第71話 みんなで新宿ダンジョン探索②
「あの、こーちゃんさんのファンです! 握手してください!」
「あ……はい」
「キャアアア! あ、ありがとうございます!」
1階層を歩いていると、知らない女性探索者に握手を求められた。
有名になったことを改めて実感する。
「東京でも知られているんだな」
「ふぅん……。よかったね、人気があって」
「夏目くん、ファンサービスもいいけど、あんまり気を抜かないでね」
「あ、ああ……」
なんだか、おタマちゃんとしーちゃんが厳しい気がする……。
そんなに油断したような顔をしていただろうか。
「けけ、人気者はつらいね」
「別にそんなつもりじゃ……」
「あ、ハーミット様の中の人! いつもブログでお世話になってます」
「あ……、ど、ども……。フヒヒ……」
「……まなみんは、もう少しファンに慣れたほうが……」
「……早く下のフロアに行くか」
1階層は初心者も多く、観光気分の探索者も多いようだ。
ファンサービスもよいが、本来の目的を果たさなければ。
「まなみん、道わかるか?」
「ふ……愚問よ」
まなみんは、いつの間にか月虹のハーミットのすがたに《ドレスチェンジ》していた。
「我は月虹のハーミットである。道がわかるかではなく、我についてこられるかを心配するべきだ」
「……ダンジョン外でも、この姿でいてくれればなぁ」
新宿駅でも頼りになったのに。
「さあ、ついてこい。こちらだ」
「あ、ハーみん様! ゴブリンが来て……」
「ふ……」
ハーミット様は、ゴブリンの突進を【合気術】でいなし、そのまま投げ飛ばした。
「キシャアァ……」
ゴブリンは背中から床に叩きつけられ、魔素の霧へと還っていく。
「ゴブリン程度、魔法を使うまでもない。さあ、行くぞ」
「……本当に頼りになるなぁ」
普段の残念さが浮き彫りになる。
☆★☆
そうこうして、地下10階層までやってきた。
いわゆるボス部屋の前である。
「10階層のボスって巨大鼠だったよな?」
「うん、《毒の前歯》と《麻痺の前歯》さえ気をつければ、そこまで強くないはずだよ」
新宿ダンジョンのボスフロアは、1パーティずつボスに挑み、勝てば次のフロアへの道が開かれる仕組みになっている。
「ボス部屋に入る前に作戦会議するか。誰が主力になって倒す?」
まずこのレベルのボスには負けないと思うが、長期的なMP管理の観点からは、戦術を共有しておいたほうがいい。
俺の【神速】と【空中剣技】あたりがちょうどいいかなと思っていると、しーちゃんが言った。
「ねえねえ、ネズミさんが相手ならわたしが倒したいな。試してみたい技があるの。たまちゃんとハーミットさんの協力が必要なんだけど……」
「え、あたしの? なんだか分からないけど、いいよー」
「ふ……、我がしーの頼みを断るわけがなかろう」
そうして、俺たちはボス部屋の扉を開けた。
☆★☆
「キ、キィィィィィィィッッ!!」
ボス部屋に入ると、象程度の大きさがあるネズミが、歯をむき出しにして俺たちを威嚇してきた。
なかなか迫力がある。
「しーちゃん、いけるか?」
「うん、まかせて! じゃあ、いくよ? 【童話魔法】《注文の多い料理店》!」
魔法の発動とともに、新宿ダンジョン10階の無機質な金属製のフロアは、木造家屋の中の風景に変化した。
床は板張りになり、壁には大きな鍵穴のついたドアが生まれた。
ドアには赤い文字で次のように書かれていた。
『お客さまがた
□水で泥を落としてください。
□ここで武器を置いてください。
□ここで防具をお取りください。』
しーちゃんの【童話魔法】は、ダンジョン内に特殊なフィールドを展開する魔法である。
《注文の多い料理店》の効果は、たしか……。
「では、行くぞ。【闇魔法】コラプション!」
ハーミット様が魔法を発動すると、黒い煙が生まれ、巨大ネズミに巻き付いていく。
「キィィィ!?」
この煙には、攻守の弱体化効果もある。
すると。
『お客さまがた
□水で泥を落としてください。
✓ここで武器を置いてください。
✓ここで防具をお取りください。』
ドアに書かれた「注文」のふたつに、チェックマークが入った。
「あたしも行くよーっ! 【水使い】スキル・水鉄砲!」
ビチャッ!!
