第59話 有料級の裏道
試験の概要は次のとおりだった。
・2パーティには、試験監督用の高性能ドローンカメラが配備される。
・20階層のボスを先に討伐したパーティが勝利。
・同時にボス戦に入った場合は、撃破までに与えたダメージ量が多いチームの勝利。ダメージ量はドローンに測定機能がある。
・ダンジョン探索経過も含め試験となるため、20階層のボス撃破までは【空間転移】及びそれに類する能力の使用は禁止。違反した場合、当該パーティは失格となる。
・持ち込みは自由。
・相手チームへの直接的妨害は禁止。ただし、意図せずその結果となった場合は不問とする。
・2チームには国の探索官が同行する。探索官は受験者の安全を守ることを業務とし、モンスターに攻撃をしてはいけない。探索者を守るためにやむを得ずモンスターを攻撃することは可能だが、その場合当該パーティは失格となる。
「……俺たちに不利だな」
しーちゃんが直接戦えない分、相手の方が人数が多い。
「そんなことはないよ。君たちの地元で開催している分、君たちの方が有利とも言えるね。あ、そうそう。最後に一番重要なルールだ」
・20階層から1階層までの帰り道については、Aランクパーティ編入試験として扱う。希望者は、勝者たるAランクパーティの同意のもと、帰路に同行することができる。帰路での活躍を認められれば、希望者はAランクパーティに転入することができる。
「帰路になれば【空間転移】系のスキルを使っても大丈夫だからね。夏目くんの実力を示すチャンスかな」
「……あからさまだな」
「何のことかな? ま、中に入りなさい」
俺たちは、探索者免許をかざして、宇都宮ダンジョンを封じる鉄のドアを開けた。
宇都宮ダンジョンの入り口も、太田ダンジョンと同様、四角いマンホールのような形状をしていた。
それを持ち上げると、大谷石じみた地下への階段が伸びている。
壁面には、定期的にオレンジ色の明かりが灯されている。
「すごいな……」
太田とはまた違った雰囲気がある。
「こーちゃんはここ初めてだよね?」
「ああ……。プライベートダンジョンでのレベル上げを優先していたら、なかなか来れなくてな」
カツカツと音を立てながら、地下へと下りていく。
階段を降りると、石でできた広場があった。
俺たち2パーティは、そこに並べられた。
「両パーティ、ドローンを展開してください」
しーちゃんの上司に言われ、カメラ付きドローンを起動する。
「2台の映像は、私の手元にある魔導タブレットで確認できます。不正行為はすぐにわかるので、そのつもりで」
行きでは《ワームホール》を使うなということなんだろう。
「道中飛ばしすぎて、ボスと戦う体力が切れたり、致命的な罠にかからないように気をつけてください。準備はいいですか?」
「――ああ」
「――無論だ」
そして、一瞬の間のあと。
「それでは始めてください!」
試験開始が宣言された。
「ついてこい! 《ファーストペンギンズ》!」
「夏目くん、階段は左だよ!」
「わかった!」
宇都宮ダンジョンの入り口広場からは、左右、正面の3方向に通路が伸びていた。
すでに《ファーストペンギンズ》の面々も、左手の通路に向けて走っている。
「あ、こーちゃん! 前からゴブリンが来てるよ!」
「キシャアアアアアアッッッ!!」
正面の通路から走ってくる。
俺たちをターゲットにしているようだ。
「ゴブリンなら楽勝だ。俺がやるから気にしないで走ってくれ!」
「こーちゃん、了解!」
だが、そのときだった。
「【炎魔法】【魔力増幅】……インフェルノウォール!!」
「――っ!」
《ファーストペンギンズ》の女性の声がして、部屋を横断するような炎の壁が現れた。
「キシャ……」
ゴブリンは一瞬で燃え尽きた。
そして、その後には。
「こ、こーちゃん! これ……!」
――炎の壁が残り、通路までの道をふさいでいた。
「これじゃ、通れない……!」
「あ、ゴメンねー。ちょっと火力が高すぎたかなー? あ、ドローンが386ダメージだって言ってる。オーバーキルしてもちゃんと測ってくれるみたいだよ? ウケるねー」
「さーて、勝ち確のところで、そろそろ配信はじめようかな。試験用ドローンに設定入れて……。みんな、仲良い感じでお願いね」
「くだらん。ワシはしゃべらんぞ」
「じゃあな、鈍間ども。さて……。ダンジョンイノベーターのみなさん、こんにちは! 《ファーストペンギンズ》の柳生です。今日はなんと僕たちのチームに宣戦布告するチームが現れました……」
炎の壁の向こうで《ファーストペンギンズ》の面々は通路の奥に進んでいった。
「稲葉補佐! これは妨害行為では!?」
しーちゃんは振り返り、上司に抗議する。
しかし。
「ゴブリンをねらった攻撃だったろう? 妨害目的と断定できる根拠はあるのかい?」
「ゴブリン相手にこの火力は必要ありません! それに試験中に配信なんて!」
「禁止はしてないからね。探索者が配信するのは常識だし、中には後方支援を組み入れているパーティもあるし」
「聞いていません!」
すると、まなみんがしーちゃんに言った。
「しーちゃん、大丈夫だぜ。気にするな」
「まなみん……! でも……!」
「けけ、好きに行かせとけ。何も問題ねーよ」
「あの炎、どうするの? あたしの【水使い】で消す?」
火の勢いは少しも弱まらない。
しかし、まなみんは。
