第6話 探索者人生のはじまり
「以上で探索者講習を終わります。お疲れ様でした」
カウンターの奥にある教室にて、俺は1時間の探索者講習を終えた。
おタマちゃんは立派に講師をつとめあげた。
つい拍手してしまったくらいだ。
「ありがとう。すごくためになった」
「ほんと? うれしいな」
「教科書は国のやつだろうけど、説明の仕方がよかったな」
「へへ、それほどでも……」
おタマちゃんはまんざらでもなさそうに自分の頭の後ろをなでている。
ダンジョン外での武器の携行の仕方、義務ではないが携行が推奨される道具、モンスターと出会ったときの対処の仕方など……。
実に実践的な知識を得ることができた。
「俺が独占してはもったいなかったな」
今日は平日の午前中だからか、ほかに講習を受ける客がいなかった。
「もっと大勢の人に聞いてもらうべきだな」
「えへへ……、さんきゅーさんきゅー」
おタマちゃんはロックスターじみた手ぶりで俺に応えた。
「山田さーん、思川さんが調子にのってまーす」
「こ、こーちゃん! 言っちゃダメっ!」
「はは……」
「……もう。昨日けっこう怒られたんだから」
「小さい声だから聞こえないだろ」
「山田さん、ダンジョンだと索敵能力めちゃくちゃ高いんだよ? 聞こえててもおかしくない」
「地獄耳の化け物みたいに言うなよな」
「そ、そんなこと言ってないから! ほらこれ! 20%オフのクーポンを渡すから、イーヨンの探索者コーナーでも行ってきたら!? 初心者用オススメセットも売ってるから!」
「……よくできたシステムだな」
☆★☆
「お疲れ様でした」
教室から出ると、探索者協会の山田さんが出迎えてくれた。
「思川さんの説明はいかがでしたか?」
俺は正直に答えた。
「最高にわかりやすかったから、ぜひ褒めてあげてください」
「ふふ、わかりました。優しいのですね、NKくんは」
「NK?」
「わー! わー! 山田さん!」
おタマさんは手をバタバタさせて騒いでいる。まったく意味のわからないやつだ。
「あら、ごめんなさいね、夏目さん。さて……こちらをお受取りください」
山田さんは1枚のカードを手渡してきた。
「これは……」
「夏目さんの探索者カードです。緑ですので5号ダンジョンしか入れませんから、ご注意ください」
「おお……」
カードを受け取る。
カードには、講習前に撮った俺の顔写真が入っていた。
「――夏目さんの探索者人生のはじまり、ですね」
「なんだかうれしいな。あ、そうだ。試しに買取をお願いしてもよいですか?」
「昨日の魔石ですか? 大丈夫ですよ」
俺はバッグから微小の魔石を取り出した。
山田さんはそれを受け取ると、カウンターの奥にあった秤のような機械にのせた。
カラン、というさみしい音が鳴る。
「ええと、けっこう質は良いみたいですね。これひとつで40円です。源泉徴収して36円になりますが、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
書類にサインを書くと、山田さんはレシート状の領収書と硬貨を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。あ、ちなみに探索者カードはお金のやりとりも記録しています。もし、この後で探索者ショップに行くのなら、必ず提示してくださいね。自動的に所得税の経費申告ができますから」
「わかりました、ありがとうございます」
硬貨だけの、わずかなお金。
だが、これは、俺が組織に属さず稼いだ最初のお金だった。
組織ではうまく世渡り出来なかったけれど。
これからは、できることなら、個人として自分の生計を立てられるようになりたい。
このお金は最初の一歩として記念にとっておこうかな。
……そんなことを思いながら、硬貨をバッグにしまった。
☆★☆
そして、俺はプライベートダンジョンのドアの前に戻ってきた。
時刻は午後2時。
無職になってしまったから時間は関係ないのだが、最初なので午後6時までには出てこようと思う。
「トンボ1匹40円……25匹で1000円か……」
今日は深入りはせず、トンボを中心に捕まえながら出口が見える範囲を探索することにする。
「さてと……」
俺は、イーヨンで9600円(割引前:12000円)で買った探索初心者セットのセッティングを再確認する。
ヘルメットよし、腰のアイテムポーチよし、回復薬・解毒薬よし……。
「――問題ないな」
俺は着ていたコートをドアの近くの木にかけてから、ダンジョンにつながる鉄のドアを開けた。
ガチャ、ギィィィ……。
中に入ると、一気に気温が変わる。
ミーン、ミンミンミン……。
セミの鳴き声が俺を出迎えてくれる。
「……いいね」
俺たち専用のダンジョンだと思うと、急に愛着がわいてきた。
「さて……」
イーヨンでは探索者セットだけを買ったわけではない。
百均で虫取りアミも買ってきたのだ。
さっそくこれでトンボちゃんを捕まえてみようかな。
トンボはこれでもかと言うほど宙を舞っている。
俺は虫取りアミを振りかぶり、
「よっ!」
と振り下ろした。
タイミング的には完璧だった。
「どれどれ……、ん?」
しかし、アミの中には何も入っていなかった。
「変だな……」
もう一度試してみるが、やはりアミの中にはトンボも魔石も入っていなかった。
「ううむ……」
よくよく見てみると、百均の虫取りアミに触れた瞬間、トンボは消滅しているようだった。
「……不思議だ」
確かに、外の世界でつくった精緻な工業製品よりも、ダンジョン内で手に入れたロングソードの方が威力が高かったなんて話も聞いたことがある。
ダンジョン外の道具は何かしらのデバフがかかっているのかもしれない。
「……仕方ない。地道にやるか」
俺はトンボを捕まえながら田んぼ道を歩いていく。
カンが戻ってきたから、もはや歩きながらでもトンボは簡単に捕まえられた。
魔石を手に入れると、腰のアイテムポーチに入れていく。
「お……」
田んぼの脇の草からバッタが飛びだしてきた。
こいつも毒はないだろう。たぶん。
俺はバッタの着地地点まで駆け寄り、一気に手を伸ばして捕まえた。
ボワン!
バッタは俺の手の中で小石程度の魔石に変わった。
同時に、空中に1冊の本が現れ、ペラペラと勝手にページが開かれる。
図鑑No.20/251
名前:ダンジョンバッタ
レア度:0
捕獲スキル:集団襲撃(捕獲数100以上で開放)
捕獲経験値:2
ドロップアイテム:魔石(微小)
解説:ダンジョン内の草むらに生息するバッタ。【童心】スキルでのみ捕獲可能。単体では危険度はないが、一定数以上を集めると攻撃手段として活用可能。
捕獲数:1/100
「ん……?」
このバッタ……、数を集めると、攻撃スキルとして使えるようになるのか?
剣も魔法も使えない俺だが、ダンジョンで戦えるようになるのかな。
「まだ期待すべきじゃないのかもしれないが、期待してしまうな」
いつかは、おタマちゃんと一緒にほかのダンジョンに潜れる日も来るのだろうか。
「……よし」
まだ自分を諦めたくない。
方針を転換し、俺はバッタを集めてみることにした。