第94話 告白の行方
「こーちゃん……」
おタマちゃんもじっと俺を見る。
俺は目をそらさず、おタマちゃんの答えを待った。
心臓がどきどきして、身体中が熱い。
すると……。
「こーちゃん、あた――」
――どぉん!
花火の大きな音が、おタマちゃんの声をさえぎった。
おタマちゃんの口は動いていたが、声は聞こえなかった。
「あたし――」
――どぉん!
ふたたび花火が鳴る。
連発の時間になったのか、花火は次々と打ち上げられた。
タイミングが悪かった。
おタマちゃんの声は聞こえない。
俺は心臓の鼓動に耐えきれなくなり、おタマちゃんの手を握る力をゆるめた。
……そして、冷静になると、急に怖くなってきた。
勢いで告白してしまったが、もし断られたら?
またみんなの仲がぎくしゃくして、離れ離れになってしまうのではないか。
そんなことを考えていると。
「――――」
おタマちゃんは俺に近づき、ぎゅっと抱きついた。
「あ……」
そして、耳元でささやく。
「……あたしも大好きだよ。これで聞こえるかな、こーちゃん?」
「ああ……聞こえたよ。ありがとう、俺も大好きだ」
――どぉん!
空に花火が輝き、おタマちゃんの顔を照らした。
おタマちゃんの目元が煌めき、涙をこぼしていたことがわかった。
「おタマちゃん、泣いてるのか……?」
「だって……ずっと、待ってたんだよ。ずっと、ずっと……。こんなに嬉しかったら、泣いちゃうよ……」
俺の背中に回された腕に、ぎゅっと力が込められる。
「おタマちゃん……」
俺もおタマちゃんをぎゅっと抱きしめた。
花火が次々と上がる中、俺は初めて、恋人がいる幸せを噛みしめていた。
きっと生涯、俺はこの瞬間を忘れることはないだろう。
ずっと。
☆★☆
「おタマちゃん、帰りにちょっとだけ家の方へ来てくれないか? 渡したいものがあるんだ。今日は誕生日だろ?」
「覚えていてくれたの? うれしい……」
「そりゃ、好きな人の誕生日だからな」
でも、さすがにネックレスや指輪などの「重い」プレゼントは買えなかった。
つきあってもいない人からもらっても、迷惑かと思ったからだ。
結局、買ったのはちょっとした探索道具だった。
だから……。
「あらためてさ、一緒にご飯でも食べに行かないか。きちんとお祝いさせてほしい。誕生日過ぎちゃって悪いけど……」
「ほんと? こーちゃんとご飯、楽しみだなぁ」
そうして石段を降りていくと、しーちゃんとまなみんが待っていた。
しーちゃんは、透明な袋に入ったりんご飴を持っていた。
「夏目くん、すごいよ。屋台で買い物できた! やっぱり金属製のアイテムが……って、あれ?」
「こーちんの様子が……。ははぁ、さては告白したのか? ん、どっちからだ? キッスはしたのか?」
「あ、いや……」
まなみんはデリカシーがなくて困る。
答えに困っていると、おタマちゃんが言った。
「あの……、あたしたち、お付き合いすることになりました。こーちゃんが告白してくれて……」
「けけ、よかったな。夢がかなって」
「そっか……。負けちゃったのか……」
しーちゃんは寂しそうにぽつりとつぶやいた。
「――《《まだ第1レースだけど》》」
「ん……?」
レースって、何のことだろう?
すると、しーちゃんは俺に近づいてきて、上目遣いで言った。
「……夏目くん。わたしも夏目くんのことが好きになっちゃった。わたしとも付き合ってほしいな」
「え、え? しーちゃん、何を言って……」
「ダメなの……?」
しーちゃんは潤んだ瞳で俺を見つめる。
今にも泣き出しそうな様子だ。
でも……。
「俺、おタマちゃんと付き合うことになったから、しーちゃんとは……」
「だめ、なんだ……。しくしく……」
「…………」
しーちゃんはハンカチを目元に当てて泣き出してしまった。
すると、まなみんは。
「おい、こーちん。最低だな! しーちゃんのことが嫌いなのか?」
「いや、嫌いじゃないし、好きだけど、おタマちゃんと付き合うことになったから……」
「は? 意味わかんねーな。そういうことを言ってるんじゃないんだよ」
「こーちゃん、あたしのために言ってくれるのはとても嬉しいけど……しーちゃんを泣かせちゃダメだよ」
「え、え……? なんでおタマちゃんが……?」
「しくしく……。わたし、だめなんだね……」
わけがわからない。
まなみんは、俺の肩にポンと手を置いた。
「あらためて聞くが、こーちんはしーちゃんのことが嫌いなのか? いっさい魅力は感じないのか? 一緒にいたいとは思わないのか?」
「だから、み……魅力的だとは思うし、頭がよくて頼りになるし、一緒にいたいとは思うよ。でも、おタマちゃんと付き合うことになったから……」
「は? なんで二人と付き合わないんだよ?」
「は、はぁ? だって、それはルール違反じゃ……」
ちらっとおタマちゃんを見ると、泣いているしーちゃんの肩を抱き、俺をじっと見ている。
しーちゃんのことも大切にしてくれないとダメだよ、という顔だ。
あれ、なんか俺が悪者になってる?
