夏
「ふわぁ……」
俺はあくびをしながら、プライベートダンジョン1階層をひとりで歩いていた。
昨日は夜遅くまでみんなとLINKをしていたから、寝不足である。
ミーン、ミンミン……。
ジィィィィィィィ……。
相変わらずセミの声が激しい。
青い空、大きな入道雲、緑色の木々。
ダンジョン内は、いつもどおり真夏である。
田んぼの真ん中を歩きながら、俺は昨日のLINKのやりとりを思い出した。
笹良橋志帆:ねぇ、みんなに提案があるんだけど、自宅兼探索事務所を建てるのはどうかな?
たまき:それって、4人の?
笹良橋志帆:うん。これからさらに高価なアイテムを入手したりするだろうし、倉庫も兼ねて、あると便利かなって思って
たまき:(クマが「賛成」というプラカードを掲げているスタンプ)
たまき:横浜ダンジョンの依頼報酬で5千万円もらえるし、ちょうどいいのかも!
まなみ:アタシも賛成! 終のすみかが……!
まなみ:ネット環境だけはこだわってくれ
光一:え、自宅兼って、みんなで住むってこと?
笹良橋志帆:そうだよ
たまき:同棲だね
たまき:(クマがポッと頬を染めているスタンプ)
光一:いいのか? だって今日付き合ったばかりだし
たまき:え? だって、子どものころから一緒だよ?
笹良橋志帆:一緒にお風呂に入ったこともあるしね
たまき:そうそう、川遊びのあと! なつかしー!
「…………」
どんどん外堀から埋められている。
特攻のおタマちゃんと、知性派のしーちゃんと、奇策のまなみん。
チームワークで数々の敵を撃破してきた俺たちだが、そのチームワークが俺に向かってくることになるとは想像もできなかった。
たしかに、すごくいいチームだ。
勝てる気がしない。
俺はこのまま幸せにされてしまうのだろう。
「ううむ……」
将来、結婚の申し込みをするときを考えると、頭が痛い。
しかも、誰にも相談できない内容である。
「俺はどうすればいいんだよ……」
ミーン、ミンミン、ミーン……。
ジィィィィィィィ……。
セミはのんきに鳴いている。
まるで「頑張れよ」と言うように。
見上げた空は、小さいころと同じように、果てしなく広かった。
☆★☆
プライベートダンジョンの2階層に移ると、変わらず花火が上がっていた。
屋台も営業しており、夏祭りは続いている。
「ここもすごいよなぁ……」
ここの映像を見せられても、ダンジョン内だと思う人はひとりもいないだろう。
俺は参道を進み、神社を目指していく。
おタマちゃんに告白した場所をもう一度見るために。
石段を登ると、鳥居の奥に神社がある。
昨日、お賽銭を納めた場所だ。
金貨を投げ入れたとき、俺はこんな贅沢な悩みを抱えることになるとは思っていなかった。
本当に、人生というのは何があるかわからないものである。
「ううむ……」
考えごとをしながら、神社の裏手に回る。
そう言えば、前にここで蝶々を捕まえたなぁ。
夜になっちゃったから、《昼夜逆転》させないと、あの蝶はもう出現しないのかな。
だとしたら、もう少し2階層で遊んでもよかったな。
そんなことを思いながら、神社の裏手を歩いていくと……。
カン! カン!
「ん……?」
足音が変わった場所があった。
金属音、しかも中は空洞のようである。
「なんだ……? 《蛍の明かり》で……」
スキルを使って地面を照らす。
すると、そこには四角いマンホールのようなものがあった。
「…………」
取っ手を持ち蓋を開けると、そこには下に降りていく階段が隠されていた。
「これって……!」
――3階層だ。
2階層が成長しきったので、解放されたのだろう。
ためらいはなかった。
俺はスキルで中を照らしながら、階段を降りていく。
カン、カン、カン……。
建物でいうと、2階分くらいは降りただろうか。
そこには、金属製の扉があった。
プライベートダンジョンの入り口と同じ、顔のついた太陽の装飾が施されている。
「……よし」
深呼吸をして、息を整える。
そして、ドアノブを握り、ガチャリと扉を開けた。
ドアの隙間からは、激しい光が差し込んできて――。
「――っ!」
…………。
ざざーん……。
ざざーん………。
「あ……」
光に目が慣れて、あらためてあたりを見ると。
「……海……」
そこには、白い砂浜が広がっていた。
マリンブルーの美しい海。
風に揺れるヤシの木。
潮の香りがする風……。
扉の外に踏み出すと、砂を踏んだときのズザッとした感触がした。
足元を見ると、ヤドカリがすごいスピードで俺の前から逃げていく。
てか……。
「あれも捕まえられるんだろ……! よし……って、うわっ!」
急いで追いかけたが、砂に足を取られ。
ズザッ……!
思いっきり転んでしまった。
「いた……」
身体中、砂だらけである。
ヤドカリはどこかに隠れてしまった。
そんな無様な状態になって俺は。
「くく……、あはははははは!」
なぜか大声で笑ってしまった。
……思い出した。
最近はSランク探索者だなんだとチヤホヤされていたけれど、俺は本来不器用な人間だ。
才能があったわけでもないし、幼なじみのみんながいなければ、ここまで来ることはできなかっただろう。
――最初から、何かをうまくやろうなんて間違っていた。
砂浜から立ち上がり、砂を払う。
改めて海を見渡すと、海上へ伸びていく橋があり、その先の小島には赤い鳥居が見えた。
3階層の神社だろう。
なんとなく、以前テレビで見た宮崎県の青島神社を思い出させる。
たしか、昭和の時代には、青島神社は新婚旅行の定番だったと言っていた。
「結婚か……」
まだ俺がどういう結論を出すかは決めていないが、真っ正面から向き合ってやろう。
――人生は探索に似ている。
次々に新しい困難が襲いかかってくるし、どんな罠が待ち受けているかもわからない。
でも――。
地道に前に進んでいけば、いつかは次のフロアへ行ける。
仲間と一緒に、新しい自分になれる。
そう信じている。
「よし……」
俺は波打ち際まで走っていった。
今度は転ばなかった。
ざざーん、ざざーん……。
波は寄せては返し、寄せては返し、砂浜に跡を残していた。
「やってやるぞーっ!」
意味もなく海に叫ぶ。
よくわからない熱い思いが込み上げてきて、止められなかった。
空は青く、太陽はまぶしい。
3階層も季節は夏。
プライベートダンジョンの夏は続いていく。
どこまでも、どこまでも。
そして、俺たち、チーム・秘密基地の夏も終わらない。
いつまでも、夏を楽しんでやる。
次は幼なじみのみんなとここに来よう。
おタマちゃん、しーちゃん、まなみん。
きっとそれぞれ、この場所を楽しんでくれるはずだ。
またみんなと会える日を思って、俺は海に背を向けた。
すみません、書き溜めた分がなくなりました。
ここで完結とさせてください。
続きも書けそうなのですが、新作を書く予定なのと、続きを書くか決まってないのに「連載中」ステータスにするのも申し訳なく、完結の上新作に取り掛かりたいと思います。(正しい打ち手はわからないのですが、数を書くことでまだ見ぬ書籍化を目指しています)
みなさま、お読みいただき、ありがとうございました。
特にブクマや評価、感想等をくださった皆様、ありがとうございます。大変うれしかったです。
最後にひとつだけお願いをさせていただきます。
評価を入れてくださっていない方、★ひとつでもよいのでぜひ評価をお願いします!!!(直球)