第65話 2階層の様子と、忘れていた気持ち
Aランクパーティ昇格試験の翌日。
俺たち《チーム・秘密基地》の4人は、プライベートダンジョン内の神社に来ていた。
ひとりひとりの手には、宇都宮ダンジョンで手に入れたダンジョンプラチナのコインが握られている。
「わ、本当にお賽銭箱が光りだした……」
「コインの方も光ってる! すごい!」
Aランクパーティ昇格のお礼参りとして、俺たちはダンジョンプラチナをお賽銭箱に納めることにした。
もちろん、プライベートダンジョンが2階層へと成長してくれるとうれしいという下心もある。
「本当に、これ入れちまうのか? 1枚数十万円で売れるのに……」
「無理にとは言わないが……できればお願いしたいな」
「もー、まなみんはケチケチしすぎ! ストーンガーディアンのドロップ品もあったじゃん!」
「うう……。しゃーねぇ……。覚悟を決めるか……」
「さて、お参りしよー。あれ? 正しい作法ってなんだっけ? 二礼二礼一礼だっけ?」
「たまちゃん、それじゃ五礼だよ……。二礼二拍手一礼が一般的かな」
「よし。じゃあ、やるか」
俺たちはダンジョンプラチナを賽銭箱に投げ入れた。
カコン、カラカラ!
そして、2回おじぎをした後に手を叩く。
パン、パン!!
(このプライベートダンジョンのおかげで一人前の探索者になれました。本当にありがとうございました。)
一礼しつつ、心のなかで感謝の言葉を述べる。
目を開けて横を見ると、おタマちゃんがおじぎをしながら何かをつぶやいていた。
「無事Aランクパーティになれて、みんなと一緒にいれることになりました。ありがとうございました。あと、こーちゃんと……こんできますように……」
「俺がなんだって?」
「ひゃ、ひゃうっ……!」
おタマちゃんは大げさに驚いた。
「あ、そこまで驚かす気はなかったんだ。なんか俺の名前が聞こえたような気がしたから……」
「たまちゃん、少し声に出てたよ?」
「けけ、アタシも聞こえたぞ。なんだか、こーちんとけっ……」
「わー、まなみん、うるさいっ!!」
「……?」
そんなふうに騒いでいると。
「あ、夏目くん! 神社から白い光が!」
「お……!」
賽銭箱の中から、白い光の玉が浮かび上がってきた。
この前よりもかなり大きい。
しかも、それが4つ。
光の球体はふらふらと社の裏の大木へと向かっていく。
「何アレ! すごい!」
「……ほかのダンジョンでいうところの、宝石をはめ込むとドアが開く仕組みか? 神社の賽銭箱がキーとはめずらしい……」
球体は、大木の幹に吸い込まれていった。
そして。
「あ、こーちゃん、見て!」
大木の根本、太い根と根の隙間が白く輝いた。
素材のランクが違うせいか、以前ダンジョン鋼を納めたときより光が強い。
「これで階段ができるといいが……」
しばらく灯りがともったあと、白い光は静かに消えていく。
その後には。
「わ! 穴が空いたよ!」
楽に人が入れるくらいの大きな穴ができていた。
「……よし」
「不思議……。こうやって成長するダンジョンもあるんだ……」
「ね、こーちゃん、行ってみようよ」
「そうだな」
「たまたま、お前は前科があるんだから、新階層には気をつけろよ」
「ちょっと、言い方ひどくない!?」
大木の根本にできた穴に近づくと、底が見えない深さになっていた。
《蛍のあかり》で照らすと、木の根と土で階段状になっており、下へ下へと降りていけるようになっているのが見えた。
俺はみんなに問いかける。
「降りてみてもいいか?」
「もちろん!」
「気をつけていこうね」
「ダンジョンプラチナより高いものがありますように……」
「よし……。じゃあ、いくか」
呼び出した蛍で照らしながら、階段を降りていく。
「けっこう深そうだね」
「ああ。2階層までできているといいな」
階段は螺旋状になっており、ぐるぐると回りながら続いている。
しばらくすると。