「あいつらもモノを知らねーな。あいつらが向かったのは2階層へ続く階段への最短距離だ。20階層への最短距離じゃない」
「え……?」
「みんな、ついてきな。さすがのアタシも腹に据えかねるからな。課金者だけに公開していた情報をつかうときが来たぜ」
そして、まなみんは右側の通路に向かった。
「アタシも本気でいくか。《ドレスチェンジ》!」
まなみんは衣装を切り替え、月虹のハーミットに変身する。
「しーよ。同行者用デバイスを渡してくれ」
「え? これだけど、どうして……?」
「我らも配信を行い、あの傲慢な輩どもの敗北を晒し上げてやろうぞ」
「まな……、じゃなくて、ハーみん様は配信アカウント持ってるんですか?」
「実際に配信したことはないが、設定だけはな。しー、返すぞ」
「え、もう終わったの? てか、セキュリティ設定あまいなぁ……。きっと、あの人たちの配信は既定事項だったんだろうなぁ……」
「さあ、配信を始めよう。『月虹こーチャンネル』スタートだ!」
「え、え!? 待ってよ、あたし、心の準備が……」
「俺の名前も使われてる……」
まなみんはドローンに向けて、片手を顔にかざす謎のポーズをとった。
「知恵の実を食せし同胞よ。【光】と【闇】を従えし堕天の王、月虹のハーミットである」
「こーちゃん、なんだかあたし、恥ずかしくなってきた……」
「こんなことやってていいのかな……。わ、もう
3人も見てくれている」
《ハーミットフォロワーw 痛すぎwww》
《本人の許可とってるの? 本人が顔出ししてないからって、なりすましは犯罪だよ》
「我が本人である。その証拠に我がいるのは宇都宮ダンジョン。現在Aランクパーティ認定試験中であり、《ファーストペンギンズ》とのRTAの最中だ。勝利すれば、我がチームはAランクパーティとなる」
《また有名パーティの名前出して……。通報してくるわ》
《ちょっと待て。ファーストペンギンズもマジで同じダンジョンにいるみたいだぞ》
「我がチームを紹介しよう。ぬしらにも知っている者もいるだろう……夏目、たま。そして、しー探索官である」
《誰だよwww》
《知らね》
《え? まって?》
《こーちゃんじゃねーか!!!》
「は、ハーミットさん。そろそろ……」
「うむ、しーよ。ぬしの焦燥ももっともである。だが、すでに目的地よ」
目の前には、宇都宮ダンジョンの地底湖が広がっている。
「ハーみん様……、行きどまりだよ?」
「まな……、いや、ハーミット様、これマズいんじゃ……」
もう相手チームは、3階層についていてもおかしくない。
今から引き返しても、もう……。
「案ずるな、夏目。あれを見よ」
すると、まなみんの指先からレーザーポインタのような光が伸び、反対側の壁を指し示した。
《光魔法?》
《マジ? 本物のハーミット?》
《ハーミット女なの?》
《てか、光の先、壁がくぼんでるな》
「あれは、宇都宮ダンジョンのショートカットルートである。11階層につながっている」
《ショートカット!?》
《ガセじゃなくて?》
《地元民だけど知らなかった》
《この水、ネタ系配信者が泳いだことあったけど、謎の流れで押し戻されてたぞ》
「どうやって向こう側にいくんだ?」
「我は自力で行く。夏目、ぬしは【水上歩行】ができただろう」
「まあ、できるけど……」
ちょっと前に、アメンボから覚えたスキルだ。
だが、おタマちゃん、しーちゃんはどうすれば……。
「夏目、【水上歩行】を発動しながら、ふたりを運んでこい。2往復する暇はないゆえ、一度にな」
「お、おい」
「【闇魔法】ナイトホーク!!」
まなみんの右手から黒い玉が放たれ、それは大きな鷹のかたちになった。
「ついてこい!!」
影の鷹は、まなみんの両肩を足でつかみ、空に飛び上がった。
《空飛んだ!》
《獣王の飛び方じゃん》
《闇魔法!?》
《本物のハーミット確定!!》
「こ、こーちゃん、まなみん行っちゃうよ!」
「ったく……! しーちゃん、背中に乗ってくれ! おタマちゃん、悪いが抱きかかえるぞ!」
「な、夏目くん、わたし、重いかも……!」
「え、え!? こーちゃん!!」
俺はしーちゃんをおんぶし、おタマちゃんをお姫様抱っこすることになった。
背中にはささやかなふくらみを感じ、両手にはやわらかな感触を感じるが、気にしないようにした。
「な、夏目くん……!」
「こーちゃん……」
足に魔素をまとい、【水上歩行】でまなみんを追いかける。
《こーちゃん、水上歩行なんかできたんだ》
《てか、女の子ふたりって》
《爆発しろ》
《爆発しろ》
《私もこーちゃんに抱っこされたかったよぉぉぉ》
壁のくぼみの奥には小さな部屋があり、青く光る魔法陣があった。
「さあ、いくぞ。乗れ」
「まな……、ハーミット……!」
勝手に行くなよ、と恨み言を言おうとしたが。
「ハーみん様、ありがとね……」
「なんだかドキドキする……」
ほかの2人が気にしてないようなので、言うのはやめた。
「さあ、行くぞ」
4人で魔法陣に乗ると、無数の光の粒子が空に立ちのぼり、視界が青白い色に染められる。
「これは一種の空間転移だが、スキルによるものではない。ゆえに咎められるいわれもない」
「あ……」
気づくと、俺たち4人とドローンは、別の場所にワープしていた。
1階層と壁面は同じだが、ところどころにある魔力ライトが紫がかった色になっている。
「ここは11階層だ。相手はせいぜい3階層後半だろう。やつらの俗な言い回しを使えば、勝ち確といったところだな」