第56話 【4人】試験までの日々
――4月9日。
「お!」
《昼夜逆転》したプライベートダンジョンを探索していると、大きなカブトムシを見つけた。
新種である。
「めちゃくちゃかっこいいな!」
少し前に覚えた《蛍のあかり》で照らすと、ボディが黒光りしていた。
カブトムシは槍のようなツノを持っており、ヘラクレスやコーカサスなどの海外のカブトムシと同じ印象を受ける。
「捕まえられるかな……」
3種類目のカブトムシだ。
おそらく、これを捕まえられれば、カブトムシも召喚できるようになる。
《昼夜逆転》しても、なかなか新種のカブトムシは出てこなかった。
なんとしてでも捕まえたい。
「頼む……、頼むぞ……」
祈るような気持ちで手を伸ばす。
すると。
ボワン!
図鑑No.49/251
名前:ロンギヌスオオカブト
レア度:★★★★
捕獲スキル:???(条件:カブトムシ種を3種捕獲)、MP+10(初回ボーナス)
捕獲経験値:2000
ドロップアイテム:魔石(大)
解説:聖槍の名を冠するカブトムシ。光の魔力を秘めていると言われている。【童心】スキル所持者が祈りながら触れることで捕獲可能。
「やった!」
偶然にも、捕獲条件を満たせていたようだ。
そして、ピコン!という電子音がして、頭の中に声が響く。
『条件――カブトムシ3種の捕獲を達成。特技・虫相撲(カブト)を取得しました』
「よっしゃ!!」
待ち望んだスキルの取得だ。
そして、メッセージウィンドウが表示される。
『虫相撲 (カブト):カブトムシを召喚して敵と戦わせることができる特技。捕まえたカブトムシの種類により能力が拡張。※現在→物理バリア(クロカブト)、魔法バリア(シロカブト)、聖槍の一閃 (ロンギヌスオオカブト)』
さらに。
『実績――《魔生物図鑑に50種類のデータを記録》を達成。特技・魔生物捕獲ネット(Lv2)が使用可能です』
「おお!」
一度にいろいろ重なったな。
ネットを呼び寄せて確認すると、透明な紫色だった網の部分が透明な緑色に変わっていた。
2千万円で売れた高密度魔石――翠精魔石と同じ色である。
「たしかこれでオニヤンマも捕まえられるんだよな……」
俺もだいぶ仕上ってきた。
「50種類捕獲か……」
始まりは、ごく普通のシオカラトンボからだった。
プライベートダンジョンが発生し、俺が偶然あのトンボを捕まえたときからすべてが始まった。
あのときは、レベルもステータスもすべて最低と言ってよかったけど。
今は……。
「…………」
今なら、誰にも負ける気がしない。
Aランクパーティ認定試験まで、このまま駆け抜けてやる。
☆★☆【side:宮の原まなみ】☆★☆
――4月10日。
「1戦目、そこまで!」
「はぁ……、はぁ……」
アタシは宇都宮ダンジョンの1階層で、一般探索者試験を受けていた。
目の前では、倒したゴブリンが魔素の霧に分解されている。
レベル20のアタシからすればゴブリンなんかザコ以外の何者でもないが、実戦は精神的負担がともなう。
2週間後には20階層まで行かなくちゃいけないのに、今のアタシはザコ一戦で消耗している。
「試験対策のブログ記事、もっとリアルに書き直さねーとな……」
すると、探索者協会の山田さんという女が声をかけてきた。
「宮の原さん、少ししたら第2戦です。今度はスキルの使用を許可します。合図があるまで発動はお待ちください」
「……は、はい………」
いわゆる蚊の鳴くような声。
やはり、幼なじみ4人以外と話すときは、素だと声が出ない。
何かの役割になりきらないと、人と話せない。
しかも、それは長続きしない。
コミュニケーション能力重視の一般社会で生きていくのは、かなり厳しいだろう。
――しかし、今は。
「宮の原さん、準備をしてください。まもなくゴブリンが発生します」
「……は、はい……」
すると、部屋の一角に靄が立ち込めた。
「それでは、第2戦はじめ! 戦闘準備許可します!」
「……《ドレスチェンジ》!」
一瞬で、漆黒の衣と金のサークレットをまとう。
そして、宮の原まなみの意識は無意識の海に落ちていき、代わりにAランク探索者たる月虹のハーミットが表に出る。
「――夏目には、感謝せねばな」
この姿となったとき、心の奥底には楽しさがある。
我の相棒たる宮の原まなみは、我になることを楽しんでいる。
きっと今なら、夏目たちに養ってもらうことなく、遊びの延長線上で生計を立てることもできるのだろう。
しかし、宮の原まなみはそれを望まない。
――友達と遊んでいたいと、願っている。
「ならばそれは我の望みよ」
そのとき、10メートル前方にゴブリンが現れる。
「キシャアアアアア!!」
前傾姿勢で我に向かってきた。
「――愚かなり。同類を求める手よ、奈落より出でよ。シャドウハンズ!!」
「キシャ!?」
ゴブリンの足は、地面から伸びた黒い手につかまれ、身動きがとれなくなる。
「これで終わりだ。聖なる光よ、槍と化し闇を貫け! ホーリーランス!!」
