第53話 プライベートダンジョンの夜
「よし。とりあえず、このあたりで……」
俺はひとり、森林エリアへと移動していた。
興奮したまなみんから、一時的に退避したのだ。
「まなみん、だいぶテンション上がってたな……」
それだけうれしかったのだろう。
冗談でなく、本気でキスされかねなかった。
まなみんも黙っていれば美人なので、そりゃ俺だって思うところはあるが……。
「……いや、ダメだな」
大切な幼なじみのひとりをそんな目で見てはいけないし、なぜかおタマちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。
「俺も頭を冷やそう……」
俺はダンジョン内を一周することにした。
☆★☆
森の小道を歩いて、しばらくしたころ。
カナカナカナカナ……。
「ん……?」
どことなく切なくなるような、セミの声が聞こえてきた。
「……ひぐらし、だな」
ダンジョン内では初めて聞いた。
この鳴き声を聞くと、夕焼けに染まった世界と終わりゆく1日をイメージしてしまう。
「……捕まえるか」
カナカナという鳴き声を辿っていくと、あっという間にその姿を見つけることができた。
木の上の方にとまっているが、魔生物捕獲ネットを使えば届く距離だ。
「よし……」
俺はネットを異空間から取り出し。ゆっくりとひぐらしに向けて近づいていく。
そして。
「せいっ!」
ボワン!
図鑑No.84/251
名前:宵待ちゼミ
レア度:★★
捕獲スキル:昼夜逆転
捕獲経験値:500
ドロップアイテム:魔石(中)
解説:ダンジョン内の森林エリアの明け方・夕暮れに主に見られるセミ。日を暮れさせて夜を生み出すと言われている。【童心】スキル所持者のみ捕獲可能(要:速さステータス100以上)
「お……!」
《昼夜逆転》という、面白そうな特技を覚えたぞ。
「……さっそく使ってみるか」
なんとなく効果は推測できる。
おタマちゃんたちをビックリさせてしまう気もするが、後で説明すれば大丈夫だろう。
「……さて、と。《昼夜逆転》!」
特技を発動した瞬間、一気に魔素値を消費した感覚があった。
視界がくらりと揺れ、目の前がオレンジ色に染まる。
カナカナカナカナ……という声がダンジョン内に響く。
そして――プライベートダンジョンは闇に包まれた。
「あ……」
いや、違う。
目が慣れるにしたがって、ダンジョン内には優しい光が満ちていることに気がついた。
空を見上げると、満月が俺を照らしていた。
木々の隙間から、幻想的な光が地面に伸びている。
「すごいな……」
探索者はこんなこともできるんだ……。
田園エリアの方からは、カエルやコオロギの合唱が聴こえてくる。
もしかしたら、いつもと違うような虫が出現しているのかもしれない。
このままダンジョンを一周したいところだが……。
「……けっこう疲れるな、これ」
発動中はMPがゴリゴリ削られている感覚がある。
水の流れを無理やり堰き止めているような感覚というか……。
「あまり長くは使えないな……」
このダンジョン外で使うことがあるのかわからないが、効果も含めあまり実戦向きではないだろう。
使うとすれば、当面虫取りかな。
そんなことを考えながら、木々の奥を見ると。
――川の方に、小さな、黄緑色の光があることに気がついた。
☆★☆
「あ、こーちゃん!」
《昼夜逆転》を解除し、「家」に戻ると、おタマちゃんが大きく手を振っていた。
「夏目くん、さっき一瞬だけ空が……!」
「こーちんのしわざなのか?」
……まなみんも落ち着いたらしい。
月虹のハーミットフォームから、普段着に戻っている。
俺はまなみんの問いかけに答える。
「さっきのは俺が覚えた特技によるものだ。ひぐらしみたいなセミを捕まえたら覚えたんだ」
「日暮らし……なるほどな」
「夏目くん、なんでもできるんだね……」
「ね、ね、こーちゃん。もう1回見せてよ」
「ああ、そのつもりだが……」
《《さっきの光景》》を思い出す。
「みんな、ついてきてくれ。見せたいものがある」
☆★☆
「こーちゃん、川に来ちゃったけど……?」
「ああ、ここでいいんだ」
俺のMPも長時間の発動には耐えられないし、暗い森の中をみんなに歩かせたくなかった。
「夏目くん、ここでさっきのスキルを使うの?」
「そうだ。だが、せっかくだから、みんなには目をつぶってもらおうかな。俺がいいと言うまで」
その方が感動すると思うから。
「こーちん、誰かにキッスするつもりだな?」
「え、うそ!? こーちゃん、待って、心の準備が……」
「しないっつの……。いいから目をつぶってくれ」
まったく、まなみんは……。
そして、俺以外の3人は目を閉じた。
おタマちゃんの顔が若干上向きになって、俺に唇を向けているようにも見えるのは気のせいだろう。
「さ、いくか。《昼夜逆転》!」
カナカナカナカナ……。
プライベートダンジョン内は一瞬だけオレンジに染まり、その後夜になる。