「あ、前に光が見える!」
「おい、たまたま!」
「たまちゃん、待って! みんな一緒にいこ?」
「気持ちはわかるけどな」
2階層はどんな感じなんだろうか。
同一ダンジョン内だからそう景色は変わらないと思うが、違った虫が出てくるといいな。
次はオオクワガタを捕まえたい。
そんなことを考えながら進んでいくと、徐々に前が明るくなり――。
――やがて、視界が光に包まれた。
「っ……」
カナカナカナカナ……。
ひぐらしの声が聞こえる。
カナカナカナカナ……。
1匹だけではなく、何匹もいるようだ。
目を開けると、そこは。
「あ……」
「こーちゃん、これって……!?」
――時刻は、夕暮れ。
足元には、石畳の一本道。
道の両脇には、骨組みだけの屋台。
頭上には、まだ灯されていない提灯が列になって連なっている。
道の先には階段があり、その上には赤い鳥居と神社があった。
「夏祭り、か……?」
「でも、まだ始まってなさそうだね」
――プライベートダンジョン2階層は、開始前の夏祭りエリアとなっていた。
「夏目くんのスキルで夜にすれば、お祭りが始まるのかな?」
「試してみるか」
俺は《昼夜逆転》スキルを使用した。
カナカナカナカナという声がダンジョン内に鳴り響き……。
あたりは夜になる……はずだった。
しかし。
「……あれ?」
「こーちゃん、変わらないね」
スキル発動中でも、あたりの様子に変化はなかった。
「無効化されているのか……?」
すると、しーちゃんとまなみんが言った。
「ううん。夏目くん、スキルの効果は出ているみたいだよ?」
「……太陽の位置が変わってんな。夕方が明け方になってる。たしかに《昼夜逆転》は発動してるが、いずれにせよ祭りはやってない時間帯なんだろうな」
「じゃあ、どうすれば……? てか、ここは祭りの準備風景だけのフロアっていう可能性も……」
「こーちゃん! とりあえず探検しよっ! それから考えようよ!」
「たまたま、お前は探検したいだけだろ?」
「ち、違うってば!」
「でも、まあ、実際にいろいろ見てみないとわからないからね」
「しーちゃん、いいこと言うね! 行こ、みんな!」
「そうだな……」
そして、俺たちは石畳を歩きはじめた。
屋台の後ろは森になっており、木々の奥には1階層と同じように見えない壁があった。
2階層は、かなり細長いつくりのフロアとなっているようだ。
「屋台って営業するのかな……?」
ふとつぶやくと、しーちゃんは。
「うーん、可能性としてはあるのかも。新宿ダンジョンのディスカウントストアのフロアでは、ロボットのような人形が接客してくれるし、パリ9区ダンジョンでは、黒い影のようなヒトがオペラを上演してくれるみたいだよ」
「なるほどな……」
屋台、営業してくれるといいな。
日本円が使えるのか知らないけど。
金魚すくいに、りんご飴に、やきそば……。
1階層のエリクサーラムネやシード系アメ玉のように、きっと悪いものではないはずだ。
「こーちゃん、楽しそうだね」
「まあな」
そして、ふと思う。
この4人で、夏祭りや花火大会にいったことはなかったな。
低学年のうちは子どもだけでお祭りには行けなかった。
「いつかはみんなで行こうね」と4人で約束していたものの、4人がバラバラになってしまったこともあり、その話は立ち消えとなった。
――みんなで過ごせなかった、いつかの夏。
今度は楽しく過ごせるといいな。
これからも、ずっと。
「ん……?」
そのとき。
俺の胸の奥で、何かチリチリとした、にぶい痛みを感じた。
もう少しで、前に忘れてしまった大切な気持ちを思い出せそうな……。
「こーちゃん、行くよー」
「夏目くん、何かあったの?」
「たまたまの願いごとが気になってるのか?」
「あ……」
いや……きっと気のせいだろう。
「なんでもない。すぐ行く」
俺はみんなのところへ走っていく。
大切な友だちのところへ。




