第80話 【???視点】非合法ビジネスと謀略
東京都内。
とあるマンションの一室。
その男は、高級なワインをかたむけながら、ノートパソコンを眺めていた。
ピコン!
アプリに通知があり、またひとりパワーレベリング講座に申し込みがあったことが知らされた。
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【講座申込者情報】
氏名:井矢田 龍馬
フリガナ:イヤダ リョウマ
年齢:25
住所:東京都・・・・・・・
連絡先:world-king@・・・・・・
探索者免許区分(要D以上):E
レベル:1
所持スキル:眠り耐性
役割(選択):前衛タイプ
志望理由・PR:
免許はEランクだが、やる気はSランクなので応募した。金は払うので受講させてほしい。リスクは承知、ハイリスク・ハイリターン上等。
今騒がれている夏目とは職場の同僚だった。あのカスより俺のほうが優れている。爆速で成長するため、講座への参加を希望する。
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「くく、こいつは……」
想定外のところからパズルのピースが見つかった。
小金稼ぎのために始めたビジネスであるが、思いもよらぬ収穫だ。
ちらりと、「異空間アイテム収納バッグ」が入っている金庫を見る。
今回の申込者がウソをついていなければ、これでパズルのピースがそろったことになる。
すなわち。
認識阻害化の仮面。
隷属のロープ。
そして――探索者・夏目を呼び出すための口実。
「くく……無能どものおもりをやる必要がなくなるな……」
不特定多数相手のパワーレベリング講座は、法的には規制はないが、危険性などを踏まえるとグレーなビジネスである。
だが、男は、そのようなビジネスをする以外、まとまった金を得る方法を持っていなかった。
日本探索者協会から永久除名処分を受けており、協会経由という正規の魔石売買ルートを使用できないためだ。
「やっと、オレの時代が戻ってくる……」
男は優秀な探索者であった。
レベルは50にまで至り、強力なスキルも所有している。
いずれはトップ探索者になるとまで言われていた。
しかし……。
埼玉県の某所にあるプライベートダンジョンにて、探索者同士の賭け試合・通称「ファイト・クラブ」を運営していたことが発覚し、有罪判決を受けたことにより探索者の資格が失われた。
国家資格たる探索者免許については、執行猶予期間後に再取得できたが、探索者協会員の資格は復活しなかった。
それゆえ、探索自体はできるが、魔石などの売買が思うようにできず、現在はかつてのような高収入は得られていない。
「オレから不当に機会を取り上げた社会よ、待っていろよ……」
男は【魔眼】を持っていた。
本来の魔法効果のほかに、追加の特典として観察眼が底上げされている。
ゆえに、太田ダンジョンの思川環救出動画を見て、気づいたのだ。
――夏目が作ったワープゲートの奥に植物が見える。あれは太田ダンジョン内の風景ではない。
ダンジョン外からの【空間転移】だと確信したのは、太田ダンジョンの入退場ログを不正入手してからである。
ファイト・クラブで多額の借金を重ねていたシステム会社社員を脅して、保守先の全国ダンジョン管理システムから情報を抜かせたのだ。
さらに、太田ダンジョンの音声を解析した結果、セミの声が入っていることがわかった。
2月にセミはいない。いるとしたら、ダンジョン内だけだ。
要するに、夏目の能力はダンジョンからダンジョンへの【空間転移】……【次元転移】と言えるものなのだろう。
誰も気づいていないだろう情報。
これを利用しない手は、ない。
「くくく、酒がうまく感じるな……!」
隷属のロープは、巻きつけた相手を洗脳・支配することができる。
Aランクの夏目を子飼いにできれば、いくらでも金を得る手段は見つかる。
まずは夏目をあやつり、既存の人間関係をぶち壊させ、孤立させる。
後はいかようにもできる。
「ハハ……。あとはオレの推測が当たっていれば、オレは王になれる……!」
夏目の【次元転移】は独特の発動方法がある。
イモムシのようなものが、空間に穴をあけるのだ。
あれは、通常の【空間転移】とは違う。
ローザ・ウォールバーグを始めとした海外探索者か使う【空間転移】は、転移対象を光の粒に変えて、テレポートさせるものだ。
あれはおそらく、量子力学的な「トンネル効果」を確定で発生させて壁抜けをするようなもの……要するに【移動魔法】の一種だ。
しかし、夏目のスキルは、使用者本体は形状を変えぬまま移動できる。
ゆえに、男は推測する。
あれは移動スキルではなく、任意の場所にダンジョンゲートを作成するスキルなのだ、と。
であるならば、理論上は、ダンジョン外へつながるゲートも作成可能なはずである。
たとえそれが、銀行の中であろうと、富豪の家の中であろうと。
また、仮に現時点ではダンジョンからダンジョンへの移動しかできないとしても、逃亡ルートの確保などには使えるだろう。
認めてやろう。夏目のスキルは世界一と言ってもよいレベルだ。
何が何でも手に入れたい。
それこそ、リスクは承知の上だ。
「さあ……賭けの時間だ」
男は、ノートパソコンのキーボードを叩き始めた。
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井矢田様
この度はパワーレベリング講座へのお申込み、ありがとうございます。
私、講座運営事務局の斉藤と申します。
井矢田様の熱量、感服いたしました。
弊事務局としましても、ぜひ井矢田様のような方に講座を受講していただきたく存じます。
なお、失礼とは存じますが、一度お電話にて詳しくお話をさせていただけませんでしょうか。
特に井矢田様の現在のお仕事と、探索者をこころざした理由などをお聞かせ願えればと考えております。
どうぞよろしくお願いします。
【補足】
なお、本講座はDランク以上の探索者しか受講できないこととなっております。
記載した探索者ランクに誤りがあるようでしたら、修正登録をお願いします。
私は、井矢田様はDランク免許をお持ちではなかったかと愚考しております。
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「さあて……どうくるかな……?」
メール中の名前はもちろん偽名である。
また、借金のカタに奪った他人の探索者免許も何枚かあるため、井矢田が違法探索をする手段も用意できる。
「くくく……」
こいつが本当に夏目の知り合いなら、プラン決行といこう。
ピコン!
「来たな……」
男は一気にワインを飲み干すと、ノートパソコンの新着メールを確認した。
口元はかすかに笑っていた。