第78話 太田ダンジョン再調査①
その日、俺は太田ダンジョンの敷地内に車を停めた。
「着いたね。お疲れさま」
助手席のおタマちゃんが、明るい声で運転をねぎらってくれた。
今日は、ふたりで太田ダンジョンを探索することになっている。
――きっかけは、2日前の電話だった。
☆★☆
『夏目さん、今お時間よろしいですか?』
着信に出ると、相手は栃木県探索者協会の山田さんであった。
おタマちゃんの上司にあたるベテラン探索者である。
「はい、大丈夫です。魔石の買い取りの件ですか?」
「いえ、今日は協会から依頼をしたいと思って、ご連絡いたしました」
「依頼、ですか……?」
「はい。まずは概要をお話しますね」
内容を聞くと、次のとおりだった。
・依頼主は、栃木・群馬2県の探索者協会(共同発注)
・3月におタマちゃんが遭難事故にあった太田ダンジョンだが、10階から11階に下りる階段が出現した(群馬県探索者協会が設置したライブカメラによる)。
・ダンジョン内の魔素値も安定していることから、太田ダンジョンの変化は一段落したと推測される。
・協会としてはダンジョン攻略を通して安全性を確認したい。万が一の可能性も踏まえて、【空間転移】のできる俺に攻略を依頼したい。
・Aランクパーティのリーダーとしては安価になってしまうが、報酬2百万円で受けてもらえないか。
・補助者として、おタマちゃんを同行させる。栃木・群馬のほかの協会職員を同行させることも可能ではあるが、戦闘能力は数段階落ちることを了承してほしい。
☆★☆
こうして、今にいたるというわけだ。
ちなみに、山田さんには駆けだしのころお世話になっていたので、報酬の2百万円は辞退しようとしたのだが、逆に注意されてしまった。
「ダメです」「今後のことを考えて、報酬は素直にもらってください」「1千万円ほしいと言ってもいいぐらいです」「基本的に1日あたり3百万円以下の依頼は断っても文句は言われません」「夏目さんは自分の優秀さを自覚すべきです」「うちはたったの2百万円でごめんなさい」とのことだった。
――2百万円。
前職の半年分の給料である。
それが半日足らずで稼げるとは……。
Aランクパーティの探索者、恐るべし。
「こーちゃん、どうしたの?」
「いや、なんでもない。まだ探索者の金銭感覚になれていないだけだ。協会にあいさつしよう」
太田ダンジョンの入り口近くにはプレハブの建物がある。
ドアを開けて群馬県探索者協会・太田ダンジョン支部を訪ねると、見知った二人が出迎えてくれた。
「よお、夏目くん! 久しぶりだな! すっかり有名人になって……」
「お久しぶりです、城沼さん。その節はお世話になりました」
「環さん。お久しぶりですわね。夏目さんと何か進展はあって?」
「ななななな何の話!? ししししし進展!? いいい、一緒にAランクパーティになったんだけど、知らないの!?」
「……その様子じゃ何もないようですわね」
「……? なんの話だ?」
この二人は、群馬県探索者協会の城沼さんと多々良さんだ。
おタマちゃんの遭難事件の際に、事後報告などでお世話になった。
今日は、俺たちの配信映像を見てもらい、ダンジョン内に異常がないか確認いただくことになっている。
「すまねぇな……。まさかオレたちが足手まといになるとはな……」
「環さんの成長速度についても、おどろくべきものがございますわね」
「えへへ、今日はあたしたちに任せてね!」
「安全第一で行ってきます」
「おお……、夏目くんも頼れる男になって……。オレはうれしいぞ! うおおお!!」
「じょ、城沼さん、落ち着いてください!」
「城沼さんは、自分が管理しているダンジョンから有名人が輩出できて、うれしいのですわ」
そうして、俺たちは太田ダンジョンの前に移動した。
多々良さんは、ダンジョン入り口のロックを手で指し示した。
「夏目さんのライセンスIDには管理者権限を付与してあります。ご確認くださいまし」
言われるがままカードを装置に当てると、ランプが赤から緑に変わった。
問題なくロックは解除されたようだ。
「……それでは、夏目さん、環さん。よろしくお願いしますわ」
多々良さんに見送られながら、俺たちは太田ダンジョンの中に入った。
☆★☆
――地下9階層。
「このフロア最後の部屋になります。見たところ異常はなさそうです」
《【公式:群馬県協会】オーケーだ。夏目くん、次のフロアを頼む》
《こーちゃんはスキルなしでも強すぎる》
《こーちゃん、頑張れ》
《気をつけてね!》
《タマちゃん、ドンマイ!》
《切り替えていけ!!》
「よし、おタマちゃん、次のフロアだ」
「ね、ねえ! あたし、ドンマイって言われるようなこと何もしてないんだけど! てか、なんで各フロアで同じこと言われるの!?」
