第82話 みんなで宝探し②
「捕まえ方はわからなかったけど、名前はわかった。霊魂蝶プシュケーだって」
「プシュケー? それって、もしかしてギリシャ神話の……」
「しーちゃん、知ってるのか?」
「うん。プシュケーは蝶の翅をもつ女神の名前だよ。でも……」
しーちゃんは少し考えて。
「……ごめん。蝶々としての捕まえ方はわからない」
「わかった、ありがとう。とりあえず普通に捕まえてみる」
俺はしーちゃんに眼鏡を返した。
考えてみれば、ヘラクレスだアトラスだと、神の名前がついた虫もいる。
それと同じようなやつなんだろう。
「こーちゃん、捕まえないの?」
「今いく!」
青く発光する蝶は、相変わらず木の幹にとまっていた。
「――魔生物捕獲ネット・Lv2」
俺は異空間から虫取りアミを呼び出した。
先日レベルが上がったため、ネットの色がむらさきから緑色へと変わっている。
ナナフシのスキル【気配遮断】を使いながら、できるだけ音を立てないように、青く光る蝶に近づいていく。
そして。
「やっ!!」
ぱすっ!
完全に捕まえられたタイミングだった。
しかし。
「お、おい、こーちん! どこにいる!? 蝶がこっちにワープしてきたぞ!」
「まなみん、こーちゃんはここにいるよ! 気配が薄いけど……」
「すごい……。眼鏡がないと、見てても認識できない……。夏目くん、また強くなってるんだね……」
「悪い、みんな。しばらくこの状態でいるぞ」
俺はまなみんの方に歩いていく。
この蝶々も、前に捕まえたエメラルドグリーンの蝶と同じく、回避スキル《蝶の舞》が使えるのだろう。
いかにも上位互換といった雰囲気だ。
幻想の蝶は、まなみんの傍の木にとまっていた。
「せいっ!」
シュンッ!
「わ、夏目くん! 今度はこっちに!」
「こーちゃん、これ捕まえられるの?」
「大丈夫なはずだ。とりあえず後2回だと思う! やっ!」
シュンッ!
「こーちん、アタシのほうに来たぞ!」
「ああ、これ、夏目くんが使ってる回避スキルと同じ挙動だ……」
「こーちゃん! 4回目!」
「任せろっ! せいっ!」
ぱすっ!
そして。
――ボワンッ!!
「捕まえたか……!」
「わくわくするね、こーちゃん!」
「ああ」
虫取りアミを上げる。
すると。
「……あれ?」
そこには、小さな木箱が残されていた。
暗くてよく見えないが、魔石が出ていない。
「――《蛍のあかり》」
スキルを使って、あたりを照らす。
やはり魔石は出ていないようだ。
それに、新しい虫を捕まえたというのに、図鑑が出てこない。
捕獲判定がされていないのだろうか?
「こーちゃん、その箱なに? 小さな宝箱みたいだけど」
「金目のものか? ダイヤの指輪くらい入っていてくれ……!」
「ったく、まなみんは……」
おそらく、ダイヤの指輪のような普通のアイテムは入っていないだろう。
魔石化しなかった秘密と関連するような中身のはずだ。
まあ、開封一択だよな。
俺は箱の留め金を外すべく、指をかけた。
そのとき。
「ダ、ダメーーーーーーっ!!」
「わ!」
しーちゃんの大きな声が響いた。
「え、え? どしたの、しーちゃん?」
「びっくりしたぜ……」
しーちゃんは俺に近より、眼鏡ごしに小箱をじっと見る。
そして、ぽつりと言った。
「やっぱり……」
「しーちゃん、何かわかるのか?」
「うん。【鑑定】しないとわからないことなんだけど……」
しーちゃんは眼鏡をくいっと上げて。
「あのね、この箱は『プシュケーの小箱』っていう名前みたい。プシュケー、夜、箱とくればわかるかもしれないけど……」
わかるわけはない。
「え、え? どういうこと?」
おタマちゃんが代わりに聞いてくれた。
すると、しーちゃんは。
「あのね、ギリシャ神話の中でプシュケーは、ほかの女神から冥界に下りて小箱を持ち帰るように命じられるの」
「ふむふむ……」
「その小箱には、美しさのもとが入っていると言われていたの。プシュケーは、女神様に小箱をわたす前に、ちょっとだけ自分もキレイになりたいなぁと思って、開けてはいけない箱を開けてしまったの。すると……」
「すると……?」
しーちゃんはワンテンポ空けてから、言った。
「――中には、《《死の眠り》》が入っていたの」
「こわっ!」
下手に開けなくてよかった。
「こ、こーちゃん、それ……」
「あ、ああ……」
しーちゃんは言葉を続ける。
「このダンジョンでの効果が『即死』なのか『眠り』なのかはわからないけど、開けない方がいいかなって。神話だと、眠りについたプシュケーは夫のエロースに助けてもらえるんだけど……」
