第86話 【視点変更あり】横浜ダンジョンへ
「夏目さん、さあ、こちらへ」
「は、はい……」
佐野・藤岡インターチェンジの管理事務所に車を停めて、ダンジョン管理省が用意した車両に乗り換える。
ミニバンを改造したもので、後部座席で会議ができるような仕様になっていた。
俺たち3人は後部座席に乗り込み、シートベルトを締める。
「――では、いきます。御用の際は壁のマイクを使ってください」
運転手さんはそう言って、ドアを閉めた。
ウー……。
パトカーがサイレンを鳴らし、俺たちの車両を先導する。
後方にも警察車両が連なっている。
護衛つきで案内されていくなんて、総理大臣みたいな扱いである。
「なんか緊張するな……。まなみん、あの作戦、本当にいけるのか?」
「まなみんが失敗したら終わりなんだからね」
「けけ、失敗なんかするかよ。アタシはお前らのことを子どものころから知ってるんだからな」
「なんかうさんくさいんだよねぇ……」
「てか、犯人は本当に《ワームホール》でダンジョン外に出られるって気づいてるのかな?」
「ああ、それは間違いないぜ。ダンジョン内での立てこもり、【空間転移】の余力を残すよう監視するような条件……。犯人はこーちんを洗脳したあと、いもむしを使って逃亡するつもりなんだろうさ」
「そうか……」
みすみす罠に飛び込んでいくような構図だが、逃げるつもりはない。
まなみんの作戦が成功するなら、罠にはめるのは逆に俺たちだ。
「けけ、たしかに犯人はアタシたちのことをよく研究してるよ。配信で見せた情報の範囲内で、だけどな。それにヤツはこーちんの成長速度を理解していない。それが弱点だ」
「あとは、犯人の能力と共犯の人数だけど……」
「今ごろ、しーちゃんが頑張ってるんだよね……」
「ああ、しーちゃんは頼りになるからな。何かつかんでくれるはずだ」
「けけ、報酬5千万円の配分を決めなきゃな」
「まなみんはまったく……。まあ、あたしも負けるつもりはないけど」
そうして、俺たちを乗せた車は、東北自動車道を南下していく。
☆★☆
「笹良橋探索官、横浜ダンジョンの入場記録です! 13時20分頃に16人がまとまって認証した記録あり! 被害グループと思われます!」
「ありがとう、高橋さん。このグループより先に15階層以降に行ったパーティはありそうですか?」
「いえ、本日は該当なしです!」
「そっか……。じゃあ、ほかのパーティと連携するのは難しそうですね。わかりました、悪いけど、引き続き個々の探索者情報確認をお願いします」
「はい!」
――ダンジョン管理省、ダンジョン災害対策室。
正面には大型モニターがあり、側面にはホワイトボードが立ち並ぶ部屋で、わたし――笹良橋志帆は、横浜ダンジョン立てこもり事件の情報収集を行っていた。
わたしは、受け取ったばかりのダンジョン入場記録を確認する。
「平野さん、谷口さん、中山さん……」
記録には、探索者ランクと氏名が書いてある。
「……やっぱり」
Dランク探索者が16人。
夏目くんが言ってた井矢田さんという名前はない。
「――他人の免許で入場している人がいる」
探索者免許の顔写真と照合させれば、ある程度は容疑者をしぼれるだろう。
ただ、倒れている人の何人かは「認識阻害化の仮面」をかぶっており、個人が特定できない。
仮面の人物は、合計4人。
誰が主犯なのか。
また、共犯がいるのか、ただ巻き込まれただけなのかもわからない。
でも……。
(できるだけ選択肢をしぼってみせる……。わたしたちのつながりを守ってくれた夏目くんを守りたい……! それに夏目くんのせいで誰かが死んだとは言わせない!)
「笹良橋探索官、頼まれていた資料です!」
「あ……。ありがとう、武田さん。大変だったでしょう」
「いえ、こんなに楽な仕事はないです。情報がある限りで《《夏目探索者に戦闘で勝てそうな探索者》》のリスト作成。はっきり言って、該当者は数えるほどしかいませんから」
「それは武田さんが優秀だからだよ。ありがとう。すぐに頼んで悪いけれど、今度はこのメモののとおり調整をお願いしてよいかな?」
「はい!」
ふたつのルートで情報を調べていく。
条件から逆算して容疑者候補をしぼったほうが、特定がはかどるかもしれないという考えによるものだ。
「アーネスト・ガーフィールド、ガブリエル・リュール……。なるほど、これは確かに……」
超有名探索者リストだ。
ある意味、リストアップは簡単だろう。
国内の探索者については、3人しかリストアップされていなかった。
「あ、裏にも資料が付いてる」
日本国籍を持つ人の分は、探索者情報まで取り寄せてくれたらしい。
たいへん助かる。
「王路龍牙、四条桜花……。東西のトップだね」
ふたりとも人格者で通っているし、夏目くんをさらわなくても、すでに大成功している。
リスクを冒す必要もないだろう。
そして、最後のひとりの資料を見たとき。
「あ――」
わたしは、直感的に確信した。
「このひと、もしかして――」
名前:蛇道錦
ランク:A
登録スキル:【魔眼(拘束封印)】、【テイマー】、【剣術(真)】
備考:違法賭博開帳により探索者免許剥奪の経過あり。
☆★☆
――17時40分。
「そろソロ時間でスね。夏目探索者が来なかったときに殺す人間を決めておきましょうか」
井矢田さん――いや、井矢田は槍を床にカラカラと引きずり、私たちを眺めた。
そして――。
「あなタにしまショウ。泣いてイル女性――世間の注目ヲ得るのニ、効果的デスからね」
(え……)
槍の切っ先は、私――横手優花に向いた。
(や、やだ……。やだよ……)
うまく声が出ない。
3時間も立つのに麻痺は回復しない。
(死にたくない……、死にたくないよっ……)
「最後にお顔ヲ映して上げまショウ。お父サンやお母サン、お友ダチが寂しくナイように……」
(あ……)
配信用のドローンが、私の顔の高さまで降りてきてホバリングする。
《やめて!》
《殺すな》
《やめろ!》
首は動かないのに、涙が止まらない。
怖い。
この人が何を考えているかわからない。
やがてドローンは宙に戻っていく。
「お別レは済みましたネ。それデは、あと2分ありマスから、余生を楽しんデ」
瞳の前に、槍の切っ先が突きつけられる。
(やだ、やだよ……。ほんとにこれでおしまいなの……? 死にたくないよ……。私がバカだから、死ななくちゃいけないの……?)
《こーちゃん!》
《こーちゃん、頼む》
《助けてあげてよ!》
(助けて……!!)
そのとき、配信画面から機械音声が流れた。
《チャンネル同期申請があります。
――ID:gekko-ko-channel。許可しますか?》
井矢田はニヤリと笑い、
「やはり来たナ……!」
端末を操作した。
すると、端末から声がした。
『井矢田――言われたとおり来たぞ。おタマちゃんも一緒だ。その人に手を出すな』
それは、新宿ダンジョンで聞いたことのある優しい声だった。
(こーちゃんさん……!)
私のヒーローが、私たちを助けに来てくれた。
《こーちゃん!!》
《こーちゃん!!》
《頼む、助けてあげて!!》
《タマちゃんも頼む!!》