「はは、それだけみんなに親しまれているってことだろ」
「むー……、納得いかない……」
今日の調査は、例によって栃木県探索者協会のアカウントから配信されている。
録画配信をする予定のため、生配信の方は事前告知なしでスタートしているのだが、30分足らずで3万人が視聴中となった。
淡々と攻略しているだけなのに、こんなに見てもらえてうれしい限りである。
《【公式:群馬県協会】次は中ボスフロアだ。ジャイアントサーペントがいるから気をつけろよ。まあ、夏目くんと思川の嬢ちゃんなら大丈夫だろうがな》
《この前は、むささめブレードで倒したんだよな》
《タマちゃん、今回も頼むぞ!》
《タマちゃんならできる!》
《活躍間違いなし!》
「えへへ、なんか期待されてるみたい。ね、ね、こーちゃん。10階層のボスはあたしがメインになって戦ってもいい?」
「まあいいけど、危なそうなら俺も前に出るからな」
「うん、まっかせて!!」
《タマちゃん、ノリノリだな》
《山田さんがいないから、止める人がいない》
《大丈夫か?》
そして、10階層への階段を下りる。
すると。
「キシャアアアアアアア!!!」
待ちかまえていた中ボス・ジャイアントサーペントが、俺たちをにらみつけてきた。
《出た、巨大ヘビ!》
《ながい》
《毒には気をつけて!》
《どうする、タマちゃん》
「いけるか、おタマちゃん?」
「――うん。やらせて」
おタマちゃんは、自信たっぷりに言った。
たぶんこれなら、本当に大丈夫なのだろう。
《あ、てか、後ろ見て! 階段あるじゃん!!》
《11階層普通に行けるの!? やったー!! 》
《ライブカメラで知ってたが》
《配信で見ると実感する!!》
《調査たすかる!!》
《攻略wktk》
《早く次の階層見たい!! もう大丈夫なのかな!?》
《とりあえずは中ボス撃破、お願いします!!!》
「…………ふぅ……」
おタマちゃんは重心を落とし、刀の柄を握っている。
ジャイアントサーペントはじりじりと距離をつめてくる。
「シャアアアア!!!」
《タマちゃん、来るよ!》
《こーちゃんも油断しないで!!》
そのとき。
「【身体強化+】アンド【水使い】合わせ技……乱流・連続斬りっ!!」
「お……!」
おタマちゃんは、水を噴出しながらヘビに向かって跳躍した。
《すごい、水圧で空を飛んだ!!》
《ヘビがあちこち切れてる》
《速くてよく見えない》
《何あれ、壁を蹴って向き変えてるの?》
《そうかも》
《おそろしく速い壁蹴り……オレでなきゃ見逃しちゃうね》
《よく見ろ。水圧を使って空中で向き変えてる》
《見えた! すごい身体能力!》
《そういえば、水使いとの併用だって言ってたな》
《バランス感覚がすさまじいな》
そして。
「せいっ!!」
おタマちゃんが巨大ヘビの首を斬り裂くと。
「シャアアア……」
ズシィィィンッッ!!!
ジャイアントサーペントは床に倒れて、ピクリとも動かなくなった。
「やたーっ!」
「さすがだな」
巨大ヘビは、しっぽの方から黒い霧となって消えていく。
《ほぼソロ討伐か》
《つよい》
《ドンマイと言いたいけどドンマイ要素がない》
「えへへ……、ぶいっ!!」
おタマちゃんは、満面の笑みを浮かべて、俺にVサインをした。
その無邪気な姿に。
(あ……)
すこし、心臓がドキリとした。
「ん? どしたの、こーちゃん?」
「い、いや、なんでもない」
そして、おタマちゃんが【身体強化+】を使ったということは、あの下には体操着とブルマを着ているということだ。
どうしてもその姿を意識してしまう。
こんなこと考えちゃいけないのだろうけど。
「さーて、魔石でも回収しようかなー。こーちゃん、とってくるね!」
「お、おい……」
《どこかで見た展開》
《あ、この展開、配信ゼミで見た!》
《タマちゃん、気をつけてね》
「さーて、魔石、魔石……。え……? きゃっ!!」
《落とし穴トラップ!?》
《落とし穴だ》
《ヤバい》
《あ、でも……!》
「やっ、せいっ!!」
おタマちゃんはバク転をして、落とし穴の罠を回避した。
《え、それ回避できるんだ!》
《すごい身体能力》
《タマちゃんも成長したんだな(ただし、フィジカルに限る)》
《さすが、こーちゃんのパートナーなだけあるな》
「えへへ、さんきゅー、さんきゅー」
《すごいのはすごいけど……》
《あまり調子に乗ると……》
《【公式:栃木県協会2】山田です。思川さん、帰ったらお話しましょう》
《キター》
《お話(指導)》
《自業自得だな》
「な、なんでー!?」
《タマちゃん、ドンマイ!》
《タマちゃん、ドンマイ!》
《タマちゃん、ドンマイ!》
《タマちゃん、ドンマイ!》