たぶん、これは……。
「……まなみん、なにか仕組んだな?」
「けけけ、なんのことだ? アタシはちょっと女子グループでお話しただけだぜ」
以前、ダンジョン・ホーテで手に入れた風鈴を「家」につけたとき、まなみんがよくわからないことを言っていた記憶がある。
セカンドパートナーがなんとか……。
「関係者合意の上ならな、どんな関係になってなれるんだぜ。婚姻だけは法律の規定があるがな」
「でも、ふたりと付き合うなんて許されるのか? いけないことなんじゃ……」
すると、おタマちゃんが言った。
「こーちゃん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。だって、相手はしーちゃんなんだから。どこの誰とも知らない人だったら嫌だけど……」
「夏目ぐん、わだしのこと、嫌いだったの? こんな゛ちんちくりんとは付き合いたくないの……? 胸だってないし……明るくないし……。しくしく……、ふぇぇぇん……」
「ほら、こーちゃん!」
「けけ、男を見せろ!」
「うう……」
もう、どうとでもなれ!!!
「わかった、しーちゃん。俺もしーちゃんのことは好きだ。だから、付き合おう」
「……ほんとなの?」
「――ああ」
「……ほんとに、ほんと?」
「そうだよ」
もはや脳がバグってついていけないが、俺は今日ふたりも恋人ができた。
「うれしい……っ」
しーちゃんは俺に飛びついてくる。
身長が小さいので、俺の胸元に頭が当たった。
しーちゃんは俺を見上げて、言った。
「夏目くん……、じゃあ、わたしにもキスしてほしいな。たまちゃんと同じように……」
「あ、あたし、まだキスはしてないよっ! こーちゃん、待ってよ!」
「あ、ああ……」
もはや判断基準がわからない。
いったん頭を冷やさないと。
「ご、ごめん。いろいろあって、ドキドキして心臓が持ちそうにない! 少し整理させてくれ」
「うん、夏目くん……」
「こーちゃん……かわいい」
「おい、まなみん。ちょっとこっちに来い」
「けけ、養子にしてくれるのか?」
「いいから」
俺たちふたりは屋台の裏に移動した。
「いったいどういう話をしたんだよ。もう理解できない。しーちゃんが言ってた第1レースってなんだ?」
「けけ、第1レースは中間地点――交際だ。第2レースは最終ゴール、結婚だ。その後、勝負の結果がどうなろうともノーサイドの精神で、ママ友として同じ屋根の下で暮らしていこうという話になっている」
「ママ友? 同じ屋根の下……? もうひとりの父親は……?」
「は? お前しかいないだろうが」
「……頭が痛くなってきた」
ママ友って、そういう意味だっけ?
「……おタマちゃんはまだしも、よくしーちゃんを丸め込めたな……」
「……こーちんも甘いな。しーちゃんだから丸め込めたんだよ」
「どういうことだ……?」
「しーちゃんは第1レースに負けることは予感していたんだろうよ。ただ、たまたまとこーちんの仲に入れないままだと、しーちゃんは『独身時代の友だち』にしかなれない。だから、アタシの提案を受け入れた。可能性をつなぐために。そんなところじゃねーのか」
「まなみんは人の弱みにつけこんで……。俺はまだそこまで割り切れないよ……」
「けけけ、なら、どっちかをふればいいんじゃないのか? できるならな」
「う……」
胸が痛む。
そして、この決断をしたら、俺はおタマちゃんとしーちゃんのふたりに恨まれる。
もう正解がわからない。
頭がオーバーヒートしてきた……。
すると、参道の方から声が聞こえた。
「こーちゃん、何してるのー? まなみんとキスしちゃダメだよーっ!」
「夏目くんも屋台で遊ぼうよっ! わたしも少しだけダンジョンプラチナ持ってきたから、お買い物できるよっ!」
「けけ、ほら、行きな! アタシといてもしょうがないからな!」
「ったく、まなみんは……」
「これからも4人で遊ぼうぜ。楽しくな」
答えが出ないまま、俺は通りの明るい方へと歩いていった。
すると、そこには浴衣姿の恋人がふたりいた。
「こーちゃん!」
「夏目くん」
「あ……」
あらためて見ると、ふたりともかわいい。
俺になんかもったいなく思える。
でも……。
「いこっ、こーちゃん!」
「左側はわたしがもらうね?」
おタマちゃんとしーちゃんは、俺の両腕に腕を絡めてきた。
――両手に花。
そんな古典的なことわざが頭に浮かんだ。
「見て、夏目くん。屋台には、黒いシルエットの人がいるの。少し怖いけれど、お金を渡すと普通に商品をくれるんだよ」
「あ、このチョコバナナ、HP回復効果があるみたいだよ。こっちのたい焼きは泳ぎ強化だって。不思議だねー。お金代わりのアイテムがないから買えないけど、気になるなぁ」
「たまちゃん、よければ買ってあげるよ。夏目くんの金貨だけじゃ足りなかったときのために、わたしもダンジョンプラチナを持ってきてるから」
「わーい、しーちゃん、ありがとう! 大好き!」
「ふふ、どういたしまして。夏目くんの分も買ってあげるね」
「あ、ありがとう……」
「さすがしーちゃんだね」
「ううん。夏目くんの太田ダンジョン調査には、たまちゃんが同行してくれたんでしょ。お互いさまだよ」
なぜか、おタマちゃんとしーちゃんはさらに仲良くなっている。
状況に追いつけていないのは、俺ぐらいだ。
「アタシはメデューサ娘のフィギュアが当たるクジが引きたい……」
「自分のお金でやりなよ、まなみん」
「お祭りのクジって、当たりちゃんと入っているのかなぁ……」
「頼む、誰か金を……」
そうして、みんなは楽しくプライベートダンジョンを探索した。
俺はまなみんに怒るべきか感謝すべきかわからなかったが、幸せを感じていたことは間違いなかった。