第58話 Hello,Again
「ハ……、ま、頑張ってくれよ。貴重なスキル持ちの夏目くんにだけはケガをさせないようにね。……試験説明は5分後、ダンジョン前にて行う」
そう言って、しーちゃんの上司は宇都宮ダンジョン入り口へ歩いていった。
「ふぅ……」
しーちゃんは小さくため息をついた。
「しーちゃん、かっこよかったよ!」
おタマちゃんは、しーちゃんに抱きついた。
「わ、たまちゃん。恥ずかしいよ」
「さすがだぜ、しーちゃん。……それから、こーちんもな」
すると、おタマちゃんは、しーちゃんから離れて。
「こーちゃん、あのペンギンの人と何話していたの?」
「パーティ引き抜きの話かな……?」
「それは……」
おタマちゃんのまっすぐな瞳を見て。
俺は。
「あれ……」
ポロポロと、涙をこぼした。
「こ、こーちゃん、どうしたの!?」
「なにかイヤなことを言われたの?」
「ネットでやりかえしてやるか?」
「いや……、そうじゃない……、そうじゃないんだ……」
俺はぽつほつと話した。
今日の朝、おタマちゃんに「大嫌い」と言ってしまった幼い日のことを夢に見たこと。
そのせいで、ずっと朝から気分がふさいでいたこと。
そして、さっき柳生とかいう男と話をする中で、俺と遊びたいといってくれていたおタマちゃんの気持ちが、やっとわかったこと。
なさけないが、涙が止まらなかった。
「ごめん……、俺が弱かったせいでおタマちゃんを傷つけた……。まなみんの居場所も守れなかった……。俺が強ければ、ずっとみんなで仲良くいられたのに……」
いつもあの日のことを後悔していた。
でも、今日に至るまで、どうすればよかったのかわからなかった。
俺が、未熟だったから。
すると、おタマちゃんは。
「……こーちゃん、大丈夫だよ。だって、あのときの『大嫌い』という言葉、ずっと嘘だって知ってたから……」
「え……?」
そんなはずはない。
だって、あれからおタマちゃんに、まともに謝ってもいない。
おタマちゃんが俺の気持ちを知っているわけが……。
「だって、本当にあたしのことをキライだったら、あんなに悲しそうな顔はしないはずだよ」
「あ……」
「こーちゃんは、あたしのためを思って、あたしが活躍できる場に送り出してくれたんだよね……。でも、あたしはチームメイトと仲良くできなくて……、こーちゃんの優しさを無駄にしちゃって……、ふぇぇぇん……」
「おタマちゃん……」
「あたしも、ずっとこーちゃんに謝りたかった……! ごめん、ごめんね……。あたし、こーちゃんの期待に応えられなかった……! 応えられなかったんだよぉ……!」
「それなら、わたしだって、みんなを置いて、東京に引っ越して……。みんながバラバラになるきっかけを作っちゃった……。ずっと謝りかった……! しくしく……」
「アタシだって、ただふさぎ込んでるだけだった……。アタシにもできることはあったはずなんだ……」
「みんな……」
――俺たちは、こんな場所なのに、みんなで涙を流した。
でも、不思議と悲しい気分にはならなかった。
涙は優しい雨のように、俺たちの後悔を洗い流してくれた。
そして、俺はポツリと言う。
「……まだまだ、みんなで過ごしたいな。仲良く、秘密基地に集まって……」
「うん、あたしも……」
「じゃあ……やることは決まってるね」
「こーちん、そろそろ行くか?」
「――ああ。《チーム秘密基地》、探索開始だ!」
「おーっ!」
そして、俺たちは、宇都宮ダンジョン入り口の前に並んだ。
宇都宮ダンジョン入り口には、大谷石を模した防護壁があり、太田ダンジョンと同じような鉄の扉がつけられていた。
「別れの挨拶は済んだのか? 【空間転移】よ」
あごひげの男――柳生氏は、俺に問いかける。
「いや、そんなのは必要ない。俺たちはお前らに勝つからだ」
「は! まだほざくか? いいかげん大人になれ。オレだって貴様のような愚か者とは組みたくはないが、考えれば答えは決まるだろう? 何が得か考えろ!」
柳生氏の後ろには、30代半ばほどの男女が3人いた。
「ねーねー、柳生。うるさい。私もね、【剣聖】じゃなければ、あんたなんかとは組まなかったわよ。夏目クンの方が好きかな、なんでも言うこと聞きそうだし」
「ボクは【空間転移】さえ手に入ればそれでいいです」
「ワシも同感じゃ。この夏目というやつに期待するのは【空間転移】スキルだけじゃ。こいつとおしゃべりするわけでなし、人格などどうでもいいわ」
「……お前らは」
俺は、この質問をせざるを得なかった。
「お前らは、パーティの仲間のことをどう思っているんだ?」
「は、決まっている」
パーティ代表の柳生氏は言う。
「――利用価値のある道具どもだよ」
「ボクたちのパーティは、そういう風土ですから」
「夏目クンもすぐに慣れるわよ。みーんな性格は悪いけど、有能だから。キライでも、離れられないのよ」
「金も名誉も手に入るぞ? もちろん女もな。お前がゴネるなら、ワシから前金で3億くれてやってもよいぞ。その一部をそいつらの手切れ金にしたらどうだ?」
「……俺は」
俺は静かに言う。
「お前らのようには生きない。人を自分のために利用して、利益だけのために生きていたくはない」
「くだらん。貴様の認識は幼すぎる。貴様は知らないのだろうが、Aランクパーティはダンジョンから莫大な利益を生み出す存在だ。その利益をめぐって、どれだけの人間が群がっているかも知るまい。マスコミ、大企業、政治家……。Aランクパーティを敵にするということは、社会を敵にするということだ」
すると、まなみんが俺をさえぎり。
「けけ、じゃあ、アタシたちがお前らに勝ってAランクになれば、お前らよりも有用ってことになるよなぁ。ネットでつぶやいちゃうかもなぁ。『【悲報】ペンギンさんチーム、探索2回目のこーちゃんに惨敗する』って」
「……できるわけがない」
そのとき。
「――そろそろ時間だよ。試験の説明をさせていただくね」
しーちゃんの上司が、俺たちの間に入った。
「試験の方法は簡単だ――」
そして、ルールが書かれた紙が配付された。