「エロス?」
まなみんが意味のわからないタイミングで割り込んできた。
「エロス……」
ろくでもないやつである。
しーちゃんは、暗がりでもわかるくらい顔を赤くして。
「ち、違うよ! そういう意味じゃなくて、神様の名前! ええと、じゃあ、ローマの言い方でキューピッドって言うね、ヴィーナスの子どものキューピッド!!」
「なんだ、そういうことか……。寝ているところを……というわけじゃないんだな」
「こ、こほんっ! 続けるね!」
「まなみんはしょうがないね……」
同感である。
俺は話をもとに戻した。
「それで、しーちゃんはこの箱をどうすればいいと思う? たしかに、まだプシュケーを捕まえたことにはなってないんだ」
「……結論から言うけど、その小箱は神様に納めるべきじゃないかと思うの」
「神様に? ギリシャ旅行ってことか……?」
アテネのダンジョンには、神殿風のフロアがあるとは聞いたことがあるが……。
「えーっ! あたし海外行ったことないよ!」
「旅費はこーちんに経費で落としてもらおう……」
ふたりは急に色めきだった。
だが、しーちゃんは首を振り。
「……ううん。最終的にはそうなるかもだけど、まずは近くから試してみたらどうかな、って……」
「近くって……。あ」
なるほど。
「そこの神社だな」
「うん」
「え゛……!?」
まなみんが不服そうな声をあげたが、気にしない。
「やってみよう」
俺は神社の前に移動した。
すると。
「あ、こーちゃん! 箱が!!」
「これは当たりかもな」
プシュケーの小箱は、あの蝶と同じように青く輝いた。
社の前にも同じ色に光っている場所がある。
おそらく、あそこに置くのだろう。
「ああ、ギリシャ旅行が……」
まなみんの嘆きをよそに、俺は小箱を両手で抱えた。
そして。
「神様、美の小箱です。お納めください」
青い光の場所に、小箱を置く。
すると……。
「あ、あれ……?」
強制的に、あたりは昼になり――。
ボワンッ!
図鑑No.145/251
名前:霊魂蝶プシュケー
レア度:★★★★★
捕獲スキル:よみがえりの蝶
捕獲経験値:4000
ドロップアイテム:魔石(極大)
解説:異国の言葉で「蝶/魂/心」の意味をあわせ持つ名前を持つ蝶。死者の魂を冥界から連れ戻すとともに、魂の形にあわせて肉体を完全回復させると言われる。プシュケーの小箱をダンジョン内の『神域』に捧げることで捕獲可能。なお、小箱を開けると30日間の眠りにつくことになる。
「おお!」
いもむし以来の星5だ。
《ワームホール》のときと同じく、図鑑にはスキル説明用のページもあった。
さっそく確認する。
『よみがえりの蝶:対象のHP及び状態異常を完全回復する。使用者が対象と友好関係があり、心のありようを理解している場合のみ蘇生効果が追加される』
気づけば、3人も図鑑を覗きこんでいた。
「こーちゃん、これって……すごいんじゃない?」
「死者蘇生か……。世界でも使える人間は2、3人しかいないはずだぜ……」
「《ワームホール》の空間転移とあわせれば、サポーターとしては世界一の探索者かも……」
「ううむ……」
《ワームホール》だけでも、あれだけの騒ぎになるんだ。
《よみがえりの蝶》については、内緒にした方がいいのかもしれない。
俺は社の前に現れた翠精魔石を拾いながら、そんなことを思った。
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【補足:その他の鑑定結果】
○精神集中の花
しーちゃんの部屋に置かれていた花。机の上に置くことで、机に座っているときの体内時間を引き伸ばすことができる。速読に便利。最大3時間分の引き伸ばしが可能。ダンジョン内のみでしか使えず、再使用には魔素によるリチャージが必要。
○夢のクローゼット
まなみんの部屋にあったクローゼット。ごく低確率で所有者が望む衣装が出現する。
○ダンジョンスコップ
こーちゃんの部屋にあったスコップ。通常は掘れないダンジョンの地面を掘ることができる。ただし、次のフロアまでの穴を掘ることはできない。
○イマジニアファミリー
おタマちゃんの部屋にあった人形と家のセット。配役を決めておままごとをすることで、現実の人物がどう反応するか相当程度の精度で脳内シミュレーションができる。
○るんるんスニーカー
おタマちゃんの部屋にあったスニーカー。使用者の気分が楽しくなるほど、速さを上昇させる効果がある。