「キ、キィィィッッッ!!」
「わ、なんか怒ってる!!」
巨大ネズミへのダメージは、ここまでほぼ0だ。
挑発のような攻撃を受け、ネズミは歯をむき出しにして臨戦態勢に入っている。
――しかし。
『お客さまがた
✓水で泥を落としてください。
✓ここで武器を置いてください。
✓ここで防具をお取りください。』
しーちゃんが作り出した童話空間から求められる3つの「注文」に、条件を達成した印が刻まれた。
「しーちゃん……、これで大丈夫なんだよな?」
「ごめん、夏目くん。わたしも初めてだからよくわからなくて……」
「え……!?」
「でも、きっとこれで……」
「こーちゃん、しーちゃん!! ネズミ来るよ!」
「――っ!」
「キィィィィィィィッッ!!」
ネズミが、その巨大な体躯に見合わない跳躍をして俺たちに襲いかかってきたとき。
「チュウウゥゥ!?」
さらに巨大な何者かが、ネズミのしっぽをつかんで宙にぶらさげた。
「いらっしゃいにゃあ。今日はネズミのステーキにするにゃあ」
それは、コックの帽子をかぶった巨大なヤマネコだった。
しーちゃんの魔法・《注文の多い料理店》の効果である。
「きゃーっ! ネコちゃんかわいい! でも怖い! 原作みたいに、わたしの顔はくしゃくしゃになってないかな? 大丈夫かな!?」
「しーちゃん……」
しーちゃんはやたらとハイテンションでネコを見てはしゃいでいた。
こんなしーちゃんは初めて見た。
よっぽどこの話が好きなんだな。
巨大なネコは、巨大なネズミを目の高さまで持ち上げてつぶやく。
「サラダは準備してあるから、あとは焼くだけにゃあ」
ボワン!!
そのとき、ネコの目の前に巨大なフライパンとオーブンが現れて。
「チュー、チュー……!」
ボスの巨大ネズミを火にかけてしまった。
「チュー……」
すぐに、ネズミは静かになった。
「さーてと、できたにゃあ」
ボワン!
調理器具が消えたあと、そこに残っていたのは、丸焼きになったネズミに、サラダが添えられた一皿であった。
「――いただきますにゃあ」
そして、巨大なヤマネコは顔の前で皿をかたむけ、すべての料理を丸呑みした。
「もぐもぐ……もぐもぐ……」
「きゃーっ!」
しーちゃんはよくわからないけれど、興奮している。
「ネコちゃんかわいい! もっと食べてほしい! おかわりあげたい!」
「しーよ。同一パーティでは、当日中にボスは再出現しないぞ……」
ハーミット様も若干あきれているようだ。
めずらしい構図である。
そして。
「ごちそうさまでしたにゃあ。なかなか美味だったにゃ」
「きゃー! お粗末さまでした!」
「もぐもぐ……ぺっ!」
カラン、カラン!
ヤマネコの口からは、大きめの魔石と銀貨が吐き出された。
その瞬間、木造の内装は消え、代わりに元の無機質なダンジョンの風景が戻ってきた。
しーちゃんの《注文の多い料理店》が解除されたのだ。
「きゃーっ! あ……」
しーちゃんは、きょろきょろと辺りを見回した。
「しーちゃん、楽しそうだったね」
「ふ……、協力したかいがあったというものだ」
「ご、ごめん……」
しーちゃんは顔を赤くしてうつむいた。
「つい楽しくなっちゃって……。仕事でも疲れてたから……」
しーちゃんは指をくりくりしながら言い訳をした。
「夏目くんも、ごめんね。よく効果を知らない魔法をボス戦で使っちゃって……」
「いや、別に大丈夫だ。だって、チーム・秘密基地は、楽しみながらトップを狙うチームだからな。どんどん遊んでいこうぜ」
「……う、うんっ」
しーちゃんは嬉しそうにほほえみ。
「わたし、夏目くんにスキルをもらえたおかげで毎日が楽しいんだ。こんなわたしだけど、これからもよろしくね?」
「あ、ああ……」
「さて、そろそろ進むとしようぞ」
「新宿の11階層は、ゴブリンジェネラルの魔法タイプと剣士タイプが出るんだったよね」
「うん、そうだよ。油断しないでいこうね、みんな……って、散々ボス戦で楽しんだひとに言われたくないだろうけど……」
「いや、それはそれ、これはこれだ。残り10階層、しまっていくぞ!」
「おー!」
そして、俺たちは11階層への階段を降りた。