第90話 【side:笹良橋志帆】洗脳解除
――夏目くんが15階層におりて、すぐ。
「命の輝きよ! 大いなる流れとなりて、あたりに満ちよ! 全体回復魔法!!」
わたしは【回復魔法】で人質たちを回復させた。
《全体回復もできるのか》
《パーティ全員優秀すぎ》
《とりあえず大丈夫……かな?》
その後、状態異常回復魔法でひとりひとりの麻痺状態を解いていく。
「うう……」
「うぇぇぇん、しく、しく……」
「ありがとう……」
3時間も麻痺になっていたので、まだうまく身体が動かせないようだ。
「皆さん、もう大丈夫ですから。安心してくださいね」
頭から血を流していた人、槍で足を刺された人、そして、洗脳で自殺させられた井矢田さん――。
運がよかったのかもしれないけれど、結果的に死人はひとりも出さなかった。
これで夏目くんも、変な自責の念を持たなくて済む。
少しほっとした。
すると、ひとりの女性がわたしに近づいてきた。
「あの……、私、横手優花といいます。笹良橋さん、ですよね? 助けていただき、ありがとうございました……」
「ううん、気にしないで。わたしの【回復魔法】はこういうときのためにあるんだから」
「夏目さん、大丈夫でしょうか……?」
「……実は、わたしもわからないんだ」
「え……!? じゃ、じゃあ……」
「でもね……」
15階層への階段を見る。
そこには、たまちゃんが立っていた。
万が一のときには、迎撃するつもりなんだろう。
でも、その表情は――。
(少し笑ってる。夏目くんの勝ちを確信しているみたいに)
――わたしは、横手優花さんに言う。
「夏目くんはきっと勝つよ。夏目くんを一番よく理解している幼なじみが、勝利を確信してるのだから」
あんなふうに安心できない自分に、少しくやしい気持ちをいだきながら。
そのとき。
「う、ぐぐ……」
犯人にあやつられていた井矢田さんがその場に立ち上がった。
「大丈夫ですか? 無理はしないでください」
隷属のロープで操られていたときの記憶はあるのだろうか?
ロープの後遺症はないはずだけど。
すると、彼は。
「ぐ……、ここは……どこだ……? オレは、たしかスタッフとして横浜ダンジョンの入り口に……。ぐっ……」
「ほら、動かないでください。まだ痛みは完全にひいていないはず……」
「ん……? お前……講座のメンバーにはいなかった……。ぐ、そうか……。あのカスAランク、何か事故を起こしやがったな!! 頭を打ったのかオレは!! だから、記憶がなくて、救助隊がいて……!!」
「落ち着いてください、もう大丈夫ですので」
……たしかにこの人は厄介だ。
夏目くんがLINKをブロックするのも、うなづける。
「ぐ、ぐあああああああ!! クソ、クソが!! 失敗しやがったのかよ!! 50万は半額にしてもらったが、スタッフとして働かされたのに!! 何がAランクだ!! 講座のあとに夏目とタイマンの場をセッティングしてやるって言ってたろうがよ!!!」
《なんだコイツ》
《もとから異常者なのか?》
《おかしいぞ》
「あの落ち着いて……」
「夏目ェ!! オレの方が天才なんだ!! 証明してやる!! こんなところで止まってられるか!! 夏目みたいなカス!! 無能!! レベルアップしたオレには勝てな……」
そのとき。
パシィィィィィンッッッ!!!
「は…………!?」
横手優花さんが、思いきり井矢田さんを引っぱたいた。
「あ……」
突然のことだったので、止められなかった。
彼女は、ふるふると体を震わせて言った。
「私の……私のこーちゃん様を悪く言わないで!!」
「な、なんだ……お前……!!」
「こーちゃん様はあなたを助けてくれたんだよ! 罵倒するなんて信じられないっ!! サイテーだよ!!」
《そうよ、そうよ!》
《横手さん、泣いてるよ!》
《サイテー!!》
《先生に言うから!!》
《今のうちに謝って!!》
「な、なんだと……!!」
すると、助けた探索者たちが井矢田さんの周りに集まってきた。
「お、おい! みんな、この男、まだ洗脳が残ってるぞ!!」
「様子がおかしい! 正気じゃない!!」
「なんて魔道具だ!!」
「こーちゃんへの憎しみを植え付けられている!!」
「は? き、貴様ら……!?」
《そういうことなの!?》
《ヤバすぎ》
《国が所持禁止するのも納得》
《井矢田も被害者か……》
《かわいそう》
《どうする?》
《助けてあげなきゃ(使命感)》
「正気に戻れ!! オラ!!」
「ぐえっ!?」
井矢田さんは人質だった探索者に顔を殴られた。
「な、なんで……!?」
「ごめん、こうするしかないんだ!! 混乱を治すためにやってるんだよ!」
ドコ!!
