第91話 祝福と帰還
ゴツン、ゴツン……。
犯人をくるんだ繭玉を引きずりながら14階層に戻ると、階段の前でおタマちゃんが待っていた。
おタマちゃんは、ニコと笑って言う。
「こーちゃん、勝ったんだね?」
「 ああ、もちろんだ」
「大変だった?」
「いや……オニヤンマを捕まえたときの方が大変だった」
「あは……さすがだね、こーちゃん」
そして、パシン!とハイタッチをした。
続いて、人質にされていた探索者たちが俺の周りに集まってくる。
「あ、こーちゃん様!!」
「助けてくださいまして、ありがとうございました!!」
「配信画面で見ていました!! あんなに強かったんですね……!」
「かっこよかったです!!」
「怖かったですけど、今日はこーちゃん様に会えて幸せでした! ありがとうございます!!」
「あ、こちらこそ……」
コメントでは散々チヤホヤされるようなことを言われていたが、本当に目の前で言われると照れる。
つくづく、有名人になりきれていないと思う。
きっと、このあとも慣れることはないのだろう。
「こーちゃんさん、ありがとうございました。私は井矢田さんに足を刺された者です……。あなたたちがいなかったら、死んでいたかもしれません。感謝してもしきれません!!」
「いえ、たいしたことはしてませんから……」
探索者たちはみんな無事に回復したようだ。
しーちゃんのおかげだろう。
あ、そういえば……。
「井矢田は……?」
きょろきょろと辺りを見ると、部屋の中央で井矢田が仰向けになって倒れているのが見えた。
倒れたときに顔でも打ったのか、見覚えのない傷も多い。
槍で刺した傷口はふさがっているようだが、ぴくりとも動かない。
まさか、あのまま……?
すると、しーちゃんが近づいてきて。
「夏目くん、戦闘お疲れさま。井矢田さんは生きてるよ。夏目くんは、誰ひとり死人を出さないまま事件を解決したんだよ」
「そうか……」
少しほっとする。
「夏目くんは間違いなく一流の探索者だよ。日本中がそう思っているはずだよ。それで井矢田さんだけど、わたしの【回復魔法】をかければ意識を取り戻すかもしれないけど……、どうする?」
「いや……」
井矢田は、俺にとって過去の人間だ。
東京にいたころにはあいつと色々あったが、もう興味はない。
今は幼なじみのみんなもいる。
今さら井矢田と話すことは、ない。
「……このままでいいよ。その方がお互いにとっていい気がする」
「夏目くんがそう言うなら……」
もう一度、倒れている井矢田を見る。
あいつがどういう経過でこの事件に巻き込まれたのかはわからないけれど、たぶん、もう二度と俺の人生と関わることはないだろう。
さよなら、井矢田。
もう戻りたくない、俺の過去。
「――それよりさ、この犯人はどうしたらいいかな? 【糸】は魔素でできているから、地上に出たら溶けて消えちゃうと思うけど……」
「大丈夫。1階層の入り口のところで、ダンジョン管理省と県警の特別チームが身柄を拘束するから。準備もできているはずだよ」
《【公式:ダンジョン管理省】準備できています。魔眼対策の拘束具も用意しました》
《頼むぞ》
《間違いのないようにね》
《しーちゃんに拘束されたい》
《↑通報しました》
「夏目くん、そういえば隷属のロープは……?」
「ああ、ここに……」
俺は、犯人から回収したロープをしーちゃんに見せた。
「これもどうしたらいいんだろ?」
いくらでも悪用できるアイテム。
また悪人に使われたら面倒だ。
「大臣から破壊命令をもらっているから、今燃やしちゃってもいいんだけど……」
すると、ハーミット様がぬっと現れて。
「ならば、我が預かろう。【光魔法】で焼却しておく」
「ああ、ありがとう」
「こんなものは悪用されてはいけないからな」
ハーミット様にロープを渡す。
「けけ……」
ん? いま若干の違和感が……。
「……これでこーちんに養子縁組届を書かせれば、アタシも扶養に……」
「――虫相撲・クワガタ、《火炎攻撃》」
ボワッ!!
