第93話 打上花火
横浜ダンジョンの騒動から3日後。
俺たち、チーム・秘密基地の4人はプライベートダンジョンの1階層に集合していた。
――しかも、浴衣姿で。
「こーちゃん、どうかな?」
おタマちゃんは、白地に赤い花が描かれた浴衣を着ている。
髪には、やはり赤と白の飾りがつけられていて、とても華やかだ。
「あ、ああ……。に、似合っているよ……」
あまりこういう質問を受けたことがないので、気恥ずかしくなってしまう。
「えへへ……嬉しい」
「夏目くん、わたしは?」
しーちゃんは、紺色の生地に朝顔が描かれた浴衣を着ていた。
髪の毛をお団子にして、頭の後ろでまとめている。
「その……似合ってるよ」
「ふふ……ありがとう」
「けけ、台詞が一緒だぜ。もっとスマートに褒めろよな」
まなみんは、ここぞとばかりにプリティアのピンク色の浴衣衣装を着ている。
このダンジョン内の「家」で見つけた、ティアフェスティバルの服だ。
「まなみんはそれを普通に着こなすなよ……」
「ウィッグはつけてないから、完璧じゃねーけどな」
「てか、こーちゃんも黒い浴衣似合ってるよ!」
「うん、かっこいい」
「あ、ありがとう」
こんな風に褒められたこともないので照れる。
俺もみんなと合わせるために、イーヨンで男物の浴衣を買ってきたのだ。
目的はひとつ。
「……じゃあ、2階層へ行って、コインを神社に納めよう。たぶん、それでお祭りの時間になるはずだ」
☆★☆
プライベートダンジョン2階層は、前回同様、薄暮れとなっていた。
空には一番星が輝いている。
神社へと向かう参道には、のれんの降りた屋台が並んでいた。
まだ商品も店員もいないけれど、今にも祭りが始まりそうな雰囲気である。
おタマちゃんはあちこちをきょろきょろと見回している。
「前に来たときよりも提灯がたくさんついてるね」
「この前、太田ダンジョンを探索したときのドロップアイテムを神社に納めたんだ。メタルリザードのうろことか……」
「……ごめんね、いつもこーちゃんの戦利品を使ってもらっちゃって……」
「いいんだ。好きでやってることだし」
……太田ダンジョン調査のときには、探索者協会から依頼料として200万円をもらっている。
加えて魔石収入もあるし、ドロップアイテムの使用をケチケチしても仕方がない。
それに……。
俺の横には、楽しそうな幼なじみたちがいる。
「店舗、自立して営業するのかな? ダンジョン・ホーテの例を考えると、ありえそうだけど……」
「けけけ、エリクサーラムネみたいなものが売られるのなら、転売で儲けられるな……」
「もう……。まなみんダメだよ。ここは秘密基地なんだから、中のことはみんなには秘密にしてよね」
「ふふ……。たまちゃんのお話、懐かしい感じがするね。でも、同感かも」
「ねー、しーちゃん。変に有名になっちゃったら、プライベートダンジョンに忍び込もうとする人とかが出てきそうだしね。情報出しは、探索者協会への義務的報告だけにするべきだよ」
「うう、アタシはただ金がほしいだけなのに……」
「秘密基地は、みんなの秘密基地なんだよ。まなみん」
……浴衣姿のみんなと、花火大会に行く。
人生のパズルがぐちゃぐちゃに崩れてしまっていたせいで、中高生のころには望めなかった思い出。
俺が弱かったせいで手に入らなかった過去が、今ここにある。
それがうれしかった。
なんだか、俺の人生の間違いを取り戻すことができたような感じだ。
小学校のころの帰り道、みんなで楽しく話しながら家まで歩いた思い出。
俺と一緒に歩く3人が、あの頃の姿とオーバーラップして見えるような気がした。
俺たちは薄暮れの参道を歩いていく。
あの頃よりも、さらに仲良くなって。
☆★☆
「プライベートダンジョンの神様、お納めください」
カラン、コロン……。
横浜ダンジョンのミミックから入手した金貨を、4人で2階層奥の神社に納める。
「ああ、ミスリルメダルが……。1枚20万円……」
「……まなみんはいつも同じこと言うね。てか、アイテム相場に詳しすぎ」
「あ、夏目くん。また光が……!」
