第66話 夕焼けの世界と、提灯のあかり
「とりあえず、石段の上の神社まで行ってみるか」
「うん、いこー!」
「そうだね。もしかしたら1階層と同じで、神社が変化のキーなのかもしれないから」
俺たちは、あたりを確認しながら神社に向けて歩いていく。
今のところ、屋台に暖簾があったり、商品や食材が置いてあるところはない。
「今のところ、金の匂いはしねーな」
「ダンジョンだからといって、無法行為はやめてくれよ……」
「けけ、ダンジョン内の宝箱やタンスは開けていいんだぜ。パーティの汚れ役はまかせな」
「人の心が……」
結局、まなみんが期待するようなアイテムは見つからないまま、石段の手前に着いてしまった。
「チ……、今後に期待か……」
「まなみんは意地汚いんだから……。さ、階段登ろ。上には何があるのかな?」
「100段はありそうだな……」
俺たちは階段を上っていく。
「ダンジョン内で身体強化されてるからいいけど、外だとなかなかこの階段はのぼれないね……」
「え、たぶんあたしは余裕だけど……」
「お前は例外なんだよ。アタシも無理だ。家の外に出るのすらキツいんだからな」
「それはまた別の原因だろ……」
階段を上っていると、1階層とは異なる細い体のトンボ――イトトンボのような個体が空を飛んでいた。
やはり、出てくる虫の種類も少し違うようだ。
「プリティアにならなくても、なんとか上れそうだな」
「この程度でスキルを使うのはやめてくれ……」
そうして、俺たちは、赤い鳥居のところまで階段を上りきった。
「わぁ……。こーちゃん、見て!」
「おお……」
後ろを振り向くと、あたりの様子が見下ろせた。
西の山に沈みつつある夕陽。
屋台が立ち並ぶ、石の参道。
そして、少し離れたところにある大きな川。
おそらく、花火を打ち上げるとしたら、あの辺りがよいのだろう。
「あの社務所みたいな建物が1階層からの階段がつながってたところだよね」
「そうだな」
1階層からの階段は土でできたトンネルだったが、外に出てみると、出口は社務所の玄関につながっていた。
ダンジョン内は不思議である。
「奥の方には街みたいなのが見えるな……」
田んぼや森も見える。
見えない壁に阻まれて行けないエリアなのに、リアルに作り込まれている。
しーちゃんは街の様子を見て。
「知らない街なのに、どこか懐かしい気がするね……」
「アタシも同感だぜ……。自分の行動範囲の外にも、世界は広がっているという実感が懐かしさのもとなのかもな」
「まなみん、深そうなこと言うじゃん」
「オープンワールドゲームのワクワク感と似てるぜ」
「ごめん、それはわからない」
そうして少しの間、俺たち4人は夕暮れの世界を眺めた。
「こーちゃん、そろそろ神社に行ってみる?」
「……そうだな」
後ろを向き、赤い鳥居をくぐる。
1階層とは異なり、神社も立派だ。
派手な装飾こそないものの、ちょっとした小屋くらいの大きさがある。
「こーちゃん、やっぱりお賽銭箱があるよ?」
「やっぱり、神社に秘密があるのかなぁ?」
「試してみるか」
宇都宮ダンジョンで倒したゴーストナイツは5体組だった。
1階層では神社に4枚のコインを納めたが、まだ1枚残りがある。
「お、おい、数十万円……」
「もう、ハーみん様ならケチケチしないと思うんだけどなぁ……」
俺はポーチを開いて、ダンジョンプラチナのコインを取り出す。
すると。
「あ、こーちゃん、コインが光りだしたよ!」
「お賽銭箱も……!」
「ああ……光らないでほしかった……」
「こりゃ確定だな」
1階層のときと同じ、淡い白い光が、コインと賽銭箱に灯っていた。
これは、コインをお供えしろというダンジョンの意思表示だろう。
「じゃあ、みんなでいくか」
俺はダンジョンプラチナを握りしめながら、賽銭箱の前に歩いていく。
4人全員が横に並んだことを確認してから、俺はコインを投げ入れた。
カコン、カラカラ……。
続いて、縄を持って鈴を鳴らす。
カラン、カラン!
そして、作法にのっとり、お参りを行う。
パン、パン!
すると……。
「あ、こーちゃん!」
1階層と同じように、賽銭箱から白い球体が飛び出した。
「よし……いいぞ」
球体はしばらく宙にとどまったあと。
「あ!」
シュッ!
