第84話 【第3者視点】横浜ダンジョンでの陰謀①
私の名前は、横手優花。
秋田県出身、21歳。
東京の大学にかよう学生であり、新宿ダンジョン1、2階層を主戦場とする探索者でもある。
最近の自慢は、新宿ダンジョンの1階層で、あの有名探索者のこーちゃんと握手したこと。
上位の探索者には威張っている人も多いと聞くけれど、こーちゃんは気さくに応えてくれた。
正直に言って、すごくうれしかった。
太田ダンジョンでの救出動画や、宇都宮ダンジョンでのAランクパーティ認定試験のときと、まったく変わらない様子。
前からファンだったけれど、実物を見てさらに好きになった。
でも……。
「こーちゃん!」
「夏目くん」
「夏目よ」
こーちゃんの周りには、素敵な女性が3人もいた。
ひとりはゴーストナイツを一瞬で斬り伏せられる実力者だし、ひとりは国の探索官だし、最後のひとりはあのハーミット様だ。
新宿ダンジョンで実際に会って、わかった。
あの人たちは強いだけでなく、性格もよさそうだった。
レベル3で、いつまでも新宿ダンジョンの低階層にいて、うじうじしている私なんかとは違う。
こーちゃんの隣にいるべきは、ああいう人たちなんだ。
そう気づいた日、私は涙で枕を濡らした。
「うぇぇぇん、私なんて、私なんてぇ……」
たしかに【弓術】と【観察眼】のスキルはあるものの、それだけ。
ゴブリンが近寄ってくれば必死に逃げて距離を取り、なんとか遠距離攻撃で倒せる程度。
大学の同級生には、2年のときから就業体験にいそしんでいる子もいる。
進学を希望している子は、山のような本を読んでいた。
私のように、たいした才能もないのに探索者ごっこをしているものは「意識が低い」と言われてもしょうがない。
でも……。
私は、こーちゃんを好きになってしまった。
いつも楽しそうに探索をしていて。
大切なときには、きちんと実力を見せて。
あんなふうに生きられたらいいなと思う。
そうして私は、探索者という生き方に憧れをもってしまった。
こーちゃんと同じ道にいたい。
たとえ、振り向いてもらえなくても。
せめて、こーちゃんパーティにいる女性みたく素敵になりたい。
そんなふうに、思ってしまった。
理想との距離に涙がこぼれる。
生まれ変わりたい。
「私も……強くなりたい」
そう思ってスマホで色々と検索したところ、SNSでひとつの投稿を見つけた。
●Aランク探索者と行く!パワーレベリング講座
【対象者】強くなりたい探索者(レベル不問、Dランク以上の探索者免許所有者)
【日付】5月28日 13:00〜
【場所】横浜ダンジョン(桜木町駅集合)
【講師】有名Aランク探索者
【概要】君も一流探索者にならないか?
ソロで渋谷ダンジョンの20階層まで到達できる探索者の引率のもと、横浜ダンジョンの15階層でレベル上げをしよう!
何もしないで同席するだけでも、驚きの経験値が君に!
【参加費】50万円
【定員】15名(残りわずか!)
☆★☆
――5月28日。
横浜市・桜木町駅前。
15名程度の一団が、駅前の広場に集まっていた。
「皆様、お集まりいただけましたか?」
もう初夏だというのに首にネックウォーマーを巻いた人が私たちに呼びかけた。
「私は運営補助の井矢田です。本日はパワーレベリング講座へのご参加ありがとうございます。講座中は私の指示をよく聞いてください。指示に従わない場合、命を落とす可能性もあります」
この人が主催者なのかな?
口調は丁寧だが、ガラが悪そうだ。
「あのー、あなたがAランク探索者の方ですか?」
参加者から質問が飛ぶ。
すると。
「いえ、私はただの同行スタッフです。引率の探索者はこの方になります。Aさんとお呼びください」
彼の後ろにいた、白い仮面をつけた人が一礼する。
なんだろう、あの仮面。
明らかに怪しいはずのに、そう思えない。
なぜか印象がボヤける。
あの人は男性だとは思うけれど、確信が持てない。
ダンジョン産のアイテムなのだろうか?
