第77話 風鈴の音と、まなみんの独り言
「これでよし、と……」
俺はプライベートダンジョン内の「家」の軒先に風鈴をつるした。
ダンジョン・ホーテで購入した「いやしの風鈴」である。
透明のガラスの半球に、翼を広げたアイスドラゴンが描かれていて、とても涼しそうだ。
「いい感じだな」
縁側に座って、風を待つ。
すると。
――チリーン。
風鈴の透きとおった音色がダンジョン内に響いた。
「はぁ……」
落ち着く。
セミの声と相まって、いかにも夏という感じである。
――ちりん、ちりーん。
やさしい風が頬をなでる。
「ふぅ……」
ゆっくりと時間が流れていくことを感じる。
響きわたる音に合わせて、頭の中が静かになっていく。
「これがリラックス効果ってやつか……」
疲れたときや、逆に考え事をしたいときにはよさそうだ。
買ってよかったな。
手を後ろについて、夏の空を見上げる。
果てしなく青い空が、世界を包んでいる。
「……そう言えば、もう5月だな」
今更だけど、気がついた。
5月31日はおタマちゃんの誕生日だ。
一般探索者試験だとか、Aランクパーティ認定試験だとかで、すっかり頭から抜け落ちていた。
「何かプレゼントを買わなきゃな……」
付き合ってもいないのに、アクセサリーを渡すのは重すぎるだろうか。
とは言っても、安い小物をあげるのも……。
「何がいいかなぁ……」
風鈴の音が響く中、そんなことを考えていると。
「よお、こーちん……」
いつの間にか、まなみんが「家」に帰ってきていた。
「まなみん、来てたのか」
「まあな……」
まなみんは、俺の隣に腰を下ろした。
――ちりん、ちりん。
風鈴が綺麗な音を鳴らす。
「…………」
めずらしく、まなみんが黙っている。
いつもはプリティアだなんだと訳のわからないことを言うのに。
(これは、やはり……)
――昨日、おタマちゃんからLINKがあった。
たまき:ネットで話題になってたけど、まなみんがダンジョン・ホーテで買った魔石発掘くじ、全部ハズレだったみたいよ
たまき:小さい魔石ばっかりで、推定の時価総額は合計3万円くらいみたい
たまき:ちゃんとしたアイテムを買ってたら数百万円で売れたとか、大爆死とかネットに書かれてた
たまき:自分のせいと言えばそのとおりなんだけど、もしまなみんが落ち込んでたらなぐさめてあげて
たまき:(クマが「世話がやける…」と言うスタンプ)
――ちりん、ちりん。
風鈴の音を聞きながら、俺はまなみんに言った。
「まあ、その……。魔石発掘くじの話は聞いたよ。あまり落ち込むなよ。またみんなで新宿ダンジョン行けばいいじゃん。できれば次は違うのを買った方がいいとは思うけれど……またチャンスはあるって」
ダンジョン・ホーテでポイントをチャージできるのは半年に一度ではあるが、機会はまた巡ってくる。
またみんなで探索に行けばいい。
すると、まなみんは。
「……こーちん、前にこのダンジョンで約束したことを覚えてるか?」
「約束って……」
おそらく。
「……俺が、みんなとのつながりを守ってみせると言ったことか?」
「そうだ」
しーちゃんが泣いて電話をかけてきた日。
俺は幼い日のあやまちを繰り返さないよう、みんなをAランクパーティにすることを誓った。
「それが何か……?」
すると、まなみんは言った。
「いや、今度はアタシの順番なのかと思ってな……」
「え……?」
ぜんぜん話が見えない。
ぽかんとしていると、まなみんはぽつりぽつりと話を続ける。
「正直に言うとな、この前の新宿ダンジョン……すごく楽しかった。こんなアタシがパーティを組めて、しかもダンジョン・ホーテまで行けるとは思っていなかった……。こーちんのおかげだ」
「あ、ああ……。でも、それは、まなみんも含めてみんなが頑張ったからだよ」
なんか調子が狂うな……。
まなみんは庭先を見つめながら言う。
「……魔石発掘くじは確かに大ハズレだったよ。違うやつを買えばよかったとものすごく落ち込んだ。で、考えたんだ。――アタシたちは、あと何回一緒にダンジョン・ホーテに行けるかなって……」
「そりゃ何度でも行けるだろ……。俺たちは同じパーティなんだから」
「楽観的なシナリオならな」
「……? ケンカ別れか何かを心配してるのか?」
「いや、そうじゃない。仲が良すぎる方だ」
「え、え?」
意味がわからない。
「それは、どういう……?」
「……これから話すことは独り言だ。こーちんがわからなくても、補足する気はない。いいか?」
「あ、ああ……」
まなみんは相変わらず庭の池を見つめながら言った。
「……ダンジョン・ホーテで、アタシは早々に買うものを見つけた。一攫千金ねらいというのは、新宿ダンジョンに入る前から決めてたからな」
「探索前から判断を間違えていたのか……」
それはどうしようもない。
「アタシには時間があった。だから、ブログ記事の参考にするため、ダンジョン・ホーテを端から端まで散歩することができた。その途中でお前ら3人にも会った」
「ああ。俺が戦闘用ドローンを見ていたときだな」
おもちゃコーナーみたいなところにいたので、少し恥ずかしかった。
「そうやって、アタシはたまたまとしーちゃんが何を買おうとしているか見ちまったんだよ。どんな顔して、どんなものを手にとっていたのか……」
「ん……?」
急に話が見えなくなってきた。
「そりゃまあ、楽しい買い物だから、ほくほくした顔をしていたんじゃないか? どんなものを買おうとしていたのか、詳しく聞くつもりはないけど」
俺が買おうとしていた戦闘用ドローンみたいに、見ていると知られるだけで恥ずかしいものもあるしな。
「……ま、そんなところだ。あんな乙女の顔をしてたら、さすがのアタシも声をかけられないぜ……」
「乙女?」
ダンペンくんのファンシーグッズでも買おうとしてたのかな?