「ああ、ロープが!! ロープがぁ……!!」
「まったく……」
隷属のロープは跡形もなく燃え尽きた。
これで一件落着である。
《灰になった》
《もう使えないな》
《これで第2の犯罪者が現れる心配もない》
《ハーミット様は研究に使いたかったのかな?》
《まあ、国が所持禁止してるからねぇ……》
《犯人の拘束にも使えたかもだけど、こーちゃんがいれば大丈夫か》
「さて、帰るか。《ワームホール》はおタマちゃんに貸したままだよな?」
「そうだよ。帰りもあたしがご飯あげたいな!」
「帰りも?」
「えへへ、カールちゃんかわいいし……。それに、太田ダンジョン事件後のヒアリング調査のときに約束したしね」
「そう言えば、今度ご飯あげさせてやるって言ったっけな」
すっかり忘れていたけれど。
「さーて、カールちゃん。ご飯の時間だよー」
「きゅーいーっ!」
異空間につながるゲートが開き、中からカラフルないもむしが這って出てくる。
《かわいい!》
《久しぶりに見た》
《本日の裏MVP》
《異空間からミスドの箱が》
《パン・デ・リング食べてる!》
《一生懸命でかわいい》
《よく食べるなー》
《今度はイチゴ味のパン・デ・リングだ》
《食べるのはやい》
《ミスティドーナツ行きたくなってきた》
《次は黒糖味のパン・デ・リング》
《いーなー》
《俺もミスドをドカ食いしたい》
《あ、食べ終わった》
「きゅーい!」
シャクシャクシャク……。
《空間に穴が》
《いつ見ても面白いな》
《先に見えるのは1階層かな》
「こーちゃん、つながったよ」
「よし。じゃあみなさん、こちらへ。ダンジョン入り口までワープできますので」
すると、探索者たちは急にガヤガヤし始めた。
「え、私たちも空間転移で帰れるんですかっ!?」
「あの憧れのスキルを使ってもらえるなんて!」
「きゃーっ、夢みたい! 怖かったけど、人質になってよかった!!」
「一生の記念になります!!」
「バイト先の後輩に自慢しよう!!」
《ホントうらやましい》
《オレも空間転移したかった……》
《貴重な体験》
《50万払ってでも体験してみたい》
《いもむしへのエサやりもできるなら100万出す》
「はは……」
そこまでよろこんでもらえるなら、よかった。
「じゃあ、帰りましょう。そうだ、井矢田は……」
「大丈夫です、オレたち人質チームに任せてください!」
「改心した井矢田はオレたちの仲間ですから! これくらいなんともありません!! な、井矢田!!」
バチンッ!!
「よく寝てるな、そのままいい子になれよ!!」
バチンッ!!
「そ、そうですか……」
男性探索者ふたりは、井矢田を抱えて運んでくれた。
それにしても、やたらと仲がよさそうだ。
前にテレビで見た、銀行強盗と人質のあいだに連帯感が生まれるという「ストックホルムなんとか」の心理状態にあるのかもしれないな……。
まあいいか、どうせ俺にはもう関係のないこと。
「帰ろう、それぞれの場所へ」
俺たちはワームホールを通り、ダンジョン1階層へと転移した。
☆★☆
1階層で今回の犯人・蛇道の拘束を手伝ったあと、横浜ダンジョンの外に出ると。
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ!
フラッシュの激しい光が俺たちを包んだ。
光が止むと、俺たちの前には、スーツを着たやたらと体格のいいおじさんがいた。
「チーム・秘密基地のみなさん、本日はありがとうございました! 困難な依頼をしてしまい申し訳ありませんでしたが、必ずやりとげていただけると信じておりました!」
「あなたは……」
テレビで見た記憶がある。
たしか……。
「ダンジョン管理大臣……」
「ええ、わたくしはダンジョン管理大臣の松江です。まずは国を代表いたしまして、お礼申し上げます」
大臣が頭を下げた瞬間、またパシャパシャとフラッシュがたかれた。
「いや、そこまで大したことじゃ……」
「あなた方は一流……、いえ、超一流の探索者です。ですので、こちらを用意しました。ぜひお受け取りください」
「これは……?」
大臣から桐の小箱を渡される。
留め金を外してふたを開けると、中には「S」の字と桐の花をかたどったピンバッジが入っていた。




