第69話 ドロップアイテム入手
母さんがコンビニから戻ってきたあと、俺はプライベートダンジョンに続く山道を歩いていた。
両手に新聞を抱えていた母さんを思い出し、少し恥ずかしくなる。
「まったく……。2店舗で新聞を買い占めるなんて迷惑だっつの……」
見栄っぱりなところは、昔から変わってないな。
まあ、それだけ嬉しかったということなんだろうけど。
朝一新聞や、経産新聞のような全国紙にも俺たちのことが載っていたらしいし。
「……実家に帰ってきたときは、こんなふうになるなんて思わなかったなぁ」
あのときは2月で、空気も冷たかった。
俺の未来はからっぽで、前を向く気力すらなかった。
プライベートダンジョンのおかけで、すべてが好転した。
明日からは5月、初夏と言える季節に入る。
また、夏が来る。
「今年は、幼なじみのみんなと夏を過ごせるんだな……」
未来が楽しみなのは、本当に幸せなことだ。
俺は山を登り、プライベートダンジョンのドアへ向かう。
もうダンジョン外でも半袖を着ている。
あの頃のようにコートを脱ぐ必要はない。
俺はノブを握り、プライベートダンジョンへのドアを開ける。
ギィィィィィ……。
ミーン、ミンミンミン……。
プライベートダンジョンに入ると、セミの声と夏の陽射しが俺を出迎えた。
たくさんのシオカラトンボが周囲を飛び回っている。
「……思えば、こいつから始まったんだよな」
人差し指を宙に伸ばすと、1匹のトンボが翅を休めた。
俺が初めて得た経験値は、このトンボを捕まえたことによるものだった。
感慨深く思いながら、トンボの翅をつまむ。
すると。
ボワン!
カタッ!
「ん?」
魔石と併せて、小さな木の箱がドロップした。
「なんだこれ……」
地面から拾いあげる。
大きさは筆箱ぐらいだ。
虫からもアイテムがドロップすることがあるんだな。
さっそく開けてみる。
すると、中には。
「眼鏡、か……?」
ごく普通の、金属製のフレームを持つ眼鏡が入っていた。
「特に変なところもなさそうだな……」
試しにかけてみる。
「ん……?」
視界は変わらない。
レンズに度数はないようだ。
「ただのダテメガネか……?」
じっと目を凝らしてみる。
「……? あ……!」
そのとき、無数に飛ぶシオカラトンボの1匹に円が重なり、「名前:シオカラ魔トンボ」という情報が表示された。
「まさかこれって……」
腰のポーチから回復薬を取り出し、じっと見てみる。
『名前:回復薬
効果:HPを50回復する』
「【鑑定】スキルだ……!」
眼鏡をかけて対象を見つめると、【鑑定】が発動するアイテムのようだ。
「これは便利だな」
前にテレビで見たが、【鑑定】スキルが使えれば、アイテム鑑定師として食うに困らないだけの収入が得られるらしい。
こんないいものが手に入るとは。
もっとも、トンボは既に200匹は捕まえているので、推定ドロップ率は0.5%以下であるが。
「あ、そう言えば……」
魔生物図鑑に「ドロップアイテム」の欄があったことを思い出した。
ボワン!
空中に浮かぶ本のページをペラペラとめくって、シオカラトンボのところを開く。
図鑑No.10/251
名前:シオカラ魔トンボ
レア度:0
捕獲スキル:なし
捕獲経験値:1(レベル3以上の者の場合は0.1)
ドロップアイテム:魔石(微小)、鑑定メガネ(※鑑定力は主に賢さステータスに依存)
「おお……!」
鑑定メガネという名前なのか。
そう言えば、トンボ系の虫を捕まえたとき、ドロップアイテム欄に「???」と書いてあることがあった。
あれは、このアイテムのことを指していたんだな。
「とんぼのめがね、ねぇ……」
効果が賢さステータスに依存するなら、今度しーちゃんやまなみんに会ったときに使ってもらおうかな。
きっと、俺よりもうまく使いこなせるはずだ。
「ま、今日は俺が試してみようかね」
眼鏡をかけたまま、田んぼ道を歩いていく。
草むらからは、次々にバッタが飛び出してくる。
『名前:ダンジョンバッタ』
『名前:ダンジョンバッタ』
『名前:ダンジョンバッタ』
「うーむ」
知ってる情報ばかりだ。
もしかしたら、虫の情報を鑑定できるのは【童心】スキル保持者だけなのかもしれないけれど。
捕まえた虫の名前を知れるだけじゃ、あまり意味がないよなぁ。
このダンジョンじゃ、あまり使えないアイテムなのかな。
明後日にはみんなで新宿ダンジョンに行くから、そのときには役に立つのだろうか。
「ちょっと残念だけど、ま、今日はいつもどおりというところか」
とはいえ、もう少しだけ試してみよう。
俺は眼鏡をかけたまま、森の小道の方に向かっていった。
『名前:インディゴカナブン』
ボワン!
『名前:コガタナクワガタ』
ボワン!
いつものメンバーを捕まえていく。
特に目新しい虫はいない。
「……川の方にでも行って見ようかな」
そう思って森の中に足を踏み入れたとき。
「……ん?」
木の枝の先端に『名前:???』という表示がされた。
「なんかいるのか?」
近づいて、枝をよく見る。
「……何もいないぞ」
いくら見ても、虫は見つからなかった。
影も形もない。
「なんか変だな……」
眼鏡の誤動作なのかな。
「賢さステータスがもっとないと使いこなせないのかなぁ……」
少しショックである。
眼鏡には、ずっと『名前:???』の表示が出っぱなしだ。
鑑定対象なんかまったくないのに、いったい何と間違えているのだろう。
「まだ木の実でもなっていたら分かるんだけどなぁ」
なってないよな?
もう一度、枝の先端をじっと見つめる。
すると。
「ん……?」
先端から分かれている細い枝の1本が、不自然に揺れた気がした。
「んん……?」
やはりそうだ。
ただの枝じゃない。
「あ……!」
そうか。
ふいに気づいた。
「……よし」
俺はゆっくりと腕を伸ばし、枝の先端をつまむ。
右手を動かすと、枝かと思ったものが木から離れて……。
ボワン!
図鑑No.105/251
名前:エダフシ
レア度:★★
捕獲スキル:気配遮断
捕獲経験値:520
ドロップアイテム:魔石(中)
解説:木の枝などに擬態する虫。潜伏能力が高く、並の者では認識すらできない。【童心】及び【気配探知】の2スキルを合わせ持つ者が捕獲可能。
「やった!」
ナナフシか。
【童心】と【気配探知】スキルがないと見つけられないようだが、おそらく鑑定メガネが【気配探知】の役割を果たしてくれたのだろう。
「いいね」
きっとこれは、しーちゃんやまなみんでも見つけられなかっただろう。
俺には俺の強みがある。
ステータスだけじゃ、測れないものもあるのだ。
「さっそく使ってみるか」
【気配遮断】スキルを使いながら、川の近くで飛んでいる蝶に近づく。
蝶は平気で俺の目の前を飛んでいく。
俺の存在に気づいていないようだ。
俺は魔生物捕獲ネットを呼び出し、一気に振り抜いた。
ボワン!
図鑑No.90/251
名前:フジアゲハ
レア度:0
捕獲スキル:賢さ+2(初回ボーナス)
捕獲経験値:20
ドロップアイテム:魔石(小)