かなりのスピードで、鳥居の先に飛んでいった。
「夏目くん、あっち!」
「ああ、行こう!」
みんなで階段の方に駆けていく。
高台からお祭りの風景を見下すと。
――白い光は、2階層の入り口近くを飛んでいるところだった。
「かなり速いな……」
「追いつけねーな。走っても無駄だぜ」
「まなみん、安心したみたいに……」
「あ、こーちゃん! 光が止まったよ!」
「よく見えるな……」
じっと見つめると、たしかに光の速度は低下しているようだ。
ふらふらと揺れながら、提灯の方へ進んでいく。
そして。
「あ……」
提灯は光を取り込み、順番に明かりをともしていった。
蠟燭から蠟燭に、火が燃え移っていくように。
「すごい! どんどん明るくなってる!」
10メートル程度にわたって次々に提灯が赤く光ったあと。
ピタリと、変化は終わった。
「あれ、止まっちゃった?」
「……みたいだな」
「ダンジョンプラチナ1枚じゃ駄目なんだね」
「チ……強欲なダンジョンだ」
でも……。
「……少しあたりが暗くなったような気がするな」
提灯の明かりがくっきりと見えるので、ふと気づいたのだ。
「あ、たしかに!」
「太陽の位置もかすかに変わってるね」
「このまま素材を納めていけば、いずれは夜になって祭りが始まるのかもな」
「花火なんか上がっちゃったりして!」
「そうだといいな」
――そうして。
きゃいきゃいと騒ぎながら、俺たちはプライベートダンジョンをあとにした。
ダンジョンを出てからは、市内の回転寿司でみんなでご飯を食べ、それでお開きとなった。
☆★☆
その日の夜。
LINKメッセージが届いた。
ピコン!
【チーム:秘密基地のなかよし4人】
笹良橋志帆:無事東京に着いたよ。みんな、今週はお疲れ様!
たまき:あたしたち、Aランクパーティだー!
たまき:昨日も言ったけど、こーちゃんのおかげだよね
たまき:(クマが「感謝感激」といって涙を流すスタンプ)
光一:俺は大したことはしてないよ
光一:4人みんなの力だよ
まなみ:悲劇のヒロイン思川環が国の横暴をあばくエッセイマンガが必要なくなっちまったな
たまき:そんなの最初から必要ないっての、まったく
たまき:しかも、そんなのなくてもネット炎上してるし
たまき:しーちゃんの上司がワイロもらってたんでしょ?
笹良橋志帆:明日、職場ばたばたするだろうなぁ……
笹良橋志帆:ペンギンさんチームのパーティ解散手続きもあるし……
笹良橋志帆:近いうちに、またみんなに会いたいな
笹良橋志帆:大変な仕事のあと、東京でひとりだと寂しいよ
笹良橋志帆:(絵本に出てくるウサギがしくしく泣いているスタンプ)
たまき:今度はあたしたちが東京行く?
たまき:あたし、新宿ダンジョン行きたい!
まなみ:アタシもさんざん新宿のブログ記事書いたしな。1回くらい行ってやってもいいか
光一:Aランクパーティになったって感じだな
光一:俺も東京行ってみたい
光一:楽しい思い出で上書きしたいな
笹良橋志帆:みんな、ありがとう!
笹良橋志帆:(絵本に出てくるウサギが「大好き!」と言っているスタンプ)
笹良橋志帆:これで明日からも頑張れそう
まなみ:ふたりも独立しちまえよ、アタシとこーちんみたいに
光一:俺は独立したわけじゃなくて、クビになっただけだけど……
たまき:まなみんは最初から無職でしょ
まなみ:ダンジョン神社の神さま、聞いてください。あたしの夢は、こーちゃんと……
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
笹良橋志帆:あはは
笹良橋志帆:ありがとう、まなみん。でも、もう少し頑張ってみる
笹良橋志帆:わたし、スキルの研究制度を作りたいんだ
笹良橋志帆:夏目くんみたいに、一見つかい方がわからないスキルでも、大きな可能性を秘めてるかもしれない
笹良橋志帆:そういうスキルの活かし方がわかれば、その人にとっても、社会にとってもいいのかなって
光一:いい目標だな
光一:みんなのことを考えていて、すごいな
たまき:あたしも、山田さんに育ててもらった恩があるからなぁ
たまき:恩返しできるまでは頑張ろうかな
光一:おタマちゃんも立派だな
光一:俺も見習わなくちゃな
たまき:何言ってるの、こーちゃん
たまき:一番すごいのは、こーちゃんなんだからね
笹良橋志帆:そうだね。レベル50は日本トップクラスの探索者だし
まなみ:Aランクパーティのリーダーだからな。けけ、有名人にサインもらっとくかな
光一:そうなのかな
たまき:そうだよ、自信持って! こーちゃんが一番だよ!
光一:ありがとう、みんな
☆★☆
LINKメッセージが途絶えたあとも、俺は履歴を見返していた。
……自信を持って、か。
そのメッセージで、プライベートダンジョン2階層で抱いた気持ちを思い出した。
ずっと、フタをしてきた気持ち。
なんの取り柄もない俺は、誰かを好きになっちゃいけないと思っていた。
俺みたいなやつに好かれても迷惑なんじゃないかとすら思っていた。
でも……Aランクパーティになれた今なら。
探索者として1人前になり、自分に自信が持てるようになったなら。
――もしかしたら、俺も、ひとを好きになってもいいのかもしれない。
そんな気持ちが芽生えていた。
「俺は、幼なじみの誰かと恋人になりたいのかな……」
一瞬、おタマちゃんの顔が脳裏によぎる。
慣れない気持ちに、心臓がドキドキする。
でも――おタマちゃんは俺のことを友だちとしか思っていないだろう。
ほかのみんなもそうだ。
――俺が変な気持ちを持ち込んだせいで、またみんながバラバラになったら……?
「ああ……、もう……」
わからない。
俺は悶々としたまま、夜を過ごした。