「次はオレだ!! オレもこんなことはしたくない!! 井矢田! 目覚めろ!!」
ドスッ!
「ぐえ!? ち、違う、オレは……!」
「元のあなたに戻って!」
ドカッ!!
「うぐっ!!」
「オレたちは苦難をともにした仲間だ!! 見捨てたりしない!!」
ガスッ!!
「今のお前は最低だ! 言え、ボクは最低だ!!」
ドカッ!
「助けた人間には感謝する!! それが人の心だ!! 愛を取り戻せ!!!」
バキッ!
「あ、あの……」
声をかけるタイミングを失ってしまった。
洗脳なんかされてないはずなんだけど……。
すると、横手さんは。
「笹良橋さん、ここは私たちに任せてください! 井矢田さんは悪くないんです!! 悪いのは、あの犯人なんです!!」
「で、でも……」
「大丈夫です。つらい役目は私たちに任せてくださいっ!! ゾンビを素手で殴っていたころの井矢田さんは、まともだったんです!!」
「それは異常なんじゃ……」
「おい、井矢田! こーちゃんのことをどう思う?」
「夏目……、あんな、やつ……」
「異常検知!! 闘魂注入!!」
ドガ!!
「ぶえっ!?」
「井矢田、こーちゃんに感謝してるのか?」
「ぐ、なんで、オレが……」
「混乱解除!! 助けてやる!!」
ドコッ!!
「井矢田、こーちゃんはお前の何倍も優れている。認めるか?」
「い、いやだ……」
「まだ脳がバグってる!! 愛情一発!!!」
ドスッ!!
「井矢田、こーちゃんと張り合うな! 負けを認めるな?」
ドガッ!!
「う、う……」
すると、井矢田さんは。
「う、うぇぇぇぇん……。なんで、なんでだよぉ……。なんでオレは認められずに、夏目ばっかり……。うぇぇぇん、悔しいよぉぉぉ……」
「いいぞ!! そのまま洗脳に打ち勝て!!」
ドガッ!!
「うぇぇぇん……!」
「井矢田、もう一息だ!! 言え、こーちゃん、ありがとう!!」
「こ、こーちゃん、あり、あり……」
ドガッ!!
「井矢田さん!! 負けないで!! こーちゃん、最高!!」
「こ、こーちゃ、さいこ……」
「いいぞ!! 洗脳が溶けてきた!!」
ドスッ!!
「言え! 今の井矢田はクズ!! こーちゃんは最高!!!」
「う、うぇぇえええん!! 今の井矢田はクズ!! クズですぅぅぅ!! こーちゃん最高!! こーちゃん最高ぉぉぉ!!!」
「よくできた!!! 仕上げだ!!」
ドゴォ!!!
「な、なんで……。オレは嫌われて、夏目ばかり……。うぇ、うぇぇぇ……ん……オレはクズ、クズだったんだよぉぉぉぉ………」
バタッ……。
「なんで、こんな差、が………。…………」
井矢田さんは、気を失ってしまった。
「お、おい、お前ら……」
「ああ、最後! 井矢田、認めたな!!」
「井矢田さん……! やっと現実を見て……」
「よっしゃああああ!!! 井矢田、よくやった!! 洗脳に打ち勝てた!!」
「うおおおおおお!! 最高だ!!!」
「井矢田、最高!!!」
《イイハナシダナー》
《8888》
《映画化決定》
《よくやった、人質だったみんな!!!》
盛り上がる探索者たちを横目に。
「……まあ、命に別状はなさそうだけど……」
……夏目くんに絡んで騒がれるくらいなら、気を失ってた方が運びやすいのかも。
そんな、よくないことを考えてしまった。
さて……あとは。
夏目くんの勝利を待って、ここのみんなでおうちに帰るだけだ。