表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/95

第57話 昔の夢と、Aランクパーティ認定試験

 ――夢。


 明け方の浅い眠りの中で、夢を見ていた。


 目の前には、小学生のおタマちゃんが学校の廊下(ろうか)の先から歩いてきた。


「あ、こーちゃん! 一緒に帰ろ!」


「先生はなんだって?」


 ――覚えている。


 これは、しーちゃんが東京に引っ越して、しばらくしてからの出来事だ。


 放課後、おタマちゃんがひとり職員室に呼び出されたのだ。


 おタマちゃんはなんでもないことのように言う。


「あたしにミニバスやらないかって。あたしならきっと上手(うま)くなれるからって」


「……なんて言ったんだ?」


「え? やらないよーって。だって、帰って遊ぶほうが面白いもん。ね、こーちゃん、今日は何やる? ドッジボール? 影踏み?」


「…………」


 おタマちゃんは成長とともに運動神経がよくなっていった。


 もはや俺は、かけっこでも追いつけないし、ボールでも対等な勝負はできなかった。


 おタマちゃんは、何も取り柄のない俺とは違って、その才能をみんなから求められている。


 俺は、おタマちゃんの笑顔を素直に受け取ることができなくなっていた。


 そして、まなみんとは、すでに疎遠(そえん)になりつつある。


「とりあえず帰ろっか。秘密基地集合でいい?」


 楽しそうに言うおタマちゃんに対して、俺は。


「もう……やめる」


「え……?」


「もうおタマちゃんとは遊ばない! バスケやればいいじゃん!」


「え、え? こーちゃん!?」


「ついてこないでよ!!」


 俺は視界を涙でにじませながら、昇降口の外へ駆け出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 後ろから足音が聞こえてきて、おタマちゃんに簡単に追いつかれてしまう。


「こーちゃん、どうしたの? 元気ないの?」


 おタマちゃんは本当に心配そうな顔で俺をのぞきこむ。


 だが、俺は。


 ――あっという間に追いつかれて。


 ――女の子に同情されて。


 ――みじめな自分に耐えられなくて。


 言ってはいけないことを、言ってしまった。


「もうおタマちゃんとは話したくない! 大キライなんだよ!」


「え…………」


「うわああああん!」


 俺は大泣きしながら、校門へと走っていった。


 言っちゃいけない言葉を言ったとき、おタマちゃんの目も(うる)んでいた。


 おタマちゃんも、泣いているのかもしれない。


 だけど……どうすることもできない。


 罪悪感と劣等感とで、ぐちゃぐちゃの感情のまま、俺は家へと帰っていった。


 ……結局その後、おタマちゃんは学校のミニバスケットボール部に入り、秘密基地には来なくなった。


 おタマちゃんが、チームメイトとうまくやれなくて、ギクシャクしたまま部活を続けていたと知ったのは、卒業間近のことだった。


 …………。


 ……。



 ☆★☆



 ――4月25日、土曜日。


 朝8時40分。


 俺たち4人は、宇都宮市大谷(おおや)地区にある、大谷資料館の近くに来ていた。


「こーちゃん、あの自販機、石でできてるよ!」


「たまたま、あれは表面(ガワ)だけだ」


「え!? 本物かと思った!」


 宇都宮ダンジョンは、大谷資料館の敷地内にできたダンジョンである。


 大谷資料館は、大谷石(おおやいし)の採石場跡を活用した観光スポットだ。


 地下に伸びる石造りの階段、壁のライトで照らされる石の地下空間、そして地底湖。


 それらの様子から、一部では「まるで地下神殿」だとか「ダンジョン」だとか称されていた。


 宇都宮ダンジョンは、その大谷資料館とまったく同じ内装をしたダンジョンだった。


「あれ、こーちゃん。緊張してる? さっきから静かだけど……」


「いや……大丈夫だ」


 ……おタマちゃんには言えない。


 朝、あんな夢を見てから、よみがえってきた罪悪感に押しつぶされそうなことは。


「夏目くん、運転で疲れちゃった? ごめんね、わたしたちが騒いでたから……」


「トイレじゃねーのか? 坂のぼったところにあるぞ」


「どっちでもない。……大丈夫だ」


「……それなら、いいんだけど」


「あたし、お手洗い行ってくる!」


「夏目くんも行ってきたら? 時間あるし」


「……ああ」


 俺はトイレをすませ、大谷ダンジョン前の広場でみんなを待つ。


 すると。


「――お前が、【空間転移】か?」


 あごひげを生やした、40手前くらいの男性が俺に話しかけてきた。


「あなたは……?」


 (ほお)に十字傷があり、腰に二本の剣を下げている時点で、うすうすわかる。


 俺と同じ、探索者だ。


「オレはAランクパーティ《ファーストペンギンズ》代表の柳生(やぎゅう)峰山(ほうざん)だ。【二刀流】の【剣聖】と言った方がよいかな」


「はぁ……」


 正直、ピンとこない。


 探索者の間では、スキルで自己紹介するのがマナーなのだろうか。


 まあ、その辺の話は探索者講習でもなかったし、いいだろ。


「夏目です。今日はよろしくお願いします」


 こちらも自己紹介をする。


 すると。


「貴様は覇気(はき)がない!!」


「……は、はい?」


 いきなり怒られた。


「あの……」


「対戦相手たるオレに自分の力を示そうとする気概(きがい)もないのか。【空間転移】という長所がなければ、オレは貴様などとは一生かかわりたくもない! 情けない男よ!」


「……は?」


 なんだこいつは?