井矢田さんはカバンを開けて、参加者に呼びかけた。
「事前に連絡しましたとおり、希望者には個人情報保護の仮面を貸し出します。名前を呼びますので取りに来てください。谷口さん……」
「はい!」
名前を呼ばれた方は前に出て、Aランク探索者がつけているのと同じ仮面を受け取る。
ああ、あれが個人情報保護の道具って言ってたやつなんだ。
借りるのに5万円するやつ。
値段相応の機能はありそうだ。
「さて、横浜ダンジョンは赤レンガ倉庫の近くにあります。壁材の雰囲気から、赤レンガダンジョンとも呼ばれていますね。徒歩で移動しますので、私に着いてきてください」
☆★☆
横浜ダンジョンに入ると、井矢田さんは後ろに下がった。
その代わり、仮面のAランクさんが前に出た。
「…………」
彼は何も言わない。
後ろから井矢田さんが言う。
「戦いはあの方が行いまスが、Aランク探索者なのデ戦闘能力はバツグンです。最初の戦いブリを見テ、ご不安があル場合はお帰りにナッテモけっこうですヨ?」
「……?」
ダンジョンに入ってから、井矢田さんの様子がおかしいような?
「どうカしまシタか?」
「いえ、なんでも……」
気のせいかな。
まあ、それより。
仮面の人は黒い鞘に入った剣を持っており、かなり強そうな雰囲気がある。
私の横の女性も、同じ感想を抱いたらしい。
「あの人、なかなか頼りになりそうね。ひと言もしゃべらないのが気になるけれど」
「そうですね。パワーレベリング講座自体、グレーな行為のようですから、身バレを気にされているのかもしれませんね」
「あるいは、お話がニガテなだけかもねぇ。自分が話さなくてもいいように、井矢田さんをサポートにつけているみたいな」
「ふふ、その可能性も……」
そのとき、井矢田さんが大きな声を出した。
「皆さマ、モンスターが出現しまシタよ! まずは静カニ!!」
「え……!?」
「キャアッ!」
前を見ると、ゾンビが一体出現していた。
横浜ダンジョンでは、アンデッドや悪魔など西洋のホラー映画に出てきそうなモンスターが多い。
開港の地であり、外国人居住者が多かった影響なのかもしれない。
ゾンビは、のたのたと近づいてくる。
だが――。
「あれ……?」
Aランクさんの目の前で、ぴたりと動きを止めた。
「な、なんで……?」
ざわざわと参加者がどよめく。
すると、井矢田さんが前に出て、小さな袋を上に上げた。
「モンスターはできルだけAさんが無力化しテくれマス。私がここに持っているのと同ジ、魔女の麻痺薬を使用して……」
「え……?」
そんな薬を使った様子はなかったけど……。
目にも止まらぬ速さ、というやつかのかな。
「追加経験値が欲しイ方は、ぜひ攻撃に参加くだサイ。こうやっテ……」
井矢田さんは、素手のままゾンビの顔を殴り飛ばした。
ニチャッ!
「ひっ――」
ゾンビは床に倒れたが、ピクリとも動かない。
黒い霧にはなっていないので、まだ生きてはいるようだ。
「い、井矢田さん……、大丈夫なんですか?」
井矢田さんのこぶしは、イヤな汁で汚れている。
しかし。
「えエ。大丈夫ですヨ。動きまセンから」
「あ、いや、そういう意味じゃ……」
「よし、オレにやらせてくれ!! 新品のヤリの強さを見せてやる!」
「オレもだ!!」
「あ――」
私の後ろから参加者が前に出て、ゾンビに攻撃を加える。
横を見ると、先ほどまで話していた女性が杖をだしていた。
「皆サマ、落ちつイテください。順番で行きまショウ。今回は前のお二人、次はその後ロのお二人が攻撃すル順番にしマス!」
「オラ! 死ね!」
「参加費50万のもとを取らなくちゃな!!」
袋だたきにあったゾンビは、黒い霧になって消えていく。
「はあ、はあ……」
「チ……、まだレベルは上がらねーか……」
「次はあたしよ!! ぶっ殺して人生変えてやるんだから!!」
(あ……)
そのとき、私は気づいた。
――私は、こんな講座に参加すべきではなかったのかもしれない。
異常な参加者。
しゃべらない引率者。
そして、変な様子の同行者。
特に気味が悪いのは井矢田さんだ。
(まるで心が壊れているような……、あるいは誰かに操られているような……。ゾンビを素手で触っても大丈夫なんて、信じられない)
もし本当に操られているのなら。
そんなスキルが実在しているのなら。
あの仮面のAランク探索者は、いったい何をたくらんでいるのだろう――。
(パワーレベリング講座の主催者として、井矢田さんを偽装する……? それしか考えられない。けど、なんかすっきりしない……)
今からでも帰ろうかと思った。
けれど。
(もう50万円払っちゃったし、自己都合の不参加じゃ返ってこない……。こどもの頃からの積み立て預金……)
取り返しがつかない費用という、大学で習ったばかりの経済学用語が頭をよぎる。
でも。
(このまま参加しよう……。気持ち悪いとか、違和感とか、根拠のない理由じゃ後にはひけない……)
私は右手でぎゅっと弓を握りしめた。
胸にかかえた、不安を押し殺しながら。