まあ、それはいいとして……。
「いずれにせよ、またダンジョン・ホーテに行けばいいだけじゃないか? 欲しい物がほかにあったのなら、次買えばいいだけだし……」
「なあ、こーちん……」
まなみんは、じっと俺を見て言った。
「お前は誠実だ。そして、優しい」
「お、おお……。ありがとう。どうしたんだ、急に……?」
魔石発掘くじがハズレて、精神が不安定になってるのだろうか?
まなみんは真面目な顔をして続ける。
「そして、たまたまとしーちゃんも真面目で、友達思いだ。アタマがオカシイのは、アタシしかいない」
「お、おお……? そこまで思いつめなくても……」
「だからな、こーちん……」
まなみんは遠い目をして。
「アタシら4人を守れる可能性があるのは、アタシだけなのかもしれないな……」
「え、え?」
本当に、意味がわからない。
「まなみん、さっきから何の話を……」
「基本的には友達路線だな。場合によっては、セカンドパートナー、娘2人というのも……」
「へ……?」
「まあ、要するに、だ……」
まなみんは縁側から立ち上がると。
「こーちんは、自分の心のおもむくままに生きてくれればいい。あとのことは任せろ」
「まなみん……? まさか遠くに引っ越すとかじゃないよな……?」
よくわからないが、そんな雰囲気がある。
しかし、まなみんは。
「けけ、そんなわけねーだろ。むしろアタシはお前と同じ家に引っ越したいくらいだぜ。ほら、養子縁組の書類はまだ持ち歩いてるんだからな」
「……げ、まだあの話をするのか。だいたいまなみんはソロでも大金を稼げるくらい強いし、有名人じゃねーか……」
「ソロでできるからと言って、ソロで活動したいわけじゃねーんだよ。お前らといると楽しいしな。それに、ラクもしたいし」
「みんなといるのが楽しいって方は、俺も同感だよ」
「けけ」
まなみんは照れくさそうに笑うと。
「ありがとな、こーちん。話を聞いてもらって、だいぶすっきりしたよ。あとはその風鈴の効果か……。いい買い物をしたな。アタシと違ってな」
「まなみんは、もうあんな訳のわからないアイテム買わないで地道に生きていけよ……」
「けけ、それはそのときの気分だな。ま、今日は帰るぜ」
まなみんは玄関へ続く廊下を歩きだす。
「あ、そうだ」
せっかくだから、聞いてみるか。
まなみんを追いかけて、声をかけた。
「まなみん、最後にひとつだけ相談させてくれ。そろそろおタマちゃんの誕生日だろ。どういうものをプレゼントすればいいかな?」
すると、まなみんは。
「それはさっき言ったとおりだ。こーちんの心のおもむくままに決めればいいんだよ。たまたまはお前からもらったものなら、何でも嬉しいんだからな」
「お、おお……」
正直、役に立たないアドバイスである。
たぶんガッカリした顔をしていたのだろう。
まなみんは補足をしてくれた。
「……回復薬セットだろうが、豪華な食事だろうが、3℃の指輪だろうが、ティファネスのネックレスだろうが、たまたまは喜ぶだろうさ」
「そうならいいけど……」
「ただな……お前の選んだプレゼントは、たまたまにとってはメッセージになるんだよ。『こーちゃんはこれからあたしとどんな風に仲良くしてくれるんだろう』って」
「あ……」
「よく考えな、こーちん。回復薬セットを渡すのと、ふたりで食事に行くのと、アクセサリー。全部意味は違うからな。ちなみにアタシはカネが欲しい」
「……まなみんには、誕生日プレゼントすら渡さなくなるぞ?」
「けけけ、冗談だよ。ま、ゆっくり考えな」
――そうして、まなみんはダンジョンの外へと去っていった。
ちりん、ちりん。
風鈴の音がダンジョンに響く。
「おタマちゃんにどう思われたいか、か……」
友だち兼探索者パーティの仲間として、か。
友達以上の関係として、か。
あるいは、恋人として。
「もう……余計に混乱するじゃねーかよ……」
セミの声と風鈴の音を聞きながら、しばらく俺は「家」の中で考え事をした。