第85話 【視点変更あり】横浜ダンジョンでの陰謀②
横浜ダンジョン第14階層。
私――横手優花は、後方から矢を放った。
グサッ!!
私の矢は、5m先にいた人狼に突き刺さる。
パチパチと井矢田さんが拍手をする。
「お見事でス。さテ、これで全員攻撃しまシタね。では、とどめとイきマしょう。Aさン、お願いしマス」
「…………」
無言のまま、Aランク探索者さんはワーウルフを斬り捨てる。
ワーウルフは地面に倒れ、黒い魔素になって消えていく。
「おい、オレもうレベル11になったぜ」
「オレも強くなれたよ。参加してよかったよ」
「…………」
結局、14階層まで特段の問題もなく到着できた。
いや、問題がないどころじゃない。
至れり尽くせりといったところで、参加者へのサービスはかなり良かった。
Aランク探索者さんは、モンスターを一瞬で無力化し、参加者に攻撃するタイミングを作ってくれた。
私たちを連れて、しかもノーダメージでここまで来れるくらいだから、相当の実力者なんだろう。
(考えすぎ……だったみたい)
井矢田さんの様子はずっと変だけど、もとからああいう人だったのかもしれない。
だとしたら、悪いこと言っちゃったかな。心のなかで、だけど。
そうして、私たちは先に進んでいく。
14階層奥の扉を開けると、下りの階段以外、なにもない部屋があった。
井矢田さんが前に出て、私たちに呼びかける。
「皆サマ、お疲レ様デス。次――15階層はボスフロアでス。ボスの討伐ヲ持って、コノ講座は折り返シ地点となりマス。この部屋はモンスターが出現しまセンので、不安のあル方はここで待機してくだサイ」
「不安なんかないぜ!」
「Aさん、またお願い!!」
「爆速成長!!」
「…………」
参加者の興奮は、最高潮になっている。
とはいえ、私も人のことは言えない。
(ボス討伐パーティにはまとまった経験値が入る……! 私も強くなれる!)
Aランク探索者さんは、信頼できる方だ。
少なくとも実力はたしか。
彼が大丈夫だと判断しているなら、この講座自体問題はないのだろう。
「デは、皆サマ、ボス戦にはゴ参加というコトで……。それデは、主催者から差し入れがありマス。お疲れでショウから。こちらにお集まりくだサイ」
「え、何?」
「食べ物?」
(なんだろう……?)
井矢田さんはまず自分が何かを口に含んだ。
そして、Aランク探索者さんを除く全員が集まった瞬間。
「――コチラが差し入れの、魔女の麻痺薬でス」
「――っ!!」
小さな袋を地面に叩きつけた。
「うっ……」
バタッ!
(痛い……)
身体が動かない。
ほかの参加者も同じようだ。
15人の集団が赤レンガの床に倒れ、うめいている。
中には頭から血を流している者もいる。
井矢田さんとAランク探索者さんだけが、その場に立ち尽くしていた。
(なんで……、どうして……?)
そして、頭上からキィィィンという高音が聞こえる。
ダンジョン配信用のドローンカメラだ。
Aランクさんは私たちの近くに来ると、私たちと同じように横になった。
倒れたわけじゃない、あれは倒れたフリだろう。
(え……? どういう、こと……?)
井矢田さんは端末を操作して、配信を始める。
そして、ひとりで話し始めた。
「緊急信号を受信シた探索者協会の皆サマ。コチラは横浜ダンジョン14階層でス。私から要求がありマス。ダンジョン管理省と調整シ、今話題の夏目光一探索者を現地に派遣してくだサイ」
端末に入った音声読み上げソフトが、コメントを音声に変換する。
《【公式:探索者協会】緊急ならば状況を説明してください。いたずらであれば接続を切断します》
「イタズラではありまセン。本気でス。ご覧くだサイ」
井矢田さんは地面に落ちた槍を拾った。
そして、倒れていた男性探索者の足に突き刺した。
「ぅ、グァァ……!」
麻痺状態にある男性からは、うめき声のような悲鳴が発せられた。
「ぁ、ぁぁあ……」
(や、やだ……)
恐怖のあまり、頭がまっしろになる。
井矢田さんは血に濡れた槍をドローンカメラにかざす。
「冗談ではありまセン。今から3時間以内に夏目探索者を派遣しなサイ。30分遅れるごとに、ひとりずつ殺しマス」
《【公式:探索者協会】何をしているんだ、やめろ》
「貴方ガタと話をするツモリはありまセン。ダンジョン管理省に伝えなサイ。夏目探索者を横浜ダンジョン14階層に派遣するコト。あわせて条件がありマス。ひとつ……」
☆★☆
「はぁ……食べ過ぎた……」
「まなみん、ビッくまポンの景品、本当にいるの?」
「は、いるだろ? それに当たるまでやるのがアタシの流儀だよ」
「最後の皿を食べたのは俺だけどな……」
俺たち――《チーム・秘密基地》地元残り組の3人は、回転寿司チェーンから外に出た。
まなみんにうながされるまま山のように寿司を食べたので、お腹いっぱいである。
まなみんは、回転寿司を食べた量に応じて引けるクジの景品がどうしても欲しかったらしい。
珍しくまなみんからお誘いがあったかと思ったら、こんな下心があったとは……。
「はぁ、いい1日だったぜ」
「まったくまなみんは……。てか、まだ3時前だよ?」
「このままアウトレットでもいくか?」
「え、いいの? こーちゃん!」
「アタシは帰りたいな。ビッくまポンゲットしたし……」
そんな話をしていると、俺のスマホに着信があった。
「こーちゃん、どうしたの?」
「いや、親から電話だ。なんか買ってこいとか言われるのかな……。みんなは車乗ってていいよ」
車の鍵を開け、着信をとると。
『ちょっと光一!! あんた、テレビ見た?』
「テレビ? なんで? 出先だから見てないよ」
『あんた、犯罪者から呼ばれてるみたいだよ! 行く必要ないからね!!』
「は……?」
いったん電話を切って、状況を調べることにした。
車に乗り込むと、エンジンをかけ、ラジオをつける。
「どうしたの、こーちゃん?」
「いや、よくわからないんだけど、犯罪者が俺を呼んでいるとか……?」
「……これだな」
まなみんがスマホに探索配信画面を映す。
すると……。
『ワタシの要求についテは、夏目探索者に届クよう報道するコト。繰り返シだが、ワタシは夏目探索者とお話ガしたいダケ。無闇に人質を殺シたいわけではなイ』
「は……? 井矢田……?」
なんでアイツが……!?
