第87話 横浜ダンジョンを駆ける
「井矢田――すぐそこに行く。待ってろ」
「……こーちゃん、あたし……」
《こーちゃん!》
《タマちゃんも!》
《タマちゃん、怯えてる……》
《こーちゃんの服つかんで……》
《しかも「NK♡」ヘルメットかよ》
《まさか死ぬ覚悟なのか……?》
《ダメだよ……。そのヘルメットの意味は死ぬ前に話すものじゃない》
配信画面を見ると、槍を持った井矢田がこちらを見ていた。
『来たナ。ワタシの要求は覚えてるカ? 【空間転移】は使わず、ここまで来イ』
「ああ――言うとおりにしてやる。だから、その人たちに手を出すな」
『わかってイル。ワタシの望みはオマエと直接話すコト。それさえできレバ、コイツらに興味はナイ』
「行くぞ」
俺とおタマちゃんは横浜ダンジョンを駆けていく。
《速い!》
《さすが!》
《おタマちゃんはいつもより遅い?》
《十分速い》
《この状況下でいつもどおりの力は出せないだろ》
《ゾンビ来た》
「――むささめブレードっ!」
スパッ!!
《水の斬撃》
《一撃だ》
《強い、けど……》
《いつもの調子は出てなさそう》
《これで本当になんとかできるのか……?》
《こーちゃん頼む……!》
第2階層、3階層、4階層……。
俺たちは赤レンガでできたダンジョンを高速で攻略していく。
道中、おタマちゃんはほとんどしゃべらない。
事前の打ち合わせどおりである。
『ハハ、夏目、急ゲ。ひとりくらい気まぐレで殺しテもイイんだぞ』
「やめろ。すぐに行く」
走りながら2画面分割の配信映像を見る。
向こう側には井矢田が映っている。
主犯は姿を見せない。
確かに用心深いやつだ。
俺ひとりなら、あっという間に無力化される可能性もあった。
――でも、俺たちは4人。
《チーム・秘密基地》はパーティなのだ。
離れていてもつながっている。
4人なら――負けない。
どんな罠にも打ち勝ってみせる。
駆ける。
高速で駆けていく。
9階層、10階層、11階層……。
モンスターが出たら、おタマちゃんには戦わせずに、俺が一撃で敵を斬り伏せていく。
おタマちゃんの【刀術】と【水使い】は低階層でゾンビ相手に使用し、井矢田に見せている。
きちんと犯人に印象づけた。
ゆえに――仕込みはできている。
そして、13階層最後の部屋に至る。
『ハハハ、さすガだナ。夏目。20分もかからずにそこマデ来るとハ。ルートもよく調べてイル。正義感が強いナァ……。グズグズしてたラ人質が殺さレルとか思っテたのカ?』
「……その人たちに、手は出すな」
『わかっテイル。ワタシにとって、コイツらはどうデモいいゴミだ。無駄ニ殺しテ、オマエを怒らセル気はナイ。ワタシがしたいのハ、オマエとじっクリと話すコトだカラな』
《絶対うそだよ!》
《何か罠がある!》
《こーちゃん、どうするの!?》
《タマちゃん、泣きそう……。うつむいて……》
《勝てるの?》
『罠なんかないヨ。さあ、お話スルのが楽しみだナァ……』
人狼を倒し、14階層を進んでいく。
すると、扉で仕切られた部屋に行き当たった。
一度止まって、配信画面を見る。
すると……。
『そこデ止まレ。その扉の先ニワタシはイル』
《こーちゃん!!》
《ついに……》
《人質も心配だけど、こーちゃんとタマちゃんも心配……》
《なんとかなるの?》
《こーちゃん……、こーちゃんならなんとかしてくれる……!》
《ペンギンさんチームのボスを倒したときのスピードさえあれば……!》
《犯人を一瞬で確保するしかない》
《ドアを開けた瞬間が勝負》
『繰り返シだが、ワタシがしたいのハお話。お話に武器は必要ナイ。サア、ふたりとも武器を捨てなサイ。守らないナラ、この女を殺ス』
井矢田は、俺と握手した女性に槍を突きつける。
《ただの脅迫だよ》
《話をしたいやつが要求することじゃない》
《こーちゃん、どうする……?》
《無視して突入すべき!!!》
「…………」
カラン……。
俺とおタマちゃんは、武器をその場に置いた。
《こーちゃん、タマちゃん!》
《ダメだって!!》
《なんか罠あるよ!!!》
《人質はひとりくらい死んでもいいから、武器を持って突入するんだ!!》
《トロッコ問題だよ! ひとりぐらい見捨ててもオレはこーちゃんのことは責めない!!》
《こーちゃん、武器捨ててどうするんだよ》
『あア、いい忘れてイタ。ドローンで部屋を映セ。虫が出ていなイか見せロ』
「……わかった」
ドローンを操作し、俺とおタマちゃんの周囲を映す。
《カブトムシもクワガタもいない》
《いもむしとかも》
《本当に丸腰じゃん》
《いける? いけるの?》
《こーちゃん、どうするの!?》
《タマちゃんもできることあるの!?》
《あああああああ、心配で見てられないよぉぉぉぉ!》
『よシ、問題なさそうダナ。じゃア、中に入レ。女が先、夏目が次ダ。ゆっくりと、あせらずニナ……!』
「……おタマちゃん」
おタマちゃんは、こくんとうなずき、前に歩いていった。
そして、ドアを開ける。
ギィィィィ……。
コツン、コツン……。
ゆっくりと部屋の中に歩いていく。
俺もおタマちゃんに続いて、部屋の中に入る。
そこには、槍を持った井矢田がいて――。
「ヤア、夏目。そこで止まっテくれ。話というのハ……」
「――【魔眼】発動。《拘束封印》」
(あ……)
ドクンっ!!!!
ゾッとする感覚が身体を駆け巡ったかと思うと、指先ひとつ動かせなくなった。
(これは……?)
《ふたりともどうした?》
《なぜ動かない?》
《あれ、いつの間にか仮面の男が……!?》
《誰だ?》
《なんで動けるの? まさか共犯かよ!!》
おタマちゃんも俺と一緒の状態か?
そんなことを考えていると、白い仮面をつけた男が俺たちの前に歩いてきた。
コツ、コツ……。
黒い鞘に入った剣を腰につけている。
立ちふるまいに隙がない。
雰囲気からわかった。
こいつは、ファーストペンギンズの人たちより実力は上だ。
「ククク……。動けないだろう? 俺のスキルを死角からくらったのだからな。テーブルにつく前に仕込みが終わっている。それが一流の仕事だ」
「お前は……誰だ?」
「ん……? 夏目よ、会話ができるほどの抵抗力があるのか……。なら、急がないとな。おい、井矢田」
「はイ」
「――腹に槍を刺して自害しろ。そして、死ぬ前にロープをオレに返せ。汚らしい血はつけるな」
「はイ」
すると、井矢田は槍の切っ先を自分に向け、グサッと突き刺した。
「ガ……」
《ひえっ!》
《なんで!?》
《洗脳?》
《ネックウォーマーの下にあるロープなに?》
《洗脳のマジックアイテム?》
《隷属のロープだ!!! むかし日本でも見つかったっていう!!》
《井矢田を捨てて、こーちゃんを洗脳する気か!?》
「グ、ガァ……。ロープをお返シ……しまス」
ドサッ!
井矢田は仮面の男にロープを渡すと、腹の槍を抜き、床に倒れ込んでしまった。
血溜まりが広がっていく。
このままだと長くないだろう。
(井矢田――)
「ククク……ハハハハハッッ!! オレの勝利だ!! オレの時代が来る!!! オレは裏の世界の王になれる!!!」
仮面の男は勝利を確信して笑った。
たったひとりで。
その他の探索者は倒れたままだ。
ああ、これで確信できた。
こいつはひとりだ。
単独犯なら――。
「さあ、夏目。お前はオレのパートナーだ。オレと一緒に世界を盗ろう。とりあえずここから出るぞ」
男はロープを手に取り、俺に近づいてくる。
《ヤバい》
《こーちゃんが洗脳されちゃう》
《タマちゃん! 動けないの!??》
「だ、だめ……」
「ク……、女。お前と夏目が会うのも最後だ。話せるだけの余力があるなら、別れの言葉でも言っておけ。ハハハハハ……!」
「そんなのダメ……。こーちゃんを連れていかないで……。だって、こーちゃんは、小さいころから一緒にいて、やっとパーティになれて……」
「フ……別れのあいさつが泣き言とは……。残念だったな、夏目。だが、それもどうでもよいな。どうせお前の意思は今後なくなるのだから……」
「やめてよ……。こーちゃんはあたしの大事な人で……。あたしの夢はこーちゃんと一緒にいることで……。う、うう……」
《タマちゃん……》
《頑張れ!》
《なんとかできないの!!?》
《こーちゃん!!!》
「お、おタマちゃん……」
「あたしの夢はぁ、こーちゃんとラブラブちゅっちゅして、こどもは3人いて、男の子がふたりで女の子が……」
「な……!?」
そのとき、仮面の男はおタマちゃんの顎に手を当て、顔を引き上げた。
「――お前は、誰だ?」
その瞬間、俺は赤い【糸電話】を通して空間の裂け目にメッセージを送った。
『おタマちゃん、聞こえるか? 敵はひとり! しーちゃんの予想どおり【魔眼】使いの男!! 視界に入ると動きが拘束されるから、対角線上に位置をとってくれ!!』
『りょーかい、こーちゃん!!』
シャクシャクシャクシャク……!
男に対して、まなみんは言う。
「けけ、アタシは環よぉん……。長年の付き合いをもとに、【変身願望】スキルで再現した……。って、お前の【魔眼】を食らってからスキルは封印されてたからな。今はただのモノマネだよ」
「ちょっと、まなみん! あたし、そんなんじゃないよ!! むささめブレードっ!!!」
「な…………」
ズバッ!!!
おタマちゃんの水の刃は、男の仮面を斬り裂き、横浜ダンジョンの壁に当たって弾けた。
男の視線から外れた瞬間、身体が動くようになった。
それは、まなみんも一緒のようだ。
「【ドレスチェンジ】からの【闇魔法】ブラックヴェール!!」
黒い霧がかかり、俺たちへの視界を制限する。
「チ……!」
タッ!
男が俺たちから距離をとる音が聞こえた。
『こーちゃん、犯人は壁際に逃げたよ! 共有できてる?』
『ああ、問題ない! 俺はこっちに行く!!』
【糸電話】で視界情報を共有しながら、犯人を追い詰めていく。
【糸電話】という名前の割に視界まで共有できて、すごいスキルである。
暗闇の中、まなみん改めハーミット様が言う。
「ここまでの賭けは我らの勝ちのようだな。【レンタル】スキルと《ワームホール》のコンボによる奇襲だ。ダンジョン・ホーテのクジでは爆死したが、ここでは負けぬぞ」