 前の職場でよく対応した、モンスタークレーマーのじいさんのようだ。


 わけのわからないまま、男は言う。


「貴様には他人を蹴落としてでも上に行きたいという気迫もない。今回の話もそうだ。せっかくAランクトップクラスのパーティに加入できるというのに、即断して動けない。判断力に欠ける」


 さっきから意味のわからないことばかり。


 勝手に俺の意志を決めつけられ、文句を言われる筋合いなんてない。


「別に俺は、あなたのパーティには入りたくない」


 すると、柳生氏は、(まゆ)をつり上げて言った。


「チャンスの女神には前髪しかないと言う。【空間転移】スキルという運に恵まれたのに、貴様はそれを無駄にしている。そんな甘い人間だから、いまだに足手まといの女どもとパーティを組もうと考えているのだろう!」


「……誰が、足手まといだって?」


 頭に血がのぼる。


「わからないのか? 貴様よりもレベルが低く、めぼしいスキルもないパーティメンバー全員だよ。そんなやつらといて面白いのか? 足を引っ張られるだけだ。才能がない人間は切り捨てればよいのだ。お前だけならSランクパーティにもなれる可能性がある。オレのパーティで性根(しょうね)を叩き直してやろう」


「あ……」


 そのとき、朝の夢を思い出した。




「あたしにミニバスやらないかって。あたしならきっと上手(うま)くなれるからって」




「こーちゃん、どうしたの? 元気ないの?」




「はは……」


 あのときの、おタマちゃんの気持ちがわかる。


 才能がない俺と、一緒にいたいというおタマちゃん。


 自分の才能を無駄にするなと言われても、俺を選ぼうとしてくれたおタマちゃん。


 ――こんな簡単なことに気がつくのに、15年近くかかるなんて。


 情けなくて、涙がにじんでくる。


「気づいたのか? 貴様の愚かさに」


「いや……」


 そして、目の前のこいつは、バカだ。


 なんたって、小学生のおタマちゃんよりも考え方が未熟なんだから。


 俺は、柳生とかいう男を見すえて、断言する。



「――お前は、間違っている」



「は……!?」


「自分に才能があると思って、他人と比べて、他人をバカにして……。それで本当に幸せなのか? お前はずっとそうして生きてきたのか?」


「くだらない。負け犬の戯言(ざれごと)よ。卓越(たくえつ)した人間だけが知れる世界がある。貴様は未知の海に飛び込もうと思わないのか?」


「――答えは、決まってる」


 俺は、こいつとはわかりあえないと感じながら言った。


「俺は結果よりも、大切な友だちと一緒にいる道のりを楽しみたい。たとえ、遠回りになったとしても、みんなで過ごしたい。それが俺の望みだ」


「――愚かだな」


「それに、俺たちのチームは最強だからな。お前たちよりも上に行ってみせるさ」


 そうこうしていると。


「あ、こーちゃん! 誰、その人? ペンギンさんチームのひと?」


「た、たまちゃん。ペンギンさんチームじゃなくて、《ファーストペンギンズ》の人だよ」


 幼なじみの3人が戻ってきた。


「けけ、こーちん。少し聞こえたぜ。約束どおり今度は守るんだな」


「――もちろんだ」


 すると、柳生氏はくるりと背を向け。


「ふん、いずれにせよ貴様のチームも今日限りだ。【空間転移】よ、貴様がオレのチームに入れさせてくれと土下座するまで、あらゆる手段で叩きのめしてやる」


 彼のパーティメンバーと思われるほかの3人のところへ合流した。


「――おやおや、前哨戦(ぜんしょうせん)が始まっていたようだね」


「あなたは……?」


 今度は、白髪(しらが)が目立つ、スーツを着た男性が話しかけてきた。


「稲葉補佐……」


 それは、しーちゃんの上司だった。


 うっすらと笑いながら、上司は言った。


「もうすぐ試験の説明をさせてもらうよ。いくら相手がAランク上位のパーティだって、君たちも強いからね、十分チャンスはあるさ。がんばってね」


 しらじらしく聞こえる言葉だった。


「あ、そうそう。今日は既存Aランクパーティへの編入試験としても対応できるように組んであるから。夏目くんは覚えておいてね」


「俺にそんな希望は……」


 すると、しーちゃんが俺の前に出て。


「稲葉補佐……。探索官の人事規程(じんじきてい)を読んだことはありますか?」


「人事規程? もちろんあるけど、それが何か?」


「はい。規程では、Aランク以上のパーティに所属、またはパーティの指揮権(しきけん)を持つ探索官は、上級探索官――課長級職員と認定する……とあります」


「そうだね。……何が言いたいんだい?」


「簡単です」


 しーちゃんは、にこりと笑い。


「明日からは、わたしは課長級、貴方は課長補佐級になります。わたしが上司になりますので、今度から、こういうコトをするときは、わたしの判子(はんこ)をもらってくださいね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 難しい事は分からないし、七面倒臭い奴も嫌だ。でも、此だけは分かる。   しーちゃん、格好良すぎでしょう。 惚れるよね、これは。
 難しい事は分からないし、七面倒臭い奴も嫌だ。でも、此だけは分かる。   しーちゃん、格好良すぎでしょう。 どう、惚れた?
剣聖さんの言い分はガチ勢として正しいだろうけど、宗教と同じで他人に思想を押しつける行為はただの傲慢でしかない 自分が強者だと思っている人の論理だとしたら、負けたとき己の羞恥で腹を切るのか無様に言い訳す…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