金貨を納めた賽銭箱からは、蛍のような光がたくさん生まれ、参道の方へ飛び立っていった。
しばらくして。
「こーちゃん、空が暗くなってきたよ!」
空は暗くなり、俺たちがいる神社のところまで次々と提灯が点灯してきた。
「おお……」
夜空に映える、赤い提灯の列。
これで、提灯は2階層の入り口から、俺たちがいる最奥部まですべて光ったことになる。
お賽銭を入れることによる変化は、これで打ち止めではないか。
「こーちゃん、提灯はぜんぶついたよね?」
「ああ、いけたのかな」
「わたし、見てくる!」
しーちゃんは石段のそばへと駆けていった。
そして、振り返って俺たちに叫ぶ。
「みんな、見て! 屋台に灯りがついたよ! 参道に出店が並んでる!」
「マジか……!」
「あたしも見たい!」
「金目のもの……!」
俺たち3人もしーちゃんに続いて、石段の近くへ走っていく。
高台から見下ろすと、提灯だけでなく、屋台にも明かりが灯されていた。
遠目に見ても文字は読める。
りんご飴、かき氷、金魚すくい……。
バリエーションに富んだ屋台が並んでいる。
おタマちゃんとしーちゃんは、うわぁ……と声を上げた。
「華やかだね」
「ダンジョン内にこんな場所ができるなんて、すごいよ」
「雰囲気だけでも、かなり楽しめそうだな……」
そのとき。
ひゅーっ、という甲高い音が左側から聞こえた。
これは……?
「こーちゃん、川のほう!!」
おタマちゃんが夜空を指差す。
そちらに目をやると、小さな光が空に向かって飛んでいくところだった。
そして。
――どぉん……!
すっかり暗くなった夜空に、オレンジ色の大輪の花が咲いた。
「あ……」
「わぁ……」
俺たちのいる場所が一瞬だけ明るく照らされる。
打ち上げ花火だ。
ダンジョン内で、こんなにちゃんとしたものが見られるなんて。
「綺麗……」
「夢みたい……」
「すげーな……」
幼なじみの3人も、圧倒されたみたいだ。
花火は一発だけで終わらず、次々と新しいものが打ち上げられる。
赤。
青。
緑。
その度にダンジョン内は明るく照らされ、俺たちからは「わぁ……」と声が漏れた。
一瞬で咲き、消えていく鮮やかな光――。
「……綺麗だな」
その美しさはあまりに儚い。
嘘だったみたいに暗い夜空に消えていく。
横を見ると、3人は楽しそうに空を見上げていた。
かつて、俺とのつながりが、花火のように消えてしまっていた幼なじみたち……。
……俺はぎゅっと手を握り、幼なじみとの関係がもう二度と消えていかないようにと願った。
離れたくない。
離したくない。
子どものころ、山の秘密基地で遊んでいたときは、大人になってもずっとみんなで遊んでいるのだと思っていた。
普通の毎日が、普通に続いていくのだと思っていた。
実際には、何もしなければ、ふとしたきっかけで壊れていくものなのに。
東京で働いていたころ、俺には何も残っていなかった。
友だちどころか味方すらいなく、未来は暗くて、毎日は苦しかった。
実家に帰り、秘密基地ダンジョンが現れ、おタマちゃんに出会うことで俺は変わることができた。
――もう間違えたくない。
――手放したくない。
「けけ、屋台行ってみるか。普通のエリクサーとかが売ってれば換金できるしな」
「あ、まなみん、だめだよ。わたしも行く! 一応ダンジョンなんだから、モンスターが出るかもしれないよ!」
まなみんとしーちゃんは、石段の下へ駆け下りていった。
「あ……」
「――あたしたちも行こうか、こーちゃん?」
おタマちゃんは俺の前に出て、階段の方へ歩く。
そのとき。
――俺はおタマちゃんの手を握った。
「こ、こーちゃん……?」
「あ……」
無意識の行動だった。
おタマちゃんが離れていかないよう、引き止めてしまった。
だけど、そのとき俺は気づいた。
きっと、心の底では前から決めていたのだろう。
胸の奥から、伝えるべき言葉が溢れてきた。
まるで何度も練習していたかのように、俺はおタマちゃんの目を見て言った。
「――おタマちゃん、好きだ。付き合ってくれ」
「え……」
おタマちゃんの横顔が、オレンジ色の花火に照らされて夜に浮かび上がった。