――そして、無数の光の槍が宙に現れ、ゴブリンの体を串刺しにした。
「第2戦、それまで!!」
高らかに、試験終了の合図が響いた。
☆★☆【side:思川環】☆★☆
――4月20日。
あたしと山田さんは、県探索者協会本部のヘルプとして、那須ダンジョンに潜っていた。
来訪者が一気に増えるゴールデンウィークに向けて、異常がないか点検するためである。
「思川さん、気をつけて!」
「はーいっ!」
シラカバのような木々の隙間から、ブラックスケルトンが弓矢を撃ってくる。
あたしはその矢を刀で弾き、抜き身のまま駆け寄ると、木ごとブラックスケルトンを両断した。
「思川さん、見事です。ただし、必要以上にダンジョンの景観をそこなわないでくださいね」
「あ……ごめんなさい」
あたしたちが今いる13階層、次の14階層は2連続でご当地フロアになっている。
13階層は、初夏の那須高原のようなさわやかな森林地帯。
14階層は、ゴツゴツした岩場に硫黄の臭いが立ち込める殺生石エリアである。
この2フロアは、ダンジョン外の那須観光とあわせて多くの方が探索する、人気のエリアとなっている。
「それにしても、思川さんもある程度の木なら斬れるようになったんですね……」
「えへへ、こーちゃんのおかげでレベルが上がってますから。……ん?」
そのとき、頭の後ろから違和感がした。
「思川さん、うしろ……」
「やっ!!」
【気配探知】を持つ山田さんの声と同時に、あたしは振り向き、【水使い】スキルにより斬撃を飛ばした。
「ゴガッ……」
声にならない悲鳴をあげながら、15m先の木の上から黒いスケルトンが落ちた。
「やたっ!!」
ここまでキレイに倒せるとは自分でも思ってなかったけど。
「……見事です、思川さん。私のスキルとほぼ同時に索敵しましたね」
「えへへ、なんとなく、イヤな感じがしたんです」
「……【身体強化】が感覚まで至っているのかもしれませんね」
すると、山田さんは少しフクザツな表情をした。
「どうしたんですか?」
「いえ……、思川さん、あなたは私よりも戦闘面では上になりました。それが悔しいんです」
「え、え? あたし、そんなこと思っても……」
「――事実です」
山田さんはキッパリと言い切った。
「結婚して、東京から帰ってきて、探索者の一線からは退いたと思っていました……。ですが、こうして思川さんに先をいかれると、自分の本心に気づかされますね」
「山田さん……」
山田さんは優しく微笑み。
「思川さん。私たちは、パートナーであり、ライバルです。一緒に切磋琢磨しましょうね」
「は、はいっ!」
☆★☆【side:笹良橋志帆】☆★☆
――4月24日。
「お先に失礼します」
明日のA級パーティ認定試験に向けて、わたしは定時で上がることにした。
「ああ、明日、現地でな」
「はい」
稲葉課長補佐からの声かけを複雑な心境で聞きながら、わたしはパソコンを閉じる。
「あ、そうそう。これを渡しておくよ」
補佐はわたしに1枚の紙を手渡してきた。
「これは……?」
それは、明日の行動予定表だった。
わたしと補佐のほか、もう1名職員の名前が書いてある。
「え……!?」
稲葉:試験統括
笹良橋:《チーム・秘密基地》アテンド
吉山:Aランクパーティ《ファーストペンギンズ》アテンド
「どうして、ほかの、しかもAランクパーティの名前が……」
《ファーストペンギンズ》は主に渋谷ダンジョンで活躍している、Aランクトップクラスのパーティである。
すでにAランクであれば、認定試験には関係ないはずだ。
だが、補佐は。
「明日の試験は、競争形式で行うこととしている。ただ宇都宮ダンジョンを攻略するだけなら簡単だし、時間をかければBランクパーティでもボスは倒せるだろうからな」
「そんなの、聞いてない……」
「そりゃ試験だからな」
補佐は改めて言う。
「じゃあ、現地でな。あ、そうそう。《ファーストペンギンズ》は夏目くんの移籍候補先のパーティだ。Aランクにふさわしい、本物の実力と貫禄を見せてもらえるはずだよ」
……だまし討ちのような情報をもらい、わたしは。
「……では、明日はよろしくお願いします。失礼します」
特に不安になることもなく、職場を後にした。
「……夏目くん、信じているよ」
幼なじみのみんなは、驚くようなスピードで成長し、Aランクパーティの入り口まで手を伸ばしてきた。
だから、わたしは確信している。
――わたしたちは、負けない。
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【補足:試験前に捕まえた魔生物】
図鑑ナンバーと捕獲スキルのみ記載。
レア度はすべて0。
魔石は「小」か「微小」。
18 ダンジョンマツムシ なし
19 ダンジョンコオロギ なし
41 ヨナキガエル なし
89 ダンジョンオオムラサキ 賢さ+1(初回ボーナス)
101 シロスジガ 賢さ+1(初回ボーナス)
102 飛び枯れ葉ガ 賢さ+1(初回ボーナス)
128 川マキガイ 防御+1(初回ボーナス)