第92話 英雄の誕生
バッジを見ていると、大臣は言った。
「――それは、Sランク探索者であることを証明するバッジです。国内での探索目的であれば、公共交通機関の優先的利用ができ、さらに旅費が全額免除になるなどの優遇措置があります。日本3例目であり、まさに英雄と呼ばれるべき探索者に渡されているものです」
「英雄……」
「ぜひお受け取りください。夏目様のバッジのほかに、チーム・秘密基地の皆さまにはパーティメンバー用のバッジを用意しております」
「みんなの分も……?」
俺は後ろの3人を見る。
幼なじみのみんなは、微笑みながら、こくんと頷いた。
「……よし」
腹は決まった。
俺は桐の箱のふたを閉め、大臣に一礼した。
「お受けします」
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ……!
「さて、せっかくですので、記念撮影でも……。背景は赤レンガ倉庫でよろしいですかな?」
「あかつき新聞の中山です! みなさんでバッジをつけて、こちらの明るいところでお願いします!!」
そうして、俺たちは再びフラッシュに包まれた。
「こーちゃん、あたしたち、また新聞に載っちゃうのかな?」
「たぶんな……」
「うう……、テレビも来てるじゃねーか……。怖いからフードで顔を隠さなくちゃ……」
「まなみん、無理しないでね」
「こーちん、この後は中華街でおごってくれ……。じゃないと逃げるぞ……」
「まったく、しょうがないな……、おタマちゃんとしーちゃんは時間大丈夫なのか?」
「うん、わたしの家は都内で、ここからそう離れていないしね。それに、報告が終わったら明日は午後休暇もらうつもり」
「あたしも大丈夫! 山田さんからLINKが来てて、明日休んでいいって!」
「よし、じゃあ俺のおごりで行くか」
「ダメだよ、こーちゃんのSランク探索者昇格祝いでもあるんだから。あたしが出すね」
「そうだよ、わたしも出すから」
「アタシはこーちんにおごってもらおう……」
「ダメに決まってるじゃん! 後でサイフ預かるからね!」
「まなみんの分は、わたしが出してあげようか?」
「ダメだよ、しーちゃん。クセになるから」
「はは……」
「――次はこちらに目線をお願いしまーす!!」
向きを変えると、みなとみらいの大観覧車「クロノプラネット21」が見えた。
観覧車のフレームに沿って無数のLEDが輝き、円形の巨大なイルミネーションとなっている。
すっかり暗くなった空のもと、ビルの明かりとともに綺麗な夜景を作り出している。
パシャ、パシャ……!
「綺麗だね、こーちゃん」
「そうだな。都会って感じだな」
「夏目くん、帰りにみんなで乗っていこうよ。夜景、見てみたいな」
「アタシは近くのゲーセンで……。いや、面白くなるかもしれないから、一緒に乗るかな。けけ……」
「めずらしく乗り気だな……」
大観覧車のイルミネーションは、次々と色が移り変わる。
緑、赤、黄色……。
やがて演出が切り替わり、カラフルな光が観覧車の中心からゴンドラのある外側の方へ放射線状に伸びていった。
「花火みたい……」
「素敵だね……」
「そうだな……」
花火といえば、犯人に操られたミミックを倒したときに、たくさんの金貨を手に入れた。
あれを全部プライベートダンジョンの神社に納めれば、夏祭りの時間にまた近づけるかもしれない。
そうして取材が終わったあと。
ダンジョン管理大臣が俺に右手を差し出してきた。
「夏目様、今回は本当にありがとうございます。君は日本探索界の宝です」
「いえ、大臣こそわざわざ現地まで来てくださって、ありがとうございました」
「あなた方のレベルともなると、国内で自由に活動していただくだけで国益となります。以前、我が省の職員が夏目様に干渉しようとしたようですが、そのようなことがないよう周知しておきますから」
「ありがとうございます」
大臣とぎゅっと握手をする。
「笹良橋探索官については、人事評価に反映させるよう、人事課に言っておきます。夏目様に限らず、ほかのみなさんも望むものがあれば私に伝えてください。できる限り手配させていただきますので」
「はい、そのときには」
「本当は今日の夕食代くらいは出してあげたいのですけれど、公職選挙法というのがありまして……。帰りのリムジンタクシーは確保してありますので、お帰りの際はこちらの電話番号まで……。夜9時までを目安にしていただければと……」
「ありがとうございます」
俺は大臣からメモを受けとり、幼なじみのみんなのところに戻った。
「さ、中華街行くか。しーちゃんは仕事大丈夫なのか?」
「うん、疲れただろうから、後処理はみんながやってくれるって。行こっ。わたし、鶏肉とカシューナッツの炒め物が食べたいな」
「えー、あたしはエビチリにする!! 小籠包もいいな!」
「北京ダックだな……おごりなら」
そうして、俺たちは赤レンガ倉庫から歩いていった。
観覧車のイルミネーションはキラキラと輝き、高層ビルの横に、LEDによる花火を作り出していた。
潮風が気持ちよかった。
☆★☆【余談:現場の後処理】☆★☆
「――さてと、明日の1面は決まりだな」
「ええ、それにパワーレベリング講座の方を深堀りすれば、探索者制度についての連載記事も書けそうですし、しばらく記事には困りませんね」
「ありがたい話だよ」
そうして、我々マスコミが撤収準備を進めていると、広場の方から大きな声が聞こえてきた。
「うわあああああ、オレは! オレはクズだったんだぁぁぁぁ!! どうすれば! どうすれば救われるんだぁぁぁ!!」
「おい、やめろ!!」
「あああああ!!!」
「…………」
私は隣のカメラマンと顔を見合わせた。
「とりあえず行きましょうか」
「そうですね、記事になるかもしれませんし」
そうして、赤レンガ倉庫前の広場の方に行くと、ひとりの男性が地面に頭をこすりつけていた。
「あれは……」
「うわああああ! どうしてオレは夏目様なんかと張り合おうとして……、身の程を知れ!! クズ!! クズ!!」
「井矢田、落ち着け!! さっきのは洗脳のせいだ!! お前は悪くない!!」
「違う、違うんだ!! オレは!! オレはぁぁぁぁ!! ああ、もう殴らないでぇ!! 言う、言うから!! 謝るからぁ!!」
「井矢田、もう大丈夫だ!! お前には罪はない!!」
「そんなことはないんだぁぁぁ!!」
犯人に洗脳され、犯罪の片棒を担がされた井矢田とかいう探索者だ。
周りには、探索者や国の職員がいて、彼を取り押さえている。
私は、隣にいたテレビ局のスタッフに聞いた。
「あの、何かあったんですか? あの人、操られていた人ですよね?」
「いや……ボクにも事情はよくわからなくて……。目を覚ましたと思ったら、急にわめいて、頭を地面にこすりつけて……」
「ああっ!」
「ん……!?」
井矢田さんと目があったかと思うと、よつん這いのまま私たちの方へ近寄ってきた。
なんでこっちに?
逃げようと後ずさりすると、井矢田さんは言った。
「マスコミッ! マスコミの方ですよねッ!?」
「あ、いや……」
「聞いてくださいっ!! オレは、オレはぁぁぁ!! 最低のクソカスなんですっ!!」
「は、はぁ……? まだ洗脳の後遺症が……?」
「こら、やめろ!!」
警察の方が、井矢田さんを後ろから羽交い締めにした。
だか、井矢田さんはひるまずに叫ぶ。
「ああ、警察の方!! オレの罪を聞いてくださいっ!! でも、殴らないでくださいぃぃ!! 逃げません、逃げませんからぁぁぁ!!」
警察の方は、応援に来たもうひとりの警察と顔を見合わせ、うなづいた。
「わかったわかった。話を聞いてやる。だから、落ち着け。それで、君は何をしてしまったんだ?」
「うおおおおお、オレはバカ、バカだったんだぁぁぁぁ!!! まずは、バクチみたいな投資で作った借金を返すために、会社の通帳を……!! それから、ボケ始めたおばあちゃんのハンコを勝手に……」
――こうして、翌日、井矢田さんも逮捕されることになった。