「……さ、みんな。目を開けてくれ」
「あれ? こーちゃん、もういいの?」
3人は目をゆっくりと開ける。
すると。
「わぁ……」
――闇に包まれた河原の上を、無数の黄緑色の光が乱舞していた。
「きれい……」
「蛍、だね」
それは数え切れないほどの蛍だった。
幻想的な光は、ついては消え、ついては消え、規則的なリズムで舞い遊ぶ。
「こんな大量の蛍、見たことねーな……」
「こーちゃんはこれを見せたかったんだね……」
「ああ、そうだ」
ちなみに、ひとりで《昼夜逆転》を使ったときに蛍は捕獲済みである。
今はただ、みんなにこの景色を楽しんでもらいたい。
こんなに大量の蛍、ダンジョン外では見れないからな。
「しく、しく……」
「う、うお……、しーちゃん、どうした?」
気づけば、しーちゃんが泣き出していた。
「ごめん、ごめんね……。自分でもよくわからないの……。あまりにも綺麗で、切なくなっちゃって……」
「しーちゃんが泣くから、あたしもよくわからないけど、泣けてきちゃう……。ふぇーん、キレイだよぉ……」
「おい、たまたま、しーちゃん、泣くなよ……」
こうして、俺たちは飛び交う蛍を眺めた。
しばらくして、俺の左手に温かいものが触れた。
それは、おタマちゃんの右手だった。
ドキッとしておタマちゃんを見ると、月明かりの下、おタマちゃん、しーちゃん、まなみんの3人が手をつないでいるのが見えた。
たぶん、泣いたふたりを落ち着かせるためだろう。
「…………」
俺も黙って、おタマちゃんの手を握る。
「……こーちゃん」
蛍は川の上でちらちらと輝く。
おタマちゃんは、ポツリと言う。
「……今日も、最高の思い出ができたね」
「そうだな……」
それを聞いたしーちゃんも、静かにつぶやく。
「わたしも、こんな素敵な1日が過ごせてうれしい……。ずっと一緒にいたいな、こんな風に……」
「アタシも最高の日を過ごせたぜ……」
俺たちは、俺の魔素値が切れて《昼夜逆転》が解除されるまで、乱れ飛ぶ蛍の様子を楽しんだ。
…………。
……。
☆★☆
プライベートダンジョンから帰った、その日の夜。
ピコン!
【チーム:秘密基地のなかよし4人】のLINKグループにメッセージが届いた。
笹良橋志帆:みんな、今日はありがとう。無事東京ついたよ。
笹良橋志帆:蛍、綺麗だったね
たまき:最高だったね!
(クマが号泣して「感動した!」と言うスタンプ)
まなみ:月虹のハーミットにもなれたし、今日はいい日だったな
笹良橋志帆:違う話で悪いけど、Aランク認定試験実施日のメールがあったよ
笹良橋志帆:4月25日(土)9時から宇都宮ダンジョンだって
笹良橋志帆:あとでLINKノートにも文面載せておくね。詳しい内容は現地で説明されるみたい
光一:ちょうど今からひと月後くらいだな
たまき:まなみん、4月10日の一般探索者試験落ちないでよね。まなみんが落ちたら話が終わっちゃうよ
たまき:場所は宇都宮ダンジョンだよ、太田じゃないからね
まなみ:は? 月虹のハーミットをなめるなよ
まなみ:ゴブリン相手なら、素のアタシでも余裕だよ
まなみ:たまたまこそ、試験場所を間違えてみんなに迷惑かけるなよ
光一:太田はまだ使えないんだな
たまき:うん。11階層への階段がまだできてないの。だんだん魔素値は安定してきているみたいだけど
光一:俺、宇都宮ダンジョン行ったことないけど、下見した方がいいのかな?
光一:プライベートダンジョンでのレベル上げを優先しようかと思うんだが……
まなみ:気が向いたらでいいぜ。宇都宮ダンジョンならアタシが詳しいからな
光一:すごい頼りになるな。まだ一般探索者免許持ってないのに
まなみ:けけ、任せとけ
(プリティアが「ドーンと来て!」と言うスタンプ)
笹良橋志帆:今日の感じだと、【童心】由来のスキルで強く楽しめば楽しむほど経験値が入るみたいだしね。当面は無理しなくてもいいのかも
笹良橋志帆:《昼夜逆転》での蛍はすごく楽しかったよ
たまき:あたしも!
たまき:まなみんも、ちゃっかりレベル2つも上げてたし、蛍楽しかったんでしょ?
たまき:クールぶっちゃってさ
まなみ:たまたまは蛍がよかったのか? こーちんとつないだ手がよかったのか?
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
たまき:(クマが紙吹雪をまいているスタンプ)
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【補足:今日の戦果】
図鑑No.108/251
名前:セイショウボタル
レア度:0
捕獲スキル:蛍のあかり
捕獲経験値:60
ドロップアイテム:魔石(小)
図鑑No.109/251
名前:ムラサキボタル
レア度:0
捕獲スキル:蛍のあかり(+で効果範囲アップ)
捕獲経験値:60
ドロップアイテム:魔石(小)