てか、なんでダンジョンに?
「こーちゃん、知り合い?」
「まあ……」
二度とかかわりたくなかったが。
「職場の同僚……だった。今はLINKブロックしてる」
「こーちゃんがそこまでするんだから、よっぽどイヤなヤツなんだね。なんであんなこと……?」
「……まったくわからん」
状況がつかめないままラジオの臨時ニュースを聞いていると、今度はしーちゃんから電話がかかってきた。
『もしもし、夏目くん? 横浜ダンジョンのニュース見てる?』
「ああ。でも、いま配信画面を見たばかりだ。状況はつかめていない」
『うん、じゃあ、簡単に説明するね』
「ありがとう。ちょうどおタマちゃんとまなみんもいるから、スピーカーモードにさせてもらうよ」
犯人の要求は以下のとおりだった。
・17時45分までに夏目光一を横浜ダンジョンに派遣せよ。
・同行者として【刀術】使いの栃木県探索者協会の女を連れてこい。
・1階層からはダンジョン配信を行い、探索風景を公開すること。映像は本アカウントと連携を行い、画面共有をすること。17時45分までに共有が確認できない場合、人質をひとり殺す。
・14階層までの間【空間転移】スキルは使用してはならない。また、14階層到達時点で【空間転移】を使用するだけの余力を残しておくこと。条件が守られなかったら、人質を殺す。
・横浜ダンジョンには一般探索者が入れないようにすること。邪魔する者は殺す。
・この配信を非公開にすることは許されない。
「あたしも呼ばれてるんだ……」
『夏目くん、あの犯人と知り合いなの?』
「まあ……」
俺はしーちゃんにも井矢田のことを話した。
会社の同僚だったこと。
おそらく探索者として活動を始めたのは最近であること。
様子が少し変なこと。
すると、しーちゃんは。
『やっぱり……』
「何かわかったのか?」
『うん。たぶんだけど、あの人は洗脳を受けている。ほかに黒幕がいて、夏目くんを罠にはめようとしている』
「黒幕?」
『うん、倒れているひとのうちの誰かだと思う』
「なるほど……」
井矢田の後ろを見ると、15人くらいが倒れている。
みな動けなくなっているようだ。
一番前に倒れて、泣いている女性には見覚えがある。
あのひとはたしか、新宿ダンジョンで俺と握手した――。
『夏目くん、何分かしたらダンジョン管理大臣が夏目くんに電話をすると思う』
「大臣? テレビによく出てる人だよな?」
『うん、大臣は夏目くんに救助依頼をするつもりみたい。大臣は夏目くん派遣が最適解だと思っているようなの』
「……それって、こーちゃんに何とかしろってこと?」
『……大臣は、夏目くんを次期トップ探索者だと評価しているから』
「洗脳されるかもしれないのに?」
『うん……。だから、断ってもいいんだよって、夏目くんに言おうと思って……』
「…………」
配信画面を見る。
足から血を流している男性。
頭を打っている男性。
泣いている女性。
他人ばかりではあるけれど。
――俺が逃げたせいで誰かが死んたら、一生の後悔になる。
それに、井矢田……。
アイツがいる以上、俺がけりをつけなければならない。
根拠はないけど、そう思った。
「しーちゃん。この対処は俺がやりたいと思う。でも、おタマちゃんは巻き込みたくない。おタマちゃんが一緒じゃなくてもいいように交渉を――」
「――そんなの、ダメだよ」
「え……」
おタマちゃんは俺の手をぎゅっと握り。
「こーちゃんをひとりじゃ行かせない。あたしだって、こーちゃんを守りたいんだから」
「でも……」
おタマちゃんを危険な目に合わせるわけには……。
「けけ、いいじゃねーか。仲がよくて」
「まなみん、今はふざけてる場合じゃ……」
「なあ……」
まなみんは急に真面目な顔になり。
「……こーちんは、なんでたまたまが犯人に呼ばれているかわかるか? 犯人が何を恐れているかわかるか?」
「おタマちゃんが呼ばれた理由?」
正直わからない。
おタマちゃんも弱くない。
俺一人の方が相手しやすいだろうに、なぜおタマちゃんを同行させるのか。
すると、まなみんは。
「――アタシにはわかる。この犯人は注文が多すぎるからな。だから、こいつの裏をかく方法もわかった」
「裏を……?」
電話口のしーちゃんも続く。
『わたしも犯人が警戒していることはわかるけど……。裏をかくことなんてできるの?』
まなみんは、にやりと笑い。
「ああ、できるぜ。アタシたちパーティならな。賭けにはなるが、ビッくまポンより勝率は高